柴束透鐔 銘 武州住正親 -Bushū jū Masachika- 縦75.6ミリ 横70.8ミリ 切羽台厚5.3ミリ 重さ128.5グラム 江戸後期 The late Edo period 附属 桐箱・特別保存刀装具鑑定書 正親は木谷氏を称した武州伊藤派の鐔工で、十八世紀後半に江戸で活躍し、鉄地を巧みに彫り透かした作品を得意としました。その作は国内外の美術館にも収蔵されており、本作にも見られる緻密な透彫と節度ある金の扱いからは、伊藤派に連なる確かな技量と洗練された意匠感覚がうかがえます。 柴束は細い柴を集めて固く結わえたもので、一本一本は細くとも束ねることで強さを得ることから、結束や繁栄を連想させる意匠として親しまれてきました。本作では円環を描くように組み上げた柴束へ桜花を散らし、春の華やぎと武家好みの力強さを一つの画面に調和させています。 竪丸形の鉄地に肉彫地透を施し、幾重にも重なる柴の一本一本や結び縄、枝葉と桜花を立体的に彫り分け、複雑な図様の間に大小の透間を開くことで、重厚な鉄地へ軽やかな抜けと奥行きを与えています。表裏で柴束と桜花の配置を変化させながら一貫した構成にまとめており、角度を変えるたびに透彫の重なりと陰影が豊かに移ろいます。 両櫃孔には細やかな魚子地を備えた赤銅埋金を収め、桜の花弁や蕾へ金象嵌を散らすことで、黒褐色の鉄地の中に明るい光を添えています。さらに耳には麻の葉や沙綾形、七宝文などの幾何学文様を金象嵌で巡らせ、正面だけでなく側面まで鑑賞に耐える周到な仕立てとしています。 緻密に束ねられた柴の量感、可憐な桜花、透間が生む明快な陰影、随所に配された金の輝きが均衡よく響き合い、武州伊藤派らしい彫技と装飾性を余すところなく楽しめる優品であり、特別保存刀装具鑑定書を伴う正親の確かな作例として、鑑賞の中心に据えるに相応しい一枚です。











町彫 · Musashi (Edo)
現在1点販売中
町彫 · Musashi (Edo)
現在16点販売中
土屋派は奈良金工の流れを汲む一派であり、奈良三作の一人に数えられる土屋安親を祖として江戸(武蔵国)に拠点を置いた。安親の名は六代にわたり嫡流が襲名し、元禄期より幕末に至るまで連綿と工房の系譜を維持した。門弟の安族は『庄内金工名譜』に「鈴木与平と称し初代安親門」[[c:1]]と記され、「江戸で安親の協力工として暮し、晩年は庄内に戻り安親より弥五八の名を授かり子孫も弥五八を襲名した」[[c:2]]と伝えられる。六代目の土屋昌親は五代国親の長男として下野国下館に生まれ、「青年時代に諸国を遊学して修業し、やがて江戸の芝新橋で開業した」[[c:3]]。出羽秋田の佐竹家の藩工として扶持を受け、後年には法眼の位に叙された。石燕子・東遷と号し、万延二年に歿している。別の一門、土屋守親(東燕舎土屋嵩僊守親)も一作金具の制作で知られる。 土屋派の作風は奈良派の彫金技法を基盤とし、鋤出高彫を根幹とする。地金には鉄・赤銅を主とし、石目地や槌目地を多用して、金・銀・四分一・素銅による色絵を豊かに施す。説示が一貫して強調するのは、一作の中に多彩な彫技を駆使する点である。昌親の脇指拵では「高彫色絵・肉合彫・片切彫・毛彫・甲鋤彫と様々の彫技が駆使されており、それぞれに昌親の高い技術が示されている」[[c:4]]と評される。意匠面では文学的・暗示的な構図を重んじ、守親の五節句大小拵では「行事そのものの風景ではなく、それを示唆させる景物描写によって各々を表現している」[[c:5]]とあり、「意匠は端的に、彫金技術は的確に纏めており、守親の技術の高さが窺える」[[c:6]]と記される。安族の猛馬山水図鐔においても「松樹に馬図の構図、鋤出高彫象嵌の彫法などには、奈良派及び安親の晩年作の特色をよくあらわしている」[[c:7]]と評され、初代の作風が門弟に深く継承されたことが窺われる。 説示は土屋派を、奈良派の原理を江戸中期から幕末にかけて継承・展開した一派として位置づけている。初代安親の工房における権威は絶大であり、安族は「安親の陰の存在」と推測されるほどであった。六代昌親に至っても、大名家(佐竹家・前橋松井家)の注文に応じた入念作において、金具・漆・柄の各要素を「拵全体が典雅な趣として結実」[[c:8]]させる統合力を示し、守親もまた五節句の各場面を大小金具に分配して「すっきりとした黒色の鞘に様々に描かれた金具のひとつひとつが冴える」[[c:9]]一作を完成させている。上層武家の需に応じ続けた事実は、土屋派が幕末に至るまで武家社会の上層において高い評価を保ち続けたことを証するものである。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
¥770,000
