Stock number:KA-060625Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Tokubetsu Juyo TokenCountry・period:Bicchu・Nanbokucho period about 1356~Blade length(Cutting edge):72.5 cmCurve(SORI): 1.5cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.28cmThickness at the Moto-Kasane: 0.76cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.85cmThickness at the Saki-Kasane: 0.60cmHabaki: Two parts, gold foil HabakiSword tang(Nakago): Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana): One of the two holes is filledShape(Taihai): Shinogizukuri,Marumune,O-kissakiJigane(Hada): Koitamehada,KomokumeTemper patterns(Hamon): Gunome, KogunomeTemper patterns in the point(Bohshi):Registration Card: Oita【Additional Information】【重要刀剣図譜より】形状鎬造、丸棟、身幅広く、元先の幅差目立たず、身幅の割に鎬幅狭く、反りやや浅くつき、大鋒。鍛小板目肌よく錬れてつみ、小杢目交じり、地沸微塵につき、随処に地斑状の肌合を交え、乱れ映り鮮明に立ち、刃寄りは二重・三重の筋状の映りを形成して、いわゆる段映りとなる。刃文直刃を基調に互の目・角がかる刃・小互の目など交じり、処々逆がかり、小足・逆足・葉入り、匂口しまり、小沸つき、匂口明るく冴える。帽子表は直ぐ調に小さく乱れ、突き上げて先尖りごころとなり、裏は乱れ込み、 突き上げ気味に先小丸、共に長めに返る。彫物表裏に棒樋を掻き通す。茎大磨上、先