刃長74.55センチ 元幅31.9ミリ 元重ね13.3ミリ 物打幅32.6ミリ 物打重ね9.85ミリ 螻蛄首六角形 螻蛄首元幅20.2ミリ 螻蛄首元重ね19.75ミリ 螻蛄首端から刃区までの長さ5.4ミリ 茎の長さ75.15センチ 裸身重量1,362グラム 室町中期~後期 The middle ~ latter period of Muromachi era 昭和59年9月6日 福井県登録 附属 白鞘、銀切羽、角製鐔 兼則は直江志津兼友の子と伝えられ、法名を三阿弥と称す鍛冶で、南北朝末期から應永頃にかけて活躍したと考えられます。その後も同銘が続き、いずれも巧手として名高い名工です。 本槍は平三角造で、平面には力強い大樋を両端丸留に掻き、刃長二尺四寸六分と長大な姿が印象的です。地鉄は柾気が強く杢が交じり、地沸が豊かに付いて肌立ち、地景も鮮明に現れるなど、迫力と深みを兼ね備えた鉄味を呈しています。刃文は匂口明るい直刃調で、刃縁には食い違い風の刃を交え、小足が盛んに入るなど、働き多く見どころに富んだ出来口です。刃縁の沸が地に溢れて煙み込む箇所もあり、雄渾な表情が印象に残ります。銘の上に『十』と切られているのは、当時の武具管理番号でありましょう。 また、本槍の大きな特徴は、一度に鍛え上げたものではなく、上方と下方を別々に鍛え、最終的に一本として継いで仕上げられている点にあります。そのため地鉄の流れが微妙に異なる箇所が見られ、戦国期の大身槍の製作技法を如実に物語っています。 実用武具でありながら資料的価値も極めて高く、歴史的背景を楽しめる逸品であり、壮大な姿と威厳ある出来映えを誇る、兼則の技と戦国武具の醍醐味を味わえる一筋で、鑑賞価値・資料価値ともに申し分ない作品です。







美濃伝 · 美濃
現在16点販売中
美濃国直江の地に興った一門で、その名は移住に由来する。元来、志津は美濃の地名であり、ここに大和より正宗の門人たる兼氏が来住して鍛えたことから、地名をとって志津三郎兼氏と呼ばれた。正宗十哲の一に数えられる兼氏は、相州伝を基調としつつ大和手掻の血を負い、尖りごころの互の目に走る乱調をもって美濃伝のいま一つの根をなした工である。その門人たち、兼友・兼信・兼次らは、はじめ志津に作り、後に同国直江に移って鍛えたため、この一門を直江志津と総称する。年代は南北朝の延文・貞治より応安頃に及び、本流は兼氏に発する志津の血を一代を隔てて承けた工の群である。同時代に越中呉服郷の江則重の流れを北陸道より美濃に運んだ為継のごとき手も加わって、相州伝が内陸へ運ばれ美濃の地鉄に根を下ろした姿を、この一門は最もよく伝える。 直江志津を貫くのは、工の差を越えて繰り返される共通の語法である。地鉄は板目に杢を交え、処々流れて柾がかり、肌立ちごころとなって地沸厚くつき、地景がよく入って鉄を縫い、北国の趣濃く黒みをおびる。その地に立つ刃文は、相州伝の影響を負った浅いのたれ・小のたれに、美濃の尖り刃を交えた互の目を連ね、沸は強く深く、砂流しが頻りにかかって長く金筋を伴う。匂口は深く、優品では明るく冴え、激しめの作では迫力を、穏やかな作では穏雅な作位を示す。帽子は乱れ込んで掃きかけ、小丸に返るか焼詰め風となる。同じ型のうちに各工の手が読み分けられ、為継は則重風の湿ったのたれに美濃の鋭い尖りを与えて黒く沸豊かな地に焼き、兼友は頭の丸い互の目を連れて小沸出来に穏やかに焼き、兼次は逆がかった小のたれ調の互の目を匂深く焼く。大和・相州・美濃を融合したこの地刃が一門の背骨であり、師たる兼氏その人と比べれば、より穏やかで実直に、また地肌の冴えにおいて控えめに収まる点が、門流の手を分かつ。 鑑定にあっては、まず黒ずむ板目に地沸厚く沸出来で匂口の沈む地刃をもって直江志津と読み、本流に直刃がないことを否定の見どころとする。次に、より大きく揺れるのたれ乱れと頭の丸い互の目の連れる態をもって、これを志津・金重の手から、また下る末関の同名工から分かつ。主要工の格は説明書の評にそのまま現れ、為継は江則重に直結する黒い沸の手として藤代の上工に列し、兼友は鍛えの質によって上々作に位置づけられて、いずれも国宝・重要文化財を持たぬ南北朝の名である。現存の大半は作風から極められた大磨上無銘の刀であり、在銘・年紀作は極めて稀で、説明書はこれを頗る貴重とし、無銘極めにこそよい出来が多いと率直に評する。為継には応安年紀の作、兼友・兼次には在銘の短刀が伝承の拠り所として立つ。所伝は乏しいながら確かで、熱田神宮に伝わる作や、戦前の蒐集を経て今に伝わる短刀が記録される。極められた無銘の一刀が市に現れるのは折にふれ、忍耐をもってのことであって、在銘・年紀の作はそれとは別格の、名を定める証として遇される。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
