美濃伝は、伝えによれば移住者が開いた。大和手掻系の出と伝えられる兼氏が志津に住し、新しい相州風で鍛えて、後世の鑑定家にその最上作は誰よりも正宗に近いと言わしめている。
常時100振以上の在庫を誇る、国内最大級のコレクションの一部をご紹介いたします。 ご希望の御刀がございましたら、WhatsAppまたはメールにてお気軽にお問い合わせください。 出品:株式会社SAMURAI STORE(日本) ※海外への輸出許可(銃砲刀剣類輸出監査証明)の取得には通常3〜5週間を要します。 ※EMS、UPS、または船便にて世界各地へ発送いたします。 商品番号:TJ04 重要刀剣 附 拵 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)重要刀剣鑑定書付 伝・直江志津 本作は、名門「直江志津」と極められた、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の重要刀剣指定品です。 南北朝時代中期(1356年〜1384年頃)に制作された、資料的価値も極めて高い名品をSAMURAI STORE 東京よりお届けいたします。 【基本情報】 流派:直江志津 時代:南北朝時代(1356年〜1384年頃) 鑑定:NBTHK 重要刀剣 銘:無銘(極め) 姿:鎬造 彫物:表裏に棒樋 茎:大磨上 【解説】 本作は、南北朝時代の美濃伝を代表する「直江志津」派の特色が顕著に表れた、格調高い一振りです。 姿は優美な鎬造で、反りがやや深く、元から先にかけて品良く踏ん張りのある中切先となります。南北朝時代特有の、力強さと優雅さを兼ね備えた美しいシルエットを保っています。 地肌は板目肌が精緻に詰み、細やかな地景が入り、潤いのある鍛えを見せています。地沸が厚くつき、この流派の質の高さを物語る明るく冴えた地鉄です。 刃文は、直江志津の典型である、ゆったりとした「のたれ」を基調に、互の目や丁子、尖り刃が交じります。刃中には沸が豊富につき、鮮やかな砂流しや金筋が働き、刀身に力強い生命感を与えています。
直江志津とは兼氏の門人達が美濃国志津から同国の直江の地に移住したためにこれら門人達を指す総称である。現存 する在銘のものは太刀、短刀とも稀れであり、多くは大磨上の極めものである。 この刀も大磨上無銘で直江志津と極められており、地刀の作風からこの極めは首肯されるものであり、同派の特色がよ く出ている。





































直江志津とは兼氏の門人達が美濃国志津から同国の直江の地に移住したためにこれら門人達を指す総称である。現存 する在銘のものは太刀、短刀とも稀れであり、多くは大磨上の極めものである。 この刀も大磨上無銘で直江志津と極められており、地刀の作風からこの極めは首肯されるものであり、同派の特色がよ く出ている。
美濃伝 · 美濃
現在20点販売中
美濃国直江の地に興った一門で、その名は移住に由来する。元来、志津は美濃の地名であり、ここに大和より正宗の門人たる兼氏が来住して鍛えたことから、地名をとって志津三郎兼氏と呼ばれた。正宗十哲の一に数えられる兼氏は、相州伝を基調としつつ大和手掻の血を負い、尖りごころの互の目に走る乱調をもって美濃伝のいま一つの根をなした工である。その門人たち、兼友・兼信・兼次らは、はじめ志津に作り、後に同国直江に移って鍛えたため、この一門を直江志津と総称する。年代は南北朝の延文・貞治より応安頃に及び、本流は兼氏に発する志津の血を一代を隔てて承けた工の群である。同時代に越中呉服郷の江則重の流れを北陸道より美濃に運んだ為継のごとき手も加わって、相州伝が内陸へ運ばれ美濃の地鉄に根を下ろした姿を、この一門は最もよく伝える。 直江志津を貫くのは、工の差を越えて繰り返される共通の語法である。地鉄は板目に杢を交え、処々流れて柾がかり、肌立ちごころとなって地沸厚くつき、地景がよく入って鉄を縫い、北国の趣濃く黒みをおびる。その地に立つ刃文は、相州伝の影響を負った浅いのたれ・小のたれに、美濃の尖り刃を交えた互の目を連ね、沸は強く深く、砂流しが頻りにかかって長く金筋を伴う。匂口は深く、優品では明るく冴え、激しめの作では迫力を、穏やかな作では穏雅な作位を示す。