説明

Stock number:KA-120219Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Juyo TokenCountry・Era:Bicchu(Okayama)・Early Kamakura period about 1207~Blade length(Cutting edge): 67.4cmCurve(SORI): 2.3cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.40cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 1.55cmSword tang(Nakago): Unaltered,O-Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana):1Shape(Taihai):Shinogizukuri,Iorimune,Chu-kissakiJigane(Hada): Itame with Jifu ChikeiTemper patterns(Hamon): Notare with Konie and KinsujiTemper patterns in the point(Bohshi): SuguRegistration Card:【Additional Information】【重要刀剣図譜より】法量長さ六七・四糎 反り二・三糎 元幅二・四糎 先幅一・五五糎 鋒長二・五糎 茎長さ一四・九糎 茎反り〇・三糎形状鎬造、庵棟、腰反り深く、小鋒。鍛板目肌杢交じり、総体に肌立って地斑入り、地景つく。刃文直刃調に浅くのたれて、小乱れ交じり、小沸よくつき、金筋入り、物打辺湯走りかかり、元は焼落しがある。帽子直ぐに先焼つめる。茎生ぶ(先をつめる)、先栗尻、鑢目大筋違、目釘孔一、佩裏、目釘孔下中央に二字銘がある。[説明]比較的小振りな、二字有名の古青江恒次の生ぶ太刀であり、僅かに疲れごころはあるが、同派の特色をよく示したものである。恒次は青江鍛冶中の名高い一人で同名数工いたが、この作は佩裏銘のものである。

Katana [Tsunetsugu] [N.B.T.H.K] Juyo Token
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Katana [Tsunetsugu] [N.B.T.H.K] Juyo Token

売却済

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仕様

長さ

67.4 cm

反り

2.3 cm

元幅

2.4 cm

先幅

1.55 cm

作者について

Aoe Tsunetsugu恒次

3 重要文化財2 重要美術品1 御物1 特別重要刀剣6 重要刀剣

恒次は備中古青江派を代表する刀工の一人である。古青江は備前に隣る備中の高梁川下流に栄えた古き青江の鍛冶で、平安末以来、その国は刀剣の地として記されてきた。説明書はこれを率直に記す。「恒次は古青江の代表工」であり、一説に守次の子・貞次の弟と伝え、同じ説明は「貞次・次家と共に後鳥羽院番鍛冶に数えられている」と書く。その名は一人の手のものではない。銘振りから見て「古青江にも二、三の同名」があったと鑑せられ、別の説明は「鎌倉期を通じて数工」がこの名を負ったと記すから、公の記録は恒次を一個の伝記ではなく、鎌倉の初めから南北朝へと青江鍛冶の主流として継承された代表的な名跡として扱う。恒次の名を負う名物には、天下五剣の一・日蓮上人護法の太刀として名高い「数珠丸」があり、説明書はこれによってその名が一段と高まると記す。 その*直刃*は初期青江中もっとも穏やかである。在銘の*太刀*はひとつの作風に読める。説明書のいう「直刃調に浅く濡れごころ」となる*直刃*基調の*刃*で、浅く湾れ、*小乱れ*を、時に*小丁子*を交える。*足*・*葉*が頻りに入り、*沸*強くよくつき、*砂流し*がかかって処々*金筋*を交える。*帽子*は刃に応じて直ぐに*小丸*へ返る。静かで均された焼刃であり、青江四工のうちもっとも華やかならぬもので、まずその抑制が手を分かつ。青江の兄弟が*乱れ*を奔らせるところを、彼の刃は焼頭近くに留まり、働きは刃中の*足*・*葉*、時の*小丁子*として収められる。 *地鉄*は備中の鋼であり、説明書はこれに筆を費やす。在銘のある*太刀*について、刃中の働きもさることながら「特に地がねが見事である」と書く。やや肌立つ*小板目*に*杢*を交え、同派の称する*縮緬*肌へと詰む(同じ*太刀*は「縮緬風を呈し」と記される)。細かな*地沸*が地に厚くつき、*地景*が入る。多くの作で地は*地斑*と、一派の*澄肌*の冴えた部分とに破られ、淡い*映り*が立つ。*大磨上*のものでは*沸映り*、幅広の後代作では*鎬*寄りに筋状の*映り*が立つ。少数の作には逆がかりが現れ、裏に*逆足*や*逆丁子*をも交えるが、その逆ごころは青江の同族より彼において静かである。総じて、NBTHKが青江の趣と呼ぶ斑なる味わい深い地、「地味ながら味わいの深い同派の作風」である。 その作は、説明書が分けて記す二つの様式に分かれる。第一は在銘の核である。比較的小振りの*生ぶ*あるいは僅かに磨り上げた*太刀*で、*鎬造*・*腰反り*・*小鋒*に、太鏨の二字銘を負い、その鏨はこれほど太きものは稀と評されるほど大振りである。銘の位置自体が鑑定点であり、説明は銘を*佩表*に、また*佩裏*に切る両様があると記し、参考までに、古青江でも正恒を祖とする一門は*太刀銘*に佩表へ、貞次の一門は佩裏に切ると述べる。第二は*大磨上無銘*および*朱銘*の作で、後代の恒次と読まれる。寛文期本阿弥光常の折紙を添えて「青江恒次」と朱書する*刀*、また二口の無銘*重要美術品*で、一は鎌倉末期、一は南北朝青江と鑑せられ、名跡の後の端を画す。これに対し説明書は手の多さゆえの疑義に率直で、ある在銘の*太刀*には「銘文に若干の疑問があり、研究の余地がのこされている」と認める。 説明書はまた、同名との別をも注意深く保つ。その*地鉄*を称えた同じ説明は「古備前派に同名があり」、共に上手であると記し、古青江の極めは名のみならずその証拠に拠って定まる。NBTHKが青江の掟と呼ぶ*大筋違*の*鑢目*、太き二字銘、*地斑*と*澄肌*なる地、逆がかる*足*を交えた均された*直刃*――これらである。彼の太刀は、他派との対比によってではなく、こうした拠るべき特徴によって広く青江の中に位置づけられる。焼刃の静けさ、縮緬なす備中の地、太き銘が彼の古青江作を分かち、記録は名の覆う鎌倉前期から南北朝に至る同じ手を読む。 藤代の極めでは*上々作*、刀工大鑑もその作を初期青江の名の上位に位置づける。名に負う指定は高く、*太刀*一口が特別重要刀剣、ほかに重要刀剣七口、重要文化財三口、戦前の重要美術品二口を無銘の作のうちに数え、加えて*朱銘*の*刀*がある。国宝はないから、託して守られる文化財は重要文化財三口であり、取引に関わる評価はその特別重要刀剣と重要の級に拠る。来歴の連なりはかくも古き名に相応しい。諸刀は紀州徳川家・上杉家・土屋家・有馬家、さらに皇室から明治天皇に至る伝来を帯び、寛文八年本阿弥光常の折紙が*朱銘*の*刀*の極めを十七世紀に定める。所在の知られるもののうち数口は公の博物館や神社に蔵され、他は永く私蔵される。在銘の古青江恒次が市に現れることは稀で、その特別重要刀剣や重要の一口が現れる時は、古き備中の諸派を慕う者にとって一個の里程標であり、求めるよりは待つべきもの、そして数珠丸そのものは託された文化財として、その中に数えられることはない。

刀剣商

銀座誠友堂

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