二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
播磨守金高 -Harima no kami Kanetaka- 刃長32.7センチ 反り0.4センチ 元幅29.3ミリ 元重ね5.85ミリ 物打幅27.0ミリ 物打重ね5.4ミリ 目釘穴1個 裸身重量248グラム 江戸前期寛永頃(1624~) The early period of Edo era 昭和55年11月20日 兵庫県登録 附属 白鞘、素銅はばき 播磨守金高は美濃国を本国とする新刀期の刀工で、寛永頃を活動期とする記録があり、近世へ移る時代の美濃鍛冶らしい力強い造形と変化に富む焼刃を鑑賞するうえでも興味深い名跡です。 本作は平造に三ツ棟を備え、元先の幅差が目立っては開かない幅広の姿に浅い反りを添え、短い刃長の内に豊かな平地と力強い輪郭を収めており、手元で光にかざすとまず端正な姿が目を引き、続いて地と刃の働きへと視線を誘います。 地鉄は杢目がよく錬れて詰みながら少しく肌立つところに地沸が付き、広い平地に細かな肌合いが浮かぶ一方、刃文は匂口明るい湾れ調の刃取りに互ノ目を交え、ところどころに小さな飛焼を置いて、穏やかな起伏と華やかな焼きの変化を一振の中で楽しませます。 とりわけ長く伸びた互ノ目の焼頭が棟焼とつながって、皆焼風の景色をつくりながら刀身の三分の二ほどまで焼き下がる様子は本作の大きな見どころで、湾れ互ノ目の流れを追う視線が飛焼へと移るたびに新たな景色が立ち上がり、写真で全姿を眺めた後に実物の角度を変えて見たくなる出来映えです。 現状は鑑定書を伴わないものの、姿と地刃には特別保存刀剣の審査にも期待を寄せたくなる充実ぶりが見られ、素銅はばきと白鞘を附しているため、整った鍛えと皆焼風の華やかな刃文をじっくり味わいながら、今後の鑑定も視野に入れて所蔵したい愛刀家に薦めたい小脇指です。
取扱店 刀心
「金高」は重要指定の作品がある名ですが、この品の現在有効な鑑定書は確認できませんでした。鑑定書で確かめられるまでは、その名は未確認とお考えください。当サイトの記録にない鑑定書の記載があります。この名を確かめられるのは、現在有効な日刀保・日本刀剣保存会の審査の鑑定書だけです。 — Hoshi まずはご相談ください










美濃伝 · 美濃 · 1592-1596頃
藤代 中上作 · 刀剣大鑑 上位76%
金高の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
美濃伝 · 美濃
現在133点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。 詳しく見る →
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
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