Stock number:TA-040315Paper(Certificate):[N.B.T.H.K]Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Yamashiro(Kyoto)・Muromachi era 1429~1507Blade length(Cutting edge): 67.3cmCurve(SORI): 2.3cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.24cmThickness at the Moto-Kasane: 0.65cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.65cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One parts, gold foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered,Kattesagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Chu-kissaki,Shinogizukuri,IorimuneEngraving: Bohi on each sideJigane(Hada): Itame and MokumeTemper patterns(Hamon): Notare and Gunome-choji MidareTemper patterns in the point(Bohshi): KomaruRegistration Card: Wakayama・1951【Additional Information】本作は室町時代中頃から後期に掛けての作の「信国」と極められた刀です。特別保存刀剣にすんなりと合格した優品です。信国派は延文頃から明治まで続いた刀工の流派です。初代信國は古来より相州貞宗の門人と云われ、時代は建武から延文(1356~1360)と伝えられています。しかしながら現存するものに、建武およびその近辺の年紀が入るものは皆無です。貞治から応安頃(1362~1374)の信国が二代信国です。了戒・了久信・祖父信国・子信国・孫信国と記され相州貞宗門(貞宗十哲)云われます。応永(1394~1428)頃までは京で、永享12年(1440)頃から慶長7年(1602)までは豊前で鍛刀しました。信国の代極めは非常に困難と云われておりますが、本刀はおそらく三代辺りの信国の作と思われます。信国の作品は短刀が多く刀は探してみると少ないものです。本作体配は、身幅広く重十分に残り姿が抜群の一振りです。表裏に棒樋を刻します。地金は板目肌に杢目肌が交じる肌です。淡い映りが立ちます。刃紋は、湾れ基調で、細かい互の目と丁子刃紋が乱れる刃を焼いており、冴えた匂い口に小沸がついて足、葉がよく入り、細かな砂流しと金線が働いて刃中は明るく、流石信国と思える見事な出来栄えの刀となります。帽子先尖り、火炎状となり小丸へ確りと返ります。茎は生ぶ。雅趣に溢れ状態も良好。本品は信国の傑出した出来栄えの姿美しい刀の優品となります。白鞘、金着一重はばき。白鞘、拵付、特別保存刀剣鑑定書







山城伝 · 山城
現在28点販売中
信国派は山城国京都に興った名門で、その流れは南北朝時代に遡る。一派の祖と仰がれる信国は了戒系の京鍛冶で、血脈の上では来の伝統を承けながら、修業の上では相州貞宗の門に入って貞宗三哲の一人に数えられた。来の系譜と相州伝という二つの根がこの一門の作のすべてを導く。銘鑑は祖を建武に置くが、説明書はこれを繰り返し退ける。建武年間の作は残らず、現存最古の延文・貞治の年紀作が貞宗に直結することから、本会は延文・貞治の工をもって初代と見做す。南北朝の末期には永徳・至徳・明徳の代替りの信国が続き、同銘数工があったと見られる。室町初期には左衛門尉・式部丞を冠する応永信国が栄え、これを通常三代と数える。一派は後に豊前へ、さらに筑前へ移り、慶長の頃より明治初年まで福岡藩黒田家の抱え鍛冶として吉貞・吉政・吉次・吉包・重包の代々を出し、新々刀期まで栄えた。 一派に通う語法は、まず地鉄に現れる。鍛えは杢を交えた板目で、刃寄りに流れて柾となりやや肌立ち、地沸を厚くとり地景が頻りに入り、よくつんだ作には淡い沸映りが立つ。刃寄りに流れる鍛えは了戒系の所伝を首肯せしめる証とされ、厚い地沸と頻りの地景は貞宗に学んだ相州伝の痕跡として読まれる。刃文は文様の如何を問わず沸で焼かれ、砂流し・金筋が絶えず働き、匂口は明るい。