刃長74.55センチ 元幅31.9ミリ 元重ね13.3ミリ 物打幅32.6ミリ 物打重ね9.85ミリ 螻蛄首六角形 螻蛄首元幅20.2ミリ 螻蛄首元重ね19.75ミリ 螻蛄首端から刃区までの長さ5.4ミリ 茎の長さ75.15センチ 裸身重量1,362グラム 室町中期~後期 The middle ~ latter period of Muromachi era 昭和59年9月6日 福井県登録 附属 白鞘、銀切羽、角製鐔 兼則は直江志津兼友の子と伝えられ、法名を三阿弥と称す鍛冶で、南北朝末期から應永頃にかけて活躍したと考えられます。その後も同銘が続き、いずれも巧手として名高い名工です。 本槍は平三角造で、平面には力強い大樋を両端丸留に掻き、刃長二尺四寸六分と長大な姿が印象的です。地鉄は柾気が強く杢が交じり、地沸が豊かに付いて肌立ち、地景も鮮明に現れるなど、迫力と深みを兼ね備えた鉄味を呈しています。刃文は匂口明るい直刃調で、刃縁には食い違い風の刃を交え、小足が盛んに入るなど、働き多く見どころに富んだ出来口です。刃縁の沸が地に溢れて煙み込む箇所もあり、雄渾な表情が印象に残ります。銘の上に『十』と切られているのは、当時の武具管理番号でありましょう。 また、本槍の大きな特徴は、一度に鍛え上げたものではなく、上方と下方を別々に鍛え、最終的に一本として継いで仕上げられている点にあります。そのため地鉄の流れが微妙に異なる箇所が見られ、戦国期の大身槍の製作技法を如実に物語っています。 実用武具でありながら資料的価値も極めて高く、歴史的背景を楽しめる逸品であり、壮大な姿と威厳ある出来映えを誇る、兼則の技と戦国武具の醍醐味を味わえる一筋で、鑑賞価値・資料価値ともに申し分ない作品です。







美濃伝 · 美濃
現在16点販売中
美濃国直江の地に興った一門で、その名は移住に由来する。元来、志津は美濃の地名であり、ここに大和より正宗の門人たる兼氏が来住して鍛えたことから、地名をとって志津三郎兼氏と呼ばれた。正宗十哲の一に数えられる兼氏は、相州伝を基調としつつ大和手掻の血を負い、尖りごころの互の目に走る乱調をもって美濃伝のいま一つの根をなした工である。その門人たち、兼友・兼信・兼次らは、はじめ志津に作り、後に同国直江に移って鍛えたため、この一門を直江志津と総称する。年代は南北朝の延文・貞治より応安頃に及び、本流は兼氏に発する志津の血を一代を隔てて承けた工の群である。同時代に越中呉服郷の江則重の流れを北陸道より美濃に運んだ為継のごとき手も加わって、相州伝が内陸へ運ばれ美濃の地鉄に根を下ろした姿を、この一門は最もよく伝える。 直江志津を貫くのは、工の差を越えて繰り返される共通の語法である。地鉄は板目に杢を交え、処々流れて柾がかり、肌立ちごころとなって地沸厚くつき、地景がよく入って鉄を縫い、北国の趣濃く黒みをおびる。その地に立つ刃文は、相州伝の影響を負った浅いのたれ・小のたれに、美濃の尖り刃を交えた互の目を連ね、沸は強く深く、砂流しが頻りにかかって長く金筋を伴う。匂口は深く、優品では明るく冴え、激しめの作では迫力を、穏やかな作では穏雅な作位を示す。帽子は乱れ込んで掃きかけ、小丸に返るか焼詰め風となる。同じ型のうちに各工の手が読み分けられ、為継は則重風の湿ったのたれに美濃の鋭い尖りを与えて黒く沸豊かな地に焼き、兼友は頭の丸い互の目を連れて小沸出来に穏やかに焼き、兼次は逆がかった小のたれ調の互の目を匂深く焼く。大和・相州・美濃を融合したこの地刃が一門の背骨であり、師たる兼氏その人と比べれば、より穏やかで実直に、また地肌の冴えにおいて控えめに収まる点が、門流の手を分かつ。 鑑定にあっては、まず黒ずむ板目に地沸厚く沸出来で匂口の沈む地刃をもって直江志津と読み、本流に直刃がないことを否定の見どころとする。次に、より大きく揺れるのたれ乱れと頭の丸い互の目の連れる態をもって、これを志津・金重の手から、また下る末関の同名工から分かつ。主要工の格は説明書の評にそのまま現れ、為継は江則重に直結する黒い沸の手として藤代の上工に列し、兼友は鍛えの質によって上々作に位置づけられて、いずれも国宝・重要文化財を持たぬ南北朝の名である。現存の大半は作風から極められた大磨上無銘の刀であり、在銘・年紀作は極めて稀で、説明書はこれを頗る貴重とし、無銘極めにこそよい出来が多いと率直に評する。為継には応安年紀の作、兼友・兼次には在銘の短刀が伝承の拠り所として立つ。所伝は乏しいながら確かで、熱田神宮に伝わる作や、戦前の蒐集を経て今に伝わる短刀が記録される。極められた無銘の一刀が市に現れるのは折にふれ、忍耐をもってのことであって、在銘・年紀の作はそれとは別格の、名を定める証として遇される。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。