二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
新刀・美濃 江戸前期 拵え入り 鎬造り、鎬高め庵棟低め、中切っ先やや詰まる。 鍛え、小板目に板目を交えてやや沈み勝ちとなり、地沸厚く付き、地景入り、地鉄良好。 刃文、直調の焼き出しから互の目乱れ主体に焼き、小互の目、湾れ、丁子風の刃交じり、刃縁荒沸付いて匂い深く、細かな飛び焼き、湯走り掛かり、刃中互の目足、葉良く入る。 帽子、湾れ込んで焼き深く、先僅かに掃き掛け返る。 茎磨り上げ、先切り、鑢大筋違い。 銅ハバキ。 時代研磨。 半太刀拵え(幕末期 全長116 柄長30.2 鞘 茶と金の艶石目地 石突、責金、赤銅魚子地金色絵 足金物、太鼓金等の部分は革 太刀巻下げ緒、茶の木綿 柄 鮫に黒柄巻き 縁、兜金はこじり等と同作目貫、鉄地引両桐紋図 鍔 鉄地丸形鋤下彫、菊に下がり藤紋図)入り。 吉国は、関七流善定派出身で、延宝(一六七三~八一)~元禄(一六八八~一七〇四)頃の鍛冶です。 善定派と言えば、兼房、氏房系統を輩出した名門で、この系統の作は、まま見られますが、本工はまず見ません。銘は、『関善定光明寺吉国』」、『関前城藤原吉国』などとも切ります。 本作は、下が生ぶ穴で一寸程磨り上がっていますが、寸法二尺七寸二分弱の伸びやかな長寸刀、太鏨で大振りな銘は、やや雑な感じですが問題ないでしょう。 直調の焼き出しに始まる互の目乱れ主体の刃は、刃縁細かな飛び焼き、湯走り掛かり、刃中も良く働いています。 地に少し鍛え肌もありますが、地刃健全、幕末期の半太刀拵え入り、関善定吉国の希少な現存品です。 1
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美濃伝 · 美濃
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美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。 詳しく見る →
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
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