柴束透鐔 銘 武州住正親 -Bushū jū Masachika- 縦75.6ミリ 横70.8ミリ 切羽台厚5.3ミリ 重さ128.5グラム 江戸後期 The late Edo period 附属 桐箱・特別保存刀装具鑑定書 正親は木谷氏を称した武州伊藤派の鐔工で、十八世紀後半に江戸で活躍し、鉄地を巧みに彫り透かした作品を得意としました。その作は国内外の美術館にも収蔵されており、本作にも見られる緻密な透彫と節度ある金の扱いからは、伊藤派に連なる確かな技量と洗練された意匠感覚がうかがえます。 柴束は細い柴を集めて固く結わえたもので、一本一本は細くとも束ねることで強さを得ることから、結束や繁栄を連想させる意匠として親しまれてきました。本作では円環を描くように組み上げた柴束へ桜花を散らし、春の華やぎと武家好みの力強さを一つの画面に調和させています。 竪丸形の鉄地に肉彫地透を施し、幾重にも重なる柴の一本一本や結び縄、枝葉と桜花を立体的に彫り分け、複雑な図様の間に大小の透間を開くことで、重厚な鉄地へ軽やかな抜けと奥行きを与えています。表裏で柴束と桜花の配置を変化させながら一貫した構成にまとめており、角度を変えるたびに透彫の重なりと陰影が豊かに移ろいます。 両櫃孔には細やかな魚子地を備えた赤銅埋金を収め、桜の花弁や蕾へ金象嵌を散らすことで、黒褐色の鉄地の中に明るい光を添えています。さらに耳には麻の葉や沙綾形、七宝文などの幾何学文様を金象嵌で巡らせ、正面だけでなく側面まで鑑賞に耐える周到な仕立てとしています。 緻密に束ねられた柴の量感、可憐な桜花、透間が生む明快な陰影、随所に配された金の輝きが均衡よく響き合い、武州伊藤派らしい彫技と装飾性を余すところなく楽しめる優品であり、特別保存刀装具鑑定書を伴う正親の確かな作例として、鑑賞の中心に据えるに相応しい一枚です。











町彫 · Musashi (Edo)
現在1点販売中
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現在16点販売中
土屋派は奈良金工の流れを汲む一派であり、奈良三作の一人に数えられる土屋安親を祖として江戸(武蔵国)に拠点を置いた。安親の名は六代にわたり嫡流が襲名し、元禄期より幕末に至るまで連綿と工房の系譜を維持した。門弟の安族は『庄内金工名譜』に「鈴木与平と称し初代安親門」[[c:1]]と記され、「江戸で安親の協力工として暮し、晩年は庄内に戻り安親より弥五八の名を授かり子孫も弥五八を襲名した」[[c:2]]と伝えられる。六代目の土屋昌親は五代国親の長男として下野国下館に生まれ、「青年時代に諸国を遊学して修業し、やがて江戸の芝新橋で開業した」[[c:3]]。出羽秋田の佐竹家の藩工として扶持を受け、後年には法眼の位に叙された。石燕子・東遷と号し、万延二年に歿している。別の一門、土屋守親(東燕舎土屋嵩僊守親)も一作金具の制作で知られる。 土屋派の作風は奈良派の彫金技法を基盤とし、鋤出高彫を根幹とする。地金には鉄・赤銅を主とし、石目地や槌目地を多用して、金・銀・四分一・素銅による色絵を豊かに施す。説示が一貫して強調するのは、一作の中に多彩な彫技を駆使する点である。昌親の脇指拵では「高彫色絵・肉合彫・片切彫・毛彫・甲鋤彫と様々の彫技が駆使されており、それぞれに昌親の高い技術が示されている」[[c:4]]と評される。意匠面では文学的・暗示的な構図を重んじ、守親の五節句大小拵では「行事そのものの風景ではなく、それを示唆させる景物描写によって各々を表現している」[[c:5]]とあり、「意匠は端的に、彫金技術は的確に纏めており、守親の技術の高さが窺える」[[c:6]]と記される。安族の猛馬山水図鐔においても「松樹に馬図の構図、鋤出高彫象嵌の彫法などには、奈良派及び安親の晩年作の特色をよくあらわしている」[[c:7]]と評され、初代の作風が門弟に深く継承されたことが窺われる。 説示は土屋派を、奈良派の原理を江戸中期から幕末にかけて継承・展開した一派として位置づけている。初代安親の工房における権威は絶大であり、安族は「安親の陰の存在」と推測されるほどであった。六代昌親に至っても、大名家(佐竹家・前橋松井家)の注文に応じた入念作において、金具・漆・柄の各要素を「拵全体が典雅な趣として結実」[[c:8]]させる統合力を示し、守親もまた五節句の各場面を大小金具に分配して「すっきりとした黒色の鞘に様々に描かれた金具のひとつひとつが冴える」[[c:9]]一作を完成させている。上層武家の需に応じ続けた事実は、土屋派が幕末に至るまで武家社会の上層において高い評価を保ち続けたことを証するものである。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
¥770,000