室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
重量刀身のみ725gr 出ました出ました素晴らしく貴重な在銘の備州長船守行の南北朝時代明徳頃(1390年)(636年前)の太刀が出ました。南北朝末期の備前長船鍛冶は全て小反り派と呼ばれ、南北朝期の長船兼光一門の秀光や政光も小反り派と言われます。小反り派の語源は、1)太刀から打ち刀になる為に反りの少ない刀を作っていたから、2)長船在家千軒と言われる程多数の刀工が集っていた為、(挙)(こぞって)っていた為、3)小反り船、荷を運ぶ船で刀を吉井川で運んでいた為、と諸説ありますが小反り派の康光、盛光、師光は長船での自由な競争により腕を磨き応永の三光と名を成す名工となりました。本備州長船守行の太刀の姿は腰反りで元身幅と先身幅の差の有る反りの深いずしりと重い良い太刀姿を現し、地金は小板目肌や大板目肌に鍛え地には地景や乱れ映りを現して古名刀の趣が有り見事です。刃紋は匂い出来に小沸の付いた互の目乱れ刃に小互の目刃や小丁子刃を交え刃中金筋を多く現し素晴らしく覇気有る刃を焼いています、江戸期の渋くて古い革包み太刀拵えが素晴らしく貴重で本備州長船守行の太刀に一層華を添えています。南朝と北朝との激闘とその後の室町期の戦国時代の戦いで鎌倉時代や南北朝時代の刀は殆ど消耗した為に在銘の備州長船守行の太刀は現在ここに有るだけでも誠に貴重です。この度古いお数寄者様から自分も年を取りましたので大切にして頂ける方にお譲り下さいとお預かりした為にご厚意で特別に超格安価格にて600年以上前の貴重な在銘の太刀をご提供いたします。アメリカ建国250年からするとアメリカの人から考えても考えられない位古くて貴重な太刀です。是非600年以上昔の南北朝期の貴重な在銘の備州長船守行の太刀をお楽しみ下さいませ。
取扱店 明倫産業

































備前伝 · 備前 · 1390-1394頃
刀剣大鑑 上位37%
現在2点販売中
備前伝 · 備前
現在20点販売中
小反は、南北朝時代末期から室町時代初期にかけて備前長船の地に働いた一群の刀工を、血脈ではなく除外によって括った呼称である。すなわち兼光一門、長義、元重、大宮一門といった当時の長船の主立った系統のいずれにも直接の師弟関係を結ばぬ周縁の手を、まとめて一名のもとに集めたものであり、その名の意味するところは今日なお漠然としていると本会は率直に記す。秀光、家助、成家、家守、師光、守助らがこれに数えられ、銘鑑はおのおのを数代に立てて初代を鎌倉後期から建武・暦応の頃に置くが、確たる初代作を経眼せず、現存の有銘作はおおむね文和・貞治から永徳・明徳を経て応永一桁代に及ぶ。それゆえ各遺例は一手に確定的に帰すよりも、作風と年紀によって読まれるのを常とする。師光が倫光の子にして応永備前の盛光の父と伝えられ、家助が畠田派を承けて応永備前の一角をなすように、この一群は長船嫡流の華やかな本流とその次代の応永備前との間に、静かな周縁の地帯をなして横たわる。 この一派を貫く手は小模様の乱れである。兼光一門が太く円い互の目を焼くのに対し、小反の工はおおむね同じ趣を小さくこずんだ刃に収め、小のたれを本位として小互の目を連れごころに焼き、これに尖り刃、角ばる刃、腰の開いた互の目を交え、処々逆ごころを見せて、総じて小さくこずむ。足・葉よく入り、匂を主調にわずかに小沸つき、金筋・砂流しが細かに働き、丁子を交えてもなお控えめにとどまる。地鉄は板目に杢を交えて流れごころとなり、肌やや立って地沸細かにつき、地景が黒く沈み、時に地斑を交え、その上に淡い、あるいは鮮明な乱れ映りが立つ。短刀・平造の作では棒映り、直ぐ状の映りとなるものも見え、いずれにせよこの映りが、同時代の相州風の手から一派を分かち、備前の地に繋ぎ止める最も確かな標となる。帽子は刃文に従って乱れ込み尖りごころに掃きかけ、あるいは小丸に結ぶ。棒樋を掻き、梵字、護摩箸、倶利迦羅などを彫る作もある。一派の常を越えて、師光の至徳の太刀のように腰の開いた互の目に高低を見せて華やかに乱れ、応永備前を予兆させる作もあり、家守の応永の太刀のごとく重ね厚く先反りを加えて次代の姿に近づくものもある。 収集の観点から小反の物が求められるのは、何よりそれが資料として明瞭であるからである。鑑定の勘所は二つの敷居を分かつことにある。一つは兼光本流との別で、模様の小さくこずむ点と、やや控えめな作位とによってこれを読み、いま一つは応永備前との別で、腰の開いた互の目と棒映りのうちに次代の萌芽を見ながら、なお南北朝の古調の姿と抑えた焼きにとどまる点をもって分かつ。主要な工の格はおのずから別れ、師光は上々作に位し、秀光、家助、成家、守助、家守らは中上作の位を占める。在銘の作はおおむね生ぶで年紀を備えた太刀として遺り、成家のように大磨上無銘の刀によって主に知られる工もあるが、いずれの場合も、年紀の確かな南北朝の備前として頗る貴重とされる。伝来は概して薄いが確かで、黒田家、加賀前田家、庄内酒井家、皇室の手を経た作や、林原美術館、東京国立博物館、京都国立博物館、春日大社に伝わる作が知られ、その多くは伝持されて市場に現れることは稀である。在銘有年紀の小反物が世に出るのは折に触れてに過ぎず、根気を要するが、現れればそれは、長船派が南北朝の世をいかに閉じ、応永の再興へといかに身を運んだかを、一年一年読みうる確かな文書となる。 詳しく見る →
室町時代の備前
室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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