題名: 雉図目貫 説明: 本作は、公益財団法人日本美術刀剣保存協会(日美振・NBTHK)により「脇後藤」と鑑定された目貫です。 後藤家は室町時代から江戸時代末期まで、十七代にわたり続いた金工の名門です。室町幕府の足利家をはじめ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった名だたる戦国大名や将軍家に仕えました。その宗家から分かれた家系を総称して「脇後藤」と呼びます。後藤家は五代徳乗の時代以降、多くの分家に分かれ、最終的には十四家を数えるに至りました。 地鉄には赤銅(しゃくどう)が用いられています。赤銅は銅に金を加えた合金で、古来より刀装具の主要な素材として重宝されてきました。煮色仕上げを施すことで、深みのある上品な「烏鴉色(うがらすいろ)」の黒色を呈するのが特徴です。 意匠については、笹に止まる雉(きじ)が描かれています。雉は古くから和歌において家族を想う象徴として詠まれており、家族愛や夫婦愛の象徴とされてきました。1947年には日本の国鳥にも指定されています。日本固有の美しい鳥であり、民話や童謡でも親しまれています。雄は勇猛さの象徴、雌は深い慈愛の象徴とされています。 また、取り合わされた竹は、天に向かって真っ直ぐに伸びる生命力の強さから、高潔さと強さを表します。竹を割ったような性格という言葉がある通り、その中空の構造から潔白さの象徴ともされました。中国の伝説では、霊鳥である鳳凰が竹の実を食べると伝えられ、神聖な植物と見なされています。冬でも青々とした葉を保つことから、永遠や長寿を願う吉祥文様として、古来より日本人に最も親しまれてきた意匠の一つです。 経年により色揚げが一部落ち着いておりますが、所々に施された金の色どりが、本作に華やかさを添えています。 ※アンティーク品のため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 目貫(めぬき)とは: 目貫は日本刀の柄に装着される金具です。元来は刀身を固定する「目釘(めくぎ)」の頭を覆うための実用的な部品でしたが、時代とともに目釘から独立し、刀装を彩る装飾品としての役割を強めていきました。 近世以降、目貫はより装飾的になり、柄巻(つかまき)の下に据えられることで、刀を握る際の滑り止めとしての機能も果たしました。 刀装具の重要性: 日本刀には、鍔(つば)、目貫、縁頭(ふちがしら)など、多彩な装飾が施されています。これらは単なる武器の部品ではなく、持ち主の個性や信念、あるいは格式を示す象徴でもありました。現代で例えるならば、スマートフォンのアクセサリーのようなこだわりと言えるかもしれません。 ぜひ細部まで拡大してご覧ください。鉄や銅を主体に、金、銀、色金(いろがね)を象嵌した、日本の伝統的な彫金技術の粋を感じていただけることでしょう。刀身と共に時代を歩んできたこれらの意匠は、刀本体に劣らぬ芸術的価値を有しています。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまで趣向を凝らすことこそ、武士の嗜みであり、真の愛刀家への第一歩と言えるでしょう。 鑑定書: 日本美術刀剣保存協会(NBTHK) 保存刀装具鑑定書








脇後藤派
江戸
無銘
保存 (NBTHK)
家彫 · Kyoto
現在68点販売中
