商品番号:20250605-001 小柄 伏龍羅漢図 銘 一蚕堂 乗意 時代:江戸時代 杉浦乗意は江戸中期の装剣金工家で出身は信濃国で杉浦仙右衛門と称し江戸に出て奈良派寿永の門に入り、奈良彫の手法に加え肉合(ししあい)彫りを創始し利寿、安親と並び奈良三作の巨匠と評価されています。









乗意
江戸
信濃
在銘
町彫 · Edo
現在1点販売中
杉浦乗意は、元禄十四年(一七〇一)に生まれ、信州松本の人で江戸に出て奈良利治門の寿永に学んだと伝えられる。通称を初め太七といい、後に仙右衛門、永春という。一蚕堂と号し、利寿、安親と並んで奈良三作と称せられた名工として名声を博し、宝暦十一年(一七六一)に六十一歳で歿した。利寿同様奈良派の作風を行う。
乗意の作では小柄の作品が多く、彼独特の肉合彫という新技術を駆使し、象嵌や色絵をあまり施さずに鏨の力量のみで意匠を彫り上げたものに傑作が多い。作風は朧銀磨地を地金とし、肉合彫を駆使して人物や故事、動物などを題材とした作品を多く残している。その彫技は、僅かな高低差を活かした肉合彫により対象の表情を豊かに表出し、臨場感溢れる作風を特徴とする。また、高彫、象嵌色絵の手法を用いた作品も遺されており、真鍮や素銅を地金とし、高彫のなめらかさ、強弱の毛彫に的確な象嵌色絵を施し、鏨の勢いをもって対象を大胆に捉え表現するところに、乗意ならではの力量が認められる。鐔においては、鉄地を地金とし、平肉を薄く盛り上げて切羽周辺を落とし、鐔全体の肉置きをふっくらと豊かに見せた作が見られる。雪花透唐子雪遊図鐔のように、雪華の透しで櫃孔を仕立てるなど、意匠に工夫を凝らした作もある。
乗意の作品は、その卓越した彫技と独創的な意匠により高く評価されている。特に肉合彫においては、他工に見られない独自の境地を開き、奈良三作の一人として名を連ねるに相応しい力量を示している。重要刀装具に指定されている児落獅子図小柄は、乗意の独壇場ともいえる見事な肉合彫を駆使して、千尋の谷に我が子を投げ込む獅子の姿を彫り上げたもので、落下しつつある児獅子の力強さや、崖の上で見守る親獅子の表情に児獅子を気遣う様子が感じられ、臨場感が溢れている。また、蝦蟇鉄拐仙人鐔は、鉄磨地に蝦蟇仙人と鉄拐仙人を卓越した肉合彫にて彫りあげ、僅かな高低差を駆使した肉合は乗意の独壇場であり、金象嵌の配置も見事である。乗意の鐔は非常に稀少であり、且つ優れた作品で両仙人の表情が実に素晴らしい。これらの作品は、乗意の技術の高さを示すとともに、刀装具の世界に新たな表現をもたらした点においても高く評価されている。
乗意の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在79点販売中
奈良派は、江戸時代中期に隆盛を見た刀装金工の一流派である。後藤家の格式に拠らず、独立した町彫の伝統として発展し、奈良一門の歴代の手を経てその名跡を伝えた。流派の声価を不動のものとしたのは、奈良利寿・土屋安親・杉浦乗意のいわゆる「奈良三作」である。三作の筆頭たる利寿は寛文七年に生まれ、安親はこれに次ぎ、乗意は元禄十四年の生まれにして三人の中では最も若い。安親は出羽国庄内藩士の子として生まれ、若くして正阿弥珍久に学んだ後、元禄十六年江戸へ出て奈良辰政に師事し、天性の才を開花させた。乗意は信州松本の人で、江戸に出て奈良利治門の寿永に学んだと伝えられる。かくして各地より集う才人を糾合し、奈良派は江戸金工の独立した諸流の中にあって最高峰の一角を占めるに至った。 作風においては、流派の標識として彫技と素材の幅広さが挙げられる。地鉄は赤銅・鉄・真鍮・朧銀・四分一・素銅など多様であり、これに石目地・槌目地・磨地などの地荒らしを施す。