戦国の関は一つの産業であった。春日神社を氏神と仰ぐ鍛冶たちが、中部日本の軍勢を武装させた。孫六兼元の三本杉と之定の最上作は、量産の町に第一級の技が息づいていたことの証である。
HOME » 日本刀 » 【販売済】 大身槍 銘 兼先作 槍拵え付き 55.2cm 特別貴重刀剣 貴重小道具 2鑑定書付き 【YY-02】 【販売済】 大身槍 銘 兼先作 槍拵え付き 55.2cm 特別貴重刀剣 貴重小道具 2鑑定書付き 【YY-02】 商品サイズ 送料10000円 柄長×刀身×鞘長 ・214cm × 55.2cm ×62cm 総長272cm 中心長 45cm 目釘穴1 兼先作 生茎 重さ 刀身(穂先)のみ770g 外装1545g(拵え全体) 総重量2315g 備考 石突長 8.8cm コメント 戦国時代本歌の長大身槍が入荷しました。 槍身長55cmを超えています。 このサイズで拵えもコンディションが良いものは中々出てきません。 拵えもしっかりした物がついて素振りにも使用できますが、これを振り回すには大きな道場とフィジカルも必要です。 槍身に見合った豪華な螺鈿の拵え(幕末製、一か所刀傷有り)責め金具も揃いの金具が付いています。 また、槍身には特別貴重刀剣、拵えには貴重小道具の2つの鑑定書(本部審査)が付属しています。 さて、本槍を見ていきます。 直刃の両鎬槍、八角けら首です。 元身幅30.1ミリ、重ね8.7ミリ、匂い勝ちの直刃を品よく焼いて槍先に直ぐに結んでいます。 地金は板目、柾がかり良く詰んでいます。 この長さで両鎬、茎を見なければ不動明王の剣のように立派です。 槍身には鞘当たりが鎬と切先、所々小さな薄錆び、鍛え割れも見えますが、鑑賞に影響するほどではないと思います。写真は明るさ以外無調整ですのでご確認ください。 現況、柄から槍身をはずしています。拵えに装着出来ることは確認済ですが、外すのに広いスペースと大人2人以上必要です。 発送する場合、規格外の為、拵えと槍身を別々に発送することになります。 送料は2つで1万円です。(離島除く) お好きな方、よろしくお願いいたします。 【販売済】 大身槍 銘 兼先作 槍拵え付き 55.2cm 特別貴重刀剣 貴重小道具 2鑑定書付き 【YY-02】 販売価格 0円(税込) 在庫 在庫切れ 返品についての詳細はこちら お客様の声を見る この商品について問い合わせる 友達にメールですすめる この商品のURLを携帯に送る 再入荷通知 シェア ツイート 鞘にひび割れあります。ご希望であれば接着修理して発送します。(無償) ↑刀受け傷あり↓ VISA Master JCB AMEX Diners カード各種、分割払い・ボーナス払い ローソン ファミマ ミニストップ コンビニ払い 楽天Edy VIZA 分割払い、現金+カード支払い、下取り刀+カード支払い等、 お支払方法の相談にも対応致します。 お気軽にご相談ください。 ※スペックについては手計の為、多少の誤差があります。物打は切先から約20cmで計測しています。 ※元幅はハバキのすぐ上を計測、物打は切先から約20cmで計測しています。斬りについては体配についての評価です。刀の状態によっては試斬研ぎを必要とする場合があります。(別途相談) ※状態評価については店主の主観です。状態を保証するものではありません。 ※鍔の変更による重心移動、樋の深彫による音の改善、重量軽減、柄の変更、鞘塗、鑑賞研ぎ、居合研ぎ、試斬抜刀研ぎ等、各種ご相談に応じます。お気軽にお問い合わせください。
取扱店 刀剣 はせ川



美濃伝 · 美濃 · 1521-1528頃
刀剣大鑑 上位63%
現在3点販売中
兼先の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
美濃伝 · 美濃
現在133点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。 詳しく見る →
室町時代の美濃
戦国の関は一つの産業であった。春日神社を氏神と仰ぐ鍛冶たちが、中部日本の軍勢を武装させた。孫六兼元の三本杉と之定の最上作は、量産の町に第一級の技が息づいていたことの証である。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、現在の日刀保ではほとんど認められていません。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)に再提出し、現行の鑑定を受けることもご検討ください。