脇後藤 脇後藤とは、刀装具製作において歴代にわたり権威を保った後藤宗家に対し、その傍系・分家にあたる諸家の総称である。後藤家は室町時代以来、足利将軍家・徳川幕府に仕え、その彫物は「家彫」と称されて市井の需要に応じた「町彫」と区別され、刀装金工の最高峰と仰がれた。脇後藤はこの宗家の血脈と技法を分かち、京都および江戸の中央のみならず諸国へとその伝統を広めた一群である。室町末期に活躍したと伝わる光乗をはじめ、程乗の次男にして理兵衛家を興した悦乗、権兵衛家の順乗、勘兵衛家の東乗・光文、半左衛門家の光正、次左衛門家の光久など、多くの名工がこの系譜に名を連ねている。とりわけ悦乗光邦は寛永十九年に京都に生まれ、加賀前田家より百五十石を賜り、勘兵衛家の演乗と隔年で加州金沢に住して門人を育成し、加賀後藤の隆盛に大きく寄与した。 作風は専ら後藤の御家流を基調とし、赤銅魚子地を高彫あるいは鋤出高彫とし、これに金色絵を施すのを本領とする。魚子地は細かく整然として深く澄み、肉置きも優れる。光乗は桐紋・鳳凰・百足などの意匠を好み、その魚子地と高彫の肉取りに後藤上三代の遺風を伝える。悦乗は龍や獅子といった後藤の掟物のみならず、滑らかな赤銅の波文地に尾鰭を跳ね上げ勢いよく海上を飛ぶ鯱を、隅々まで細緻な鏨の活きた金紋であらわすなど、一風変わった趣向の作をも遺し、小柄笄の仕立・肉置は父程乗に全く同じく、金の色あいよく彫技も傑出する。幕末に至っては、光文の七夕図に見るごとく、赤銅魚子地の高彫金色絵を蒔絵・螺鈿の鞘と取り合わせ、加賀工芸の極致と称される優美な刀装をも生み出している。 評価においては、脇後藤の作はいずれも父祖の御家流を忠実に継ぎつつ、各家それぞれに独自の意匠と卓越した彫技を加えた点が高く評価される。順乗の双龍図鐔が「後藤傍系作品中の傑出作」[[c:1]]と称されるごとく、傍系にありながら宗家に劣らぬ技量を示す作が少なくない。在銘品が比較的少ないため、その遺品はいずれも資料的価値が高く、後藤家研究の好資料として珍重される。理兵衛家の加州移住によって伝統は京・江戸の外へも広がり、加賀後藤として一地方の金工を興隆させた。かくして脇後藤は、後藤宗家の家彫の伝統を時代の好尚に応じて展開させながらその品格を保ち続けた一流として、日本刀装金工史上に重要な位置を占めている。
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
題名: 雉図目貫 説明: 本作は、公益財団法人日本美術刀剣保存協会(日美振・NBTHK)により「脇後藤」と鑑定された目貫です。 後藤家は室町時代から江戸時代末期まで、十七代にわたり続いた金工の名門です。室町幕府の足利家をはじめ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった名だたる戦国大名や将軍家に仕えました。その宗家から分かれた家系を総称して「脇後藤」と呼びます。後藤家は五代徳乗の時代以降、多くの分家に分かれ、最終的には十四家を数えるに至りました。 地鉄には赤銅(しゃくどう)が用いられています。赤銅は銅に金を加えた合金で、古来より刀装具の主要な素材として重宝されてきました。煮色仕上げを施すことで、深みのある上品な「烏鴉色(うがらすいろ)」の黒色を呈するのが特徴です。 意匠については、笹に止まる雉(きじ)が描かれています。雉は古くから和歌において家族を想う象徴として詠まれており、家族愛や夫婦愛の象徴とされてきました。1947年には日本の国鳥にも指定されています。日本固有の美しい鳥であり、民話や童謡でも親しまれています。雄は勇猛さの象徴、雌は深い慈愛の象徴とされています。 また、取り合わされた竹は、天に向かって真っ直ぐに伸びる生命力の強さから、高潔さと強さを表します。竹を割ったような性格という言葉がある通り、その中空の構造から潔白さの象徴ともされました。中国の伝説では、霊鳥である鳳凰が竹の実を食べると伝えられ、神聖な植物と見なされています。冬でも青々とした葉を保つことから、永遠や長寿を願う吉祥文様として、古来より日本人に最も親しまれてきた意匠の一つです。 経年により色揚げが一部落ち着いておりますが、所々に施された金の色どりが、本作に華やかさを添えています。 ※アンティーク品のため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 目貫(めぬき)とは: 目貫は日本刀の柄に装着される金具です。