彫技は鋤出彫・高彫・毛彫・片切彫を基調とし、金・銀・赤銅・四分一・素銅といった色金を象嵌・色絵として的確に配して画題を生かす。三作はこの共通の語彙のうちに各々独自の境地を拓いた。利寿は人物図を得意とし、縁頭の製作に抜群の技を示し、鋤出高彫を基調として隅々にまで力の漲る重厚な彫口を見せる。安親は構図の取り方、色金の配し方、空間の表現において追随を許さぬ均衡を示し、人物・動物・山水・故事と多岐にわたる題材に詩情と物語性を込めた。乗意は朧銀磨地を地金とし、僅かな高低差を活かして対象の表情を豊かに表出する肉合彫の新技を編み出し、象嵌や色絵をあまり用いず鏨の力量のみで意匠を彫り上げた点に独壇場を示す。 評価と伝承においては、奈良派の諸工が刀装具という限られた画面のうちに装飾の域を超えた真の芸術的表現を達成した点が、その名声の根幹を成す。利寿の作は豪壮の気が自然に溢れる品格を備え、僅かな空間を最大限に活用して躍動感を与える技量に特色がある。安親の作には「安親ならでは」「安親の世界」といった文言が繰り返し用いられ、その独創性と芸術性の高さが讃えられ、晩年には古銭を意匠に取り入れた枯淡の作風も見られる。乗意の児落獅子図小柄は、肉合彫を駆使して千尋の谷に我が子を投げ込む獅子を彫り上げた会心の作として重要刀装具に指定され、落下する児獅子の力強さと崖上に見守る親獅子の表情に臨場感が溢れる。これら三作を頂点とする奈良派は、構図の卓抜、全幅にわたる技量の冴え、そして優品を芸術の高みへと昇華させる表現の深さによって、江戸金工の世界に確固たる地位を築き、後世に多大な影響を与えた名門である。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
商品に欠陥がある場合をのぞき、基本的には返品には応じません。当店不手際の場合、商品到着後3日間以内にメールにてご連絡をお願い致します。
商品番号:20250605-001 小柄 伏龍羅漢図 銘 一蚕堂 乗意 時代:江戸時代 杉浦乗意は江戸中期の装剣金工家で出身は信濃国で杉浦仙右衛門と称し江戸に出て奈良派寿永の門に入り、奈良彫の手法に加え肉合(ししあい)彫りを創始し利寿、安親と並び奈良三作の巨匠と評価されています。









乗意
江戸
信濃
在銘
町彫 · Edo
現在1点販売中
杉浦乗意は、元禄十四年(一七〇一)に生まれ、信州松本の人で江戸に出て奈良利治門の寿永に学んだと伝えられる。通称を初め太七といい、後に仙右衛門、永春という。一蚕堂と号し、利寿、安親と並んで奈良三作と称せられた名工として名声を博し、宝暦十一年(一七六一)に六十一歳で歿した。利寿同様奈良派の作風を行う。
乗意の作では小柄の作品が多く、彼独特の肉合彫という新技術を駆使し、象嵌や色絵をあまり施さずに鏨の力量のみで意匠を彫り上げたものに傑作が多い。作風は朧銀磨地を地金とし、肉合彫を駆使して人物や故事、動物などを題材とした作品を多く残している。その彫技は、僅かな高低差を活かした肉合彫により対象の表情を豊かに表出し、臨場感溢れる作風を特徴とする。また、高彫、象嵌色絵の手法を用いた作品も遺されており、真鍮や素銅を地金とし、高彫のなめらかさ、強弱の毛彫に的確な象嵌色絵を施し、鏨の勢いをもって対象を大胆に捉え表現するところに、乗意ならではの力量が認められる。鐔においては、鉄地を地金とし、平肉を薄く盛り上げて切羽周辺を落とし、鐔全体の肉置きをふっくらと豊かに見せた作が見られる。雪花透唐子雪遊図鐔のように、雪華の透しで櫃孔を仕立てるなど、意匠に工夫を凝らした作もある。
