Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 基光は南北朝期の備前兼光の門人で、倫光、政光等と師の作刀を支えた一門屈指の実力者。小田原大久保家伝来の豪壮な太刀(重要文化財 三井文庫蔵)は、兼光に見紛う優れた出来である。


Bizen Osafune (Kanemitsu lineage) · 備前 · 1342-1372頃
刀剣大鑑 上位11%
現在3点販売中
基光は南北朝時代の備前長船派の刀工で、兼光の子とも、その門下とも伝え、左兵衛尉に任じられている。現存する年紀作は康永から永和に及び、その活躍期は明瞭であって、説明書は徳川家に伝来した特別重要刀剣の太刀を「光の門人基光在銘の太刀である」[[c:1]]と端的に説き起こす。本工は十四世紀後半に兼光の作風を継承するが、彼をその一門に位置づける同じ説明書が、一門の内における本工の立場を画する慎重な一線をも引いている。
その手はまず刃文に読まれる。板目の地に互の目を主調とした乱れを焼き、その本体を兼光工房の鋸歯状の刃たる片落ち互の目とし、これに角張る刃・尖り刃・頭の角がかった浅い小のたれを交える。説明書はこの入り交じりを本工のものとして、徳川家の太刀について「本作のように互の目がめだち、しかも様々な形の互の目が入り交じる」[[c:2]]ところに彼の特色が見られるとする。この様相は諸重要刀剣の説明に繰り返され、一派の整然と連れる互の目と対をなす。足・葉入り、匂口締まりごころに明るく小沸つき、金筋・砂流しが刃中に働く。
その刃文の下の地鉄は終始変わらぬところである。板目に杢を交えてしばしば肌立ちごころとなり、地沸つき、地景細かに入り、地斑調の肌合を交えた地に乱れ映りが立ち、刃寄りにはしばしば直ぐ状の映りとなって、兼光と共有する長船の地鉄を見せる。帽子は乱れ込み、先尖りごころに小丸となって細かに掃きかける。短刀には棒樋、あるいは腰樋に添樋を掻き、一口には護摩箸を彫って、後期長船の静かな彫の語彙を示す。
記録は造込で明らかに分かれる。一方には在銘年紀の自作がある。備州長船基光と切る太刀、平造の脇指・短刀がそれで、生ぶで文和・貞治・応安に鮮明な年紀を残すものが数口あり、説明書はこれを「出来のよさは兼光に迫る感があり」[[c:3]]と評し、同工研究上の好資料として貴ぶ。他方には大磨上無銘の刀があり、身幅広く元先の幅差目立たず、中鋒の延びた南北朝の堂々たる姿で、時代と兼光伝より基光と極められる。説明書は本工在銘の太刀が比較的少ないことを記す。
本工を一門の他から分かつのは、まさに無銘作を首肯するときに極めの言うところである。判者は肌立った鍛えと片落ち互の目に交じる様々な形の刃に本工と擬すべき点を見出し、ある刀について「兼光一門にあって基光に最も擬すべきところがあり、極めは正しく首肯される」[[c:4]]と記す。しかしその作位については率直で、総じて「少しく兼光に譲るところがある」[[c:5]]とする。本工は工房の有能なる第二の手であって、その片落ち互の目を保ちつつ自らの込み入った様々な互の目を加え、無銘の極めは個性的な決め手というより一派と時代に拠る。
収集の観点では、記録の確かな、しかし数少ない後期長船の名である。刀工大鑑はこれを中の上に評し、その鑑賞上の記録は数よりも年紀の鮮明な在銘作の確かさに拠る。国宝はなく、その立場は一口の重要文化財、すなわち東京・三井文庫が蔵する在銘の太刀と、一口の特別重要刀剣、および重要刀剣の一群、特別重要刀剣・重要刀剣の級を合わせて三十八口に拠る。伝来は良く、特別重要刀剣の太刀は徳川家に伝わり、説明書はこれを「大徳川家に伝来した基光の優品である」[[c:6]]と称える。本阿弥光忠の手と思われる金象嵌銘を負う一口は、本間家旧蔵を経て佐野美術館が蔵する。指定を受けた基光の作の多くは伝えられて市場には出ず、在銘の作が世に現れるのは時折のことであって、現れたときそれは、兼光工房が南北朝の世に長船をいかに継いだかを語る、年紀の確かな精密な記録である。
基光の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
備前伝 · 備前
時期区分: 相伝備前· 1330–1394
現在222点販売中