その作域は二様を基とする。一つは来派の伝統を示した直刃で、中直刃・細直刃に小沸つき、細かにほつれ喰違刃・二重刃ごころを交えて京物の格調を伝える。いま一つは貞宗風ののたれ乱れで、小のたれに互の目・小互の目を交え、足・葉入り、沸厚く明るく、刃縁にほつれ湯走りがかかり、最も多く出会う作域をなす。帽子はのたれ込みまたは乱れ込んで小丸となり掃きかける。御家芸とも言うべき濃密な彫物も貞宗譲りで、梵字・素剣・護摩箸・三鈷剣・倶利迦羅を重ね彫りにし、刀身に八幡大菩薩の神号を切る作もあって、彫物によって一門を見分けうる。代を下ると差異が明瞭となる。南北朝末期の後代は一派に初めて太刀を生み、二様に加えて互の目主調の乱れ刃を新たに見せ、互の目が二つ宛連れたものを腰の低い小のたれで繋ぐ矢筈状の刃を見どころとする。応永信国は左衛門尉が「国」の字のクニ構えの中を左字に作る点を大きな鑑別点とし、直刃と互の目乱れの双方に冴えた沸を宿す。筑前に移った吉包・重包は相州伝の志向と、流れ肌の乱れ映りを伴う一派の丁子乱れとを高い技倆で並べ持ち、重包は名物写しの名手として石堂風に紛う華やかな丁子を、地沸・地景・刃中の沸の顕著さによって石堂と分かった。 鑑定の勘所は明快である。刃寄りに流れる柾がかった肌、厚い地沸と頻りの地景、沸で焼いた直刃と貞宗風ののたれ乱れ、重ね彫りの宗教彫物が一門を束ね、相州の同門とも後世の備前丁子とも分かつ拠りどころとなる。無銘極めも代の弁別も延文三年紀の作との照合によって決せられ、後代は連れ互の目と矢筈刃で、応永信国は逆字の銘で、筑前の工は流れ肌の乱れ映りで読み分けられる。藤代の極めは初代信国を上々作とし、後代から応永信国まで京古刀の上位に列し、筑前の吉包・重包は地方新刀の堅実な工として上作の評を得る。在銘作は祖において短刀・小脇指に限られて稀であり、それゆえ年紀のある後代の太刀・薙刀は何よりの好資料として貴ばれる。伝来は大名家と社寺に厚く、黒田家・浅野家・山内家・佐竹家らの蔵刀に加え、本願寺名物や富士山本宮浅間大社に奉納された式部丞の脇指がある。上位指定の多くは公私の蔵に秘められて市に現れず、在銘の信国が世に出ること自体が稀であって、現れた時は南北朝以来の山城物の蒐集で特筆すべき機会となる。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock number:TA-040315Paper(Certificate):[N.B.T.H.K]Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Yamashiro(Kyoto)・Muromachi era 1429~1507Blade length(Cutting edge): 67.3cmCurve(SORI): 2.3cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.24cmThickness at the Moto-Kasane: 0.65cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.65cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One parts, gold foil HabakiSword tang(Nakago): Unaltered,Kattesagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Chu-kissaki,Shinogizukuri,IorimuneEngraving: Bohi on each sideJigane(Hada): Itame and MokumeTemper patterns(Hamon): Notare and Gunome-choji MidareTemper patterns in the point(Bohshi): KomaruRegistration Card: Wakayama・1951【Additional Information】本作は室町時代中頃から後期に掛けての作の「信国」と極められた刀です。特別保存刀剣にすんなりと合格した優品です。信国派は延文頃から明治まで続いた刀工の流派です。初代信國は古来より相州貞宗の門人と云われ、時代は建武から延文(1356~1360)と伝えられています。しかしながら現存するものに、建武およびその近辺の年紀が入るものは皆無です。貞治から応安頃(1362~1374)の信国が二代信国です。了戒・了久信・祖父信国・子信国・孫信国と記され相州貞宗門(貞宗十哲)云われます。