乗意の作品は、その卓越した彫技と独創的な意匠により高く評価されている。特に肉合彫においては、他工に見られない独自の境地を開き、奈良三作の一人として名を連ねるに相応しい力量を示している。重要刀装具に指定されている児落獅子図小柄は、乗意の独壇場ともいえる見事な肉合彫を駆使して、千尋の谷に我が子を投げ込む獅子の姿を彫り上げたもので、落下しつつある児獅子の力強さや、崖の上で見守る親獅子の表情に児獅子を気遣う様子が感じられ、臨場感が溢れている。また、蝦蟇鉄拐仙人鐔は、鉄磨地に蝦蟇仙人と鉄拐仙人を卓越した肉合彫にて彫りあげ、僅かな高低差を駆使した肉合は乗意の独壇場であり、金象嵌の配置も見事である。乗意の鐔は非常に稀少であり、且つ優れた作品で両仙人の表情が実に素晴らしい。これらの作品は、乗意の技術の高さを示すとともに、刀装具の世界に新たな表現をもたらした点においても高く評価されている。
乗意の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在79点販売中
奈良派は、江戸時代中期に隆盛を見た刀装金工の一流派である。後藤家の格式に拠らず、独立した町彫の伝統として発展し、奈良一門の歴代の手を経てその名跡を伝えた。流派の声価を不動のものとしたのは、奈良利寿・土屋安親・杉浦乗意のいわゆる「奈良三作」である。三作の筆頭たる利寿は寛文七年に生まれ、安親はこれに次ぎ、乗意は元禄十四年の生まれにして三人の中では最も若い。安親は出羽国庄内藩士の子として生まれ、若くして正阿弥珍久に学んだ後、元禄十六年江戸へ出て奈良辰政に師事し、天性の才を開花させた。乗意は信州松本の人で、江戸に出て奈良利治門の寿永に学んだと伝えられる。かくして各地より集う才人を糾合し、奈良派は江戸金工の独立した諸流の中にあって最高峰の一角を占めるに至った。 作風においては、流派の標識として彫技と素材の幅広さが挙げられる。地鉄は赤銅・鉄・真鍮・朧銀・四分一・素銅など多様であり、これに石目地・槌目地・磨地などの地荒らしを施す。彫技は鋤出彫・高彫・毛彫・片切彫を基調とし、金・銀・赤銅・四分一・素銅といった色金を象嵌・色絵として的確に配して画題を生かす。三作はこの共通の語彙のうちに各々独自の境地を拓いた。利寿は人物図を得意とし、縁頭の製作に抜群の技を示し、鋤出高彫を基調として隅々にまで力の漲る重厚な彫口を見せる。安親は構図の取り方、色金の配し方、空間の表現において追随を許さぬ均衡を示し、人物・動物・山水・故事と多岐にわたる題材に詩情と物語性を込めた。乗意は朧銀磨地を地金とし、僅かな高低差を活かして対象の表情を豊かに表出する肉合彫の新技を編み出し、象嵌や色絵をあまり用いず鏨の力量のみで意匠を彫り上げた点に独壇場を示す。 評価と伝承においては、奈良派の諸工が刀装具という限られた画面のうちに装飾の域を超えた真の芸術的表現を達成した点が、その名声の根幹を成す。利寿の作は豪壮の気が自然に溢れる品格を備え、僅かな空間を最大限に活用して躍動感を与える技量に特色がある。安親の作には「安親ならでは」「安親の世界」といった文言が繰り返し用いられ、その独創性と芸術性の高さが讃えられ、晩年には古銭を意匠に取り入れた枯淡の作風も見られる。乗意の児落獅子図小柄は、肉合彫を駆使して千尋の谷に我が子を投げ込む獅子を彫り上げた会心の作として重要刀装具に指定され、落下する児獅子の力強さと崖上に見守る親獅子の表情に臨場感が溢れる。これら三作を頂点とする奈良派は、構図の卓抜、全幅にわたる技量の冴え、そして優品を芸術の高みへと昇華させる表現の深さによって、江戸金工の世界に確固たる地位を築き、後世に多大な影響を与えた名門である。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
商品に欠陥がある場合をのぞき、基本的には返品には応じません。当店不手際の場合、商品到着後3日間以内にメールにてご連絡をお願い致します。