元来は刀身を固定する「目釘(めくぎ)」の頭を覆うための実用的な部品でしたが、時代とともに目釘から独立し、刀装を彩る装飾品としての役割を強めていきました。 近世以降、目貫はより装飾的になり、柄巻(つかまき)の下に据えられることで、刀を握る際の滑り止めとしての機能も果たしました。 刀装具の重要性: 日本刀には、鍔(つば)、目貫、縁頭(ふちがしら)など、多彩な装飾が施されています。これらは単なる武器の部品ではなく、持ち主の個性や信念、あるいは格式を示す象徴でもありました。現代で例えるならば、スマートフォンのアクセサリーのようなこだわりと言えるかもしれません。 ぜひ細部まで拡大してご覧ください。鉄や銅を主体に、金、銀、色金(いろがね)を象嵌した、日本の伝統的な彫金技術の粋を感じていただけることでしょう。刀身と共に時代を歩んできたこれらの意匠は、刀本体に劣らぬ芸術的価値を有しています。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまで趣向を凝らすことこそ、武士の嗜みであり、真の愛刀家への第一歩と言えるでしょう。 鑑定書: 日本美術刀剣保存協会(NBTHK) 保存刀装具鑑定書








脇後藤派
江戸
無銘
保存 (NBTHK)
家彫 · Kyoto
現在68点販売中
脇後藤 脇後藤とは、刀装具製作において歴代にわたり権威を保った後藤宗家に対し、その傍系・分家にあたる諸家の総称である。後藤家は室町時代以来、足利将軍家・徳川幕府に仕え、その彫物は「家彫」と称されて市井の需要に応じた「町彫」と区別され、刀装金工の最高峰と仰がれた。脇後藤はこの宗家の血脈と技法を分かち、京都および江戸の中央のみならず諸国へとその伝統を広めた一群である。室町末期に活躍したと伝わる光乗をはじめ、程乗の次男にして理兵衛家を興した悦乗、権兵衛家の順乗、勘兵衛家の東乗・光文、半左衛門家の光正、次左衛門家の光久など、多くの名工がこの系譜に名を連ねている。とりわけ悦乗光邦は寛永十九年に京都に生まれ、加賀前田家より百五十石を賜り、勘兵衛家の演乗と隔年で加州金沢に住して門人を育成し、加賀後藤の隆盛に大きく寄与した。 作風は専ら後藤の御家流を基調とし、赤銅魚子地を高彫あるいは鋤出高彫とし、これに金色絵を施すのを本領とする。魚子地は細かく整然として深く澄み、肉置きも優れる。光乗は桐紋・鳳凰・百足などの意匠を好み、その魚子地と高彫の肉取りに後藤上三代の遺風を伝える。悦乗は龍や獅子といった後藤の掟物のみならず、滑らかな赤銅の波文地に尾鰭を跳ね上げ勢いよく海上を飛ぶ鯱を、隅々まで細緻な鏨の活きた金紋であらわすなど、一風変わった趣向の作をも遺し、小柄笄の仕立・肉置は父程乗に全く同じく、金の色あいよく彫技も傑出する。幕末に至っては、光文の七夕図に見るごとく、赤銅魚子地の高彫金色絵を蒔絵・螺鈿の鞘と取り合わせ、加賀工芸の極致と称される優美な刀装をも生み出している。 評価においては、脇後藤の作はいずれも父祖の御家流を忠実に継ぎつつ、各家それぞれに独自の意匠と卓越した彫技を加えた点が高く評価される。順乗の双龍図鐔が「後藤傍系作品中の傑出作」[[c:1]]と称されるごとく、傍系にありながら宗家に劣らぬ技量を示す作が少なくない。在銘品が比較的少ないため、その遺品はいずれも資料的価値が高く、後藤家研究の好資料として珍重される。理兵衛家の加州移住によって伝統は京・江戸の外へも広がり、加賀後藤として一地方の金工を興隆させた。かくして脇後藤は、後藤宗家の家彫の伝統を時代の好尚に応じて展開させながらその品格を保ち続けた一流として、日本刀装金工史上に重要な位置を占めている。
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.