帽子は乱れ込んで掃きかけ、小丸に返るか焼詰め風となる。同じ型のうちに各工の手が読み分けられ、為継は則重風の湿ったのたれに美濃の鋭い尖りを与えて黒く沸豊かな地に焼き、兼友は頭の丸い互の目を連れて小沸出来に穏やかに焼き、兼次は逆がかった小のたれ調の互の目を匂深く焼く。大和・相州・美濃を融合したこの地刃が一門の背骨であり、師たる兼氏その人と比べれば、より穏やかで実直に、また地肌の冴えにおいて控えめに収まる点が、門流の手を分かつ。 鑑定にあっては、まず黒ずむ板目に地沸厚く沸出来で匂口の沈む地刃をもって直江志津と読み、本流に直刃がないことを否定の見どころとする。次に、より大きく揺れるのたれ乱れと頭の丸い互の目の連れる態をもって、これを志津・金重の手から、また下る末関の同名工から分かつ。主要工の格は説明書の評にそのまま現れ、為継は江則重に直結する黒い沸の手として藤代の上工に列し、兼友は鍛えの質によって上々作に位置づけられて、いずれも国宝・重要文化財を持たぬ南北朝の名である。現存の大半は作風から極められた大磨上無銘の刀であり、在銘・年紀作は極めて稀で、説明書はこれを頗る貴重とし、無銘極めにこそよい出来が多いと率直に評する。為継には応安年紀の作、兼友・兼次には在銘の短刀が伝承の拠り所として立つ。所伝は乏しいながら確かで、熱田神宮に伝わる作や、戦前の蒐集を経て今に伝わる短刀が記録される。極められた無銘の一刀が市に現れるのは折にふれ、忍耐をもってのことであって、在銘・年紀の作はそれとは別格の、名を定める証として遇される。 詳しく見る →
美濃伝は、伝えによれば移住者が開いた。大和手掻系の出と伝えられる兼氏が志津に住し、新しい相州風で鍛えて、後世の鑑定家にその最上作は誰よりも正宗に近いと言わしめている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns accepted only for errors/damage: damaged or incorrect items reported by email within 10 calendar days; defective goods within 30 calendar days.
常時100振以上の在庫を誇る、国内最大級のコレクションの一部をご紹介いたします。 ご希望の御刀がございましたら、WhatsAppまたはメールにてお気軽にお問い合わせください。 出品:株式会社SAMURAI STORE(日本) ※海外への輸出許可(銃砲刀剣類輸出監査証明)の取得には通常3〜5週間を要します。 ※EMS、UPS、または船便にて世界各地へ発送いたします。 商品番号:TJ04 重要刀剣 附 拵 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)重要刀剣鑑定書付 伝・直江志津 本作は、名門「直江志津」と極められた、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の重要刀剣指定品です。 南北朝時代中期(1356年〜1384年頃)に制作された、資料的価値も極めて高い名品をSAMURAI STORE 東京よりお届けいたします。 【基本情報】 流派:直江志津 時代:南北朝時代(1356年〜1384年頃) 鑑定:NBTHK 重要刀剣 銘:無銘(極め) 姿:鎬造 彫物:表裏に棒樋 茎:大磨上 【解説】 本作は、南北朝時代の美濃伝を代表する「直江志津」派の特色が顕著に表れた、格調高い一振りです。 姿は優美な鎬造で、反りがやや深く、元から先にかけて品良く踏ん張りのある中切先となります。南北朝時代特有の、力強さと優雅さを兼ね備えた美しいシルエットを保っています。 地肌は板目肌が精緻に詰み、細やかな地景が入り、潤いのある鍛えを見せています。地沸が厚くつき、この流派の質の高さを物語る明るく冴えた地鉄です。 刃文は、直江志津の典型である、ゆったりとした「のたれ」を基調に、互の目や丁子、尖り刃が交じります。刃中には沸が豊富につき、鮮やかな砂流しや金筋が働き、刀身に力強い生命感を与えています。