応永(1394~1428)頃までは京で、永享12年(1440)頃から慶長7年(1602)までは豊前で鍛刀しました。信国の代極めは非常に困難と云われておりますが、本刀はおそらく三代辺りの信国の作と思われます。信国の作品は短刀が多く刀は探してみると少ないものです。本作体配は、身幅広く重十分に残り姿が抜群の一振りです。表裏に棒樋を刻します。地金は板目肌に杢目肌が交じる肌です。淡い映りが立ちます。刃紋は、湾れ基調で、細かい互の目と丁子刃紋が乱れる刃を焼いており、冴えた匂い口に小沸がついて足、葉がよく入り、細かな砂流しと金線が働いて刃中は明るく、流石信国と思える見事な出来栄えの刀となります。帽子先尖り、火炎状となり小丸へ確りと返ります。茎は生ぶ。雅趣に溢れ状態も良好。本品は信国の傑出した出来栄えの姿美しい刀の優品となります。白鞘、金着一重はばき。白鞘、拵付、特別保存刀剣鑑定書







山城伝 · 山城
現在28点販売中
信国派は山城国京都に興った名門で、その流れは南北朝時代に遡る。一派の祖と仰がれる信国は了戒系の京鍛冶で、血脈の上では来の伝統を承けながら、修業の上では相州貞宗の門に入って貞宗三哲の一人に数えられた。来の系譜と相州伝という二つの根がこの一門の作のすべてを導く。銘鑑は祖を建武に置くが、説明書はこれを繰り返し退ける。建武年間の作は残らず、現存最古の延文・貞治の年紀作が貞宗に直結することから、本会は延文・貞治の工をもって初代と見做す。南北朝の末期には永徳・至徳・明徳の代替りの信国が続き、同銘数工があったと見られる。室町初期には左衛門尉・式部丞を冠する応永信国が栄え、これを通常三代と数える。一派は後に豊前へ、さらに筑前へ移り、慶長の頃より明治初年まで福岡藩黒田家の抱え鍛冶として吉貞・吉政・吉次・吉包・重包の代々を出し、新々刀期まで栄えた。 一派に通う語法は、まず地鉄に現れる。鍛えは杢を交えた板目で、刃寄りに流れて柾となりやや肌立ち、地沸を厚くとり地景が頻りに入り、よくつんだ作には淡い沸映りが立つ。刃寄りに流れる鍛えは了戒系の所伝を首肯せしめる証とされ、厚い地沸と頻りの地景は貞宗に学んだ相州伝の痕跡として読まれる。刃文は文様の如何を問わず沸で焼かれ、砂流し・金筋が絶えず働き、匂口は明るい。その作域は二様を基とする。一つは来派の伝統を示した直刃で、中直刃・細直刃に小沸つき、細かにほつれ喰違刃・二重刃ごころを交えて京物の格調を伝える。いま一つは貞宗風ののたれ乱れで、小のたれに互の目・小互の目を交え、足・葉入り、沸厚く明るく、刃縁にほつれ湯走りがかかり、最も多く出会う作域をなす。帽子はのたれ込みまたは乱れ込んで小丸となり掃きかける。御家芸とも言うべき濃密な彫物も貞宗譲りで、梵字・素剣・護摩箸・三鈷剣・倶利迦羅を重ね彫りにし、刀身に八幡大菩薩の神号を切る作もあって、彫物によって一門を見分けうる。代を下ると差異が明瞭となる。南北朝末期の後代は一派に初めて太刀を生み、二様に加えて互の目主調の乱れ刃を新たに見せ、互の目が二つ宛連れたものを腰の低い小のたれで繋ぐ矢筈状の刃を見どころとする。応永信国は左衛門尉が「国」の字のクニ構えの中を左字に作る点を大きな鑑別点とし、直刃と互の目乱れの双方に冴えた沸を宿す。筑前に移った吉包・重包は相州伝の志向と、流れ肌の乱れ映りを伴う一派の丁子乱れとを高い技倆で並べ持ち、重包は名物写しの名手として石堂風に紛う華やかな丁子を、地沸・地景・刃中の沸の顕著さによって石堂と分かった。 鑑定の勘所は明快である。刃寄りに流れる柾がかった肌、厚い地沸と頻りの地景、沸で焼いた直刃と貞宗風ののたれ乱れ、重ね彫りの宗教彫物が一門を束ね、相州の同門とも後世の備前丁子とも分かつ拠りどころとなる。無銘極めも代の弁別も延文三年紀の作との照合によって決せられ、後代は連れ互の目と矢筈刃で、応永信国は逆字の銘で、筑前の工は流れ肌の乱れ映りで読み分けられる。藤代の極めは初代信国を上々作とし、後代から応永信国まで京古刀の上位に列し、筑前の吉包・重包は地方新刀の堅実な工として上作の評を得る。在銘作は祖において短刀・小脇指に限られて稀であり、それゆえ年紀のある後代の太刀・薙刀は何よりの好資料として貴ばれる。伝来は大名家と社寺に厚く、黒田家・浅野家・山内家・佐竹家らの蔵刀に加え、本願寺名物や富士山本宮浅間大社に奉納された式部丞の脇指がある。上位指定の多くは公私の蔵に秘められて市に現れず、在銘の信国が世に出ること自体が稀であって、現れた時は南北朝以来の山城物の蒐集で特筆すべき機会となる。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).