相伝備前 相伝備前とは、南北朝時代の備前国長船派にあって、相州伝の作風を加味した一群の刀工およびその作風期を指す呼称である。景光に続く長船派の嫡流たる兼光をはじめ、兼光と並んで傑れた技術を示すとされる長義、その門と伝える兼長、兼光門下の一人にして一説に兼光の弟とも伝える倫光、さらに兼光や長義とは別系統で青江気質を窺わせる元重、長船傍系と目される義景など、多くの備前鍛冶がこの時期に活躍した。兼光の現存する年紀作は鎌倉時代末期の元亨元年から南北朝期の貞治に及ぶ約四十五年に亘り、その南北朝時代初期の康永頃までの作は姿が尋常で父景光風を踏襲した感があるが、貞和・観応頃から姿が大柄となり、それまでになかったのたれ主調の刃文が出現する。長義は「備前刀の中で最も備前ばなれした刀工は長義也」と古来称され、相州伝を強く加味した作風で知られる。長船における正系の技量を継承しつつ、隣国相模の作風を取り込んだ点に、この作風期の独自性が存する。 作風は、まず体配において南北朝期の時代色を色濃く反映する。身幅が広く元先の幅差が目立たず、重ね頃合、大鋒に結ぶ堂々たる姿で、延文・貞治頃を最盛期とする雄渾なる体配を示す。鍛えは板目に杢を交え、総じてよく錬れて地沸つき、地景入り、乱れ映りが立つのを常とする。この乱れ映りは、相州伝の色彩を帯びながらも備前気質を表出する標識であり、相伝備前と鑑する重要な拠所となる。刃文は兼光・倫光においてはおおどかなのたれを主調に互の目・小互の目・角ばる刃・尖りごころの刃などを交え、匂勝ちに小沸つき、単調とならず変化を見せる。一方、長義・兼長においては、のたれ基調に丁子風の刃や腰開きの刃を交えて大模様に華やかに乱れ、よく沸づき、金筋・砂流し頻りにかかり、湯走り・飛焼を見せるなど、地刃の沸が一段と強い出来口を示す。元重は鍛えに流れ柾や地斑を交え、刃文に角ばる互の目が目立ち、逆がかり、逆足・葉を交えて帽子が尖るなど、青江気質を窺わせる点に同工一派の見どころがある。 評価としては、相州伝の影響が単に備前の伝統を駆逐したのではなく、長船の作域を著しく拡大せしめた点に、この作風期の歴史的意義が認められる。精錬の良さは際立ち、肌模様に緩みや荒れが看取されず、長船派棟梁としての鍛錬の妙味が遺憾なく発揮されている。匂口は明るく冴え、保存状態の健全な作が多く、備前の華やかさと強さを存分に堪能できる。兼光が先駆けたおおどかな乱れ、長義の放胆にして個性的な大乱れは、いずれも南北朝期長船を代表する達成として賞される。在銘の年紀作に乏しく無銘の極め物が多いものの、年紀を有する生ぶ茎の遺存例は資料的価値が頗る高く、後世には『集古十種』所載の名品や本阿弥折紙を伴う伝来品も知られる。相伝備前は、備前と相州という二大伝法が融合した到達点として、日本刀の歴史に重きをなすものである。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 基光は南北朝期の備前兼光の門人で、倫光、政光等と師の作刀を支えた一門屈指の実力者。小田原大久保家伝来の豪壮な太刀(重要文化財 三井文庫蔵)は、兼光に見紛う優れた出来である。


Bizen Osafune (Kanemitsu lineage) · 備前 · 1342-1372頃
刀剣大鑑 上位11%
現在3点販売中
基光は南北朝時代の備前長船派の刀工で、兼光の子とも、その門下とも伝え、左兵衛尉に任じられている。現存する年紀作は康永から永和に及び、その活躍期は明瞭であって、説明書は徳川家に伝来した特別重要刀剣の太刀を「光の門人基光在銘の太刀である」[[c:1]]と端的に説き起こす。本工は十四世紀後半に兼光の作風を継承するが、彼をその一門に位置づける同じ説明書が、一門の内における本工の立場を画する慎重な一線をも引いている。
その手はまず刃文に読まれる。板目の地に互の目を主調とした乱れを焼き、その本体を兼光工房の鋸歯状の刃たる片落ち互の目とし、これに角張る刃・尖り刃・頭の角がかった浅い小のたれを交える。説明書はこの入り交じりを本工のものとして、徳川家の太刀について「本作のように互の目がめだち、しかも様々な形の互の目が入り交じる」[[c:2]]ところに彼の特色が見られるとする。この様相は諸重要刀剣の説明に繰り返され、一派の整然と連れる互の目と対をなす。足・葉入り、匂口締まりごころに明るく小沸つき、金筋・砂流しが刃中に働く。
その刃文の下の地鉄は終始変わらぬところである。板目に杢を交えてしばしば肌立ちごころとなり、地沸つき、地景細かに入り、地斑調の肌合を交えた地に乱れ映りが立ち、刃寄りにはしばしば直ぐ状の映りとなって、兼光と共有する長船の地鉄を見せる。帽子は乱れ込み、先尖りごころに小丸となって細かに掃きかける。短刀には棒樋、あるいは腰樋に添樋を掻き、一口には護摩箸を彫って、後期長船の静かな彫の語彙を示す。
記録は造込で明らかに分かれる。一方には在銘年紀の自作がある。備州長船基光と切る太刀、平造の脇指・短刀がそれで、生ぶで文和・貞治・応安に鮮明な年紀を残すものが数口あり、説明書はこれを「出来のよさは兼光に迫る感があり」[[c:3]]と評し、同工研究上の好資料として貴ぶ。他方には大磨上無銘の刀があり、身幅広く元先の幅差目立たず、中鋒の延びた南北朝の堂々たる姿で、時代と兼光伝より基光と極められる。説明書は本工在銘の太刀が比較的少ないことを記す。
本工を一門の他から分かつのは、まさに無銘作を首肯するときに極めの言うところである。判者は肌立った鍛えと片落ち互の目に交じる様々な形の刃に本工と擬すべき点を見出し、ある刀について「兼光一門にあって基光に最も擬すべきところがあり、極めは正しく首肯される」[[c:4]]と記す。しかしその作位については率直で、総じて「少しく兼光に譲るところがある」[[c:5]]とする。本工は工房の有能なる第二の手であって、その片落ち互の目を保ちつつ自らの込み入った様々な互の目を加え、無銘の極めは個性的な決め手というより一派と時代に拠る。
収集の観点では、記録の確かな、しかし数少ない後期長船の名である。刀工大鑑はこれを中の上に評し、その鑑賞上の記録は数よりも年紀の鮮明な在銘作の確かさに拠る。国宝はなく、その立場は一口の重要文化財、すなわち東京・三井文庫が蔵する在銘の太刀と、一口の特別重要刀剣、および重要刀剣の一群、特別重要刀剣・重要刀剣の級を合わせて三十八口に拠る。伝来は良く、特別重要刀剣の太刀は徳川家に伝わり、説明書はこれを「大徳川家に伝来した基光の優品である」[[c:6]]と称える。本阿弥光忠の手と思われる金象嵌銘を負う一口は、本間家旧蔵を経て佐野美術館が蔵する。指定を受けた基光の作の多くは伝えられて市場には出ず、在銘の作が世に現れるのは時折のことであって、現れたときそれは、兼光工房が南北朝の世に長船をいかに継いだかを語る、年紀の確かな精密な記録である。
基光の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
備前伝 · 備前
時期区分: 相伝備前· 1330–1394
現在222点販売中
相伝備前 相伝備前とは、南北朝時代の備前国長船派にあって、相州伝の作風を加味した一群の刀工およびその作風期を指す呼称である。景光に続く長船派の嫡流たる兼光をはじめ、兼光と並んで傑れた技術を示すとされる長義、その門と伝える兼長、兼光門下の一人にして一説に兼光の弟とも伝える倫光、さらに兼光や長義とは別系統で青江気質を窺わせる元重、長船傍系と目される義景など、多くの備前鍛冶がこの時期に活躍した。兼光の現存する年紀作は鎌倉時代末期の元亨元年から南北朝期の貞治に及ぶ約四十五年に亘り、その南北朝時代初期の康永頃までの作は姿が尋常で父景光風を踏襲した感があるが、貞和・観応頃から姿が大柄となり、それまでになかったのたれ主調の刃文が出現する。長義は「備前刀の中で最も備前ばなれした刀工は長義也」と古来称され、相州伝を強く加味した作風で知られる。長船における正系の技量を継承しつつ、隣国相模の作風を取り込んだ点に、この作風期の独自性が存する。 作風は、まず体配において南北朝期の時代色を色濃く反映する。身幅が広く元先の幅差が目立たず、重ね頃合、大鋒に結ぶ堂々たる姿で、延文・貞治頃を最盛期とする雄渾なる体配を示す。鍛えは板目に杢を交え、総じてよく錬れて地沸つき、地景入り、乱れ映りが立つのを常とする。この乱れ映りは、相州伝の色彩を帯びながらも備前気質を表出する標識であり、相伝備前と鑑する重要な拠所となる。刃文は兼光・倫光においてはおおどかなのたれを主調に互の目・小互の目・角ばる刃・尖りごころの刃などを交え、匂勝ちに小沸つき、単調とならず変化を見せる。一方、長義・兼長においては、のたれ基調に丁子風の刃や腰開きの刃を交えて大模様に華やかに乱れ、よく沸づき、金筋・砂流し頻りにかかり、湯走り・飛焼を見せるなど、地刃の沸が一段と強い出来口を示す。元重は鍛えに流れ柾や地斑を交え、刃文に角ばる互の目が目立ち、逆がかり、逆足・葉を交えて帽子が尖るなど、青江気質を窺わせる点に同工一派の見どころがある。 評価としては、相州伝の影響が単に備前の伝統を駆逐したのではなく、長船の作域を著しく拡大せしめた点に、この作風期の歴史的意義が認められる。精錬の良さは際立ち、肌模様に緩みや荒れが看取されず、長船派棟梁としての鍛錬の妙味が遺憾なく発揮されている。匂口は明るく冴え、保存状態の健全な作が多く、備前の華やかさと強さを存分に堪能できる。兼光が先駆けたおおどかな乱れ、長義の放胆にして個性的な大乱れは、いずれも南北朝期長船を代表する達成として賞される。在銘の年紀作に乏しく無銘の極め物が多いものの、年紀を有する生ぶ茎の遺存例は資料的価値が頗る高く、後世には『集古十種』所載の名品や本阿弥折紙を伴う伝来品も知られる。相伝備前は、備前と相州という二大伝法が融合した到達点として、日本刀の歴史に重きをなすものである。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。