直江志津とは兼氏の門人達が美濃国志津から同国の直江の地に移住したためにこれら門人達を指す総称である。現存 する在銘のものは太刀、短刀とも稀れであり、多くは大磨上の極めものである。 この刀も大磨上無銘で直江志津と極められており、地刀の作風からこの極めは首肯されるものであり、同派の特色がよ く出ている。





































直江志津とは兼氏の門人達が美濃国志津から同国の直江の地に移住したためにこれら門人達を指す総称である。現存 する在銘のものは太刀、短刀とも稀れであり、多くは大磨上の極めものである。 この刀も大磨上無銘で直江志津と極められており、地刀の作風からこの極めは首肯されるものであり、同派の特色がよ く出ている。
美濃伝 · 美濃
現在20点販売中
美濃国直江の地に興った一門で、その名は移住に由来する。元来、志津は美濃の地名であり、ここに大和より正宗の門人たる兼氏が来住して鍛えたことから、地名をとって志津三郎兼氏と呼ばれた。正宗十哲の一に数えられる兼氏は、相州伝を基調としつつ大和手掻の血を負い、尖りごころの互の目に走る乱調をもって美濃伝のいま一つの根をなした工である。その門人たち、兼友・兼信・兼次らは、はじめ志津に作り、後に同国直江に移って鍛えたため、この一門を直江志津と総称する。年代は南北朝の延文・貞治より応安頃に及び、本流は兼氏に発する志津の血を一代を隔てて承けた工の群である。同時代に越中呉服郷の江則重の流れを北陸道より美濃に運んだ為継のごとき手も加わって、相州伝が内陸へ運ばれ美濃の地鉄に根を下ろした姿を、この一門は最もよく伝える。 直江志津を貫くのは、工の差を越えて繰り返される共通の語法である。地鉄は板目に杢を交え、処々流れて柾がかり、肌立ちごころとなって地沸厚くつき、地景がよく入って鉄を縫い、北国の趣濃く黒みをおびる。その地に立つ刃文は、相州伝の影響を負った浅いのたれ・小のたれに、美濃の尖り刃を交えた互の目を連ね、沸は強く深く、砂流しが頻りにかかって長く金筋を伴う。匂口は深く、優品では明るく冴え、激しめの作では迫力を、穏やかな作では穏雅な作位を示す。帽子は乱れ込んで掃きかけ、小丸に返るか焼詰め風となる。同じ型のうちに各工の手が読み分けられ、為継は則重風の湿ったのたれに美濃の鋭い尖りを与えて黒く沸豊かな地に焼き、兼友は頭の丸い互の目を連れて小沸出来に穏やかに焼き、兼次は逆がかった小のたれ調の互の目を匂深く焼く。大和・相州・美濃を融合したこの地刃が一門の背骨であり、師たる兼氏その人と比べれば、より穏やかで実直に、また地肌の冴えにおいて控えめに収まる点が、門流の手を分かつ。 鑑定にあっては、まず黒ずむ板目に地沸厚く沸出来で匂口の沈む地刃をもって直江志津と読み、本流に直刃がないことを否定の見どころとする。次に、より大きく揺れるのたれ乱れと頭の丸い互の目の連れる態をもって、これを志津・金重の手から、また下る末関の同名工から分かつ。主要工の格は説明書の評にそのまま現れ、為継は江則重に直結する黒い沸の手として藤代の上工に列し、兼友は鍛えの質によって上々作に位置づけられて、いずれも国宝・重要文化財を持たぬ南北朝の名である。現存の大半は作風から極められた大磨上無銘の刀であり、在銘・年紀作は極めて稀で、説明書はこれを頗る貴重とし、無銘極めにこそよい出来が多いと率直に評する。為継には応安年紀の作、兼友・兼次には在銘の短刀が伝承の拠り所として立つ。所伝は乏しいながら確かで、熱田神宮に伝わる作や、戦前の蒐集を経て今に伝わる短刀が記録される。極められた無銘の一刀が市に現れるのは折にふれ、忍耐をもってのことであって、在銘・年紀の作はそれとは別格の、名を定める証として遇される。 詳しく見る →
美濃伝は、伝えによれば移住者が開いた。大和手掻系の出と伝えられる兼氏が志津に住し、新しい相州風で鍛えて、後世の鑑定家にその最上作は誰よりも正宗に近いと言わしめている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns accepted only for errors/damage: damaged or incorrect items reported by email within 10 calendar days; defective goods within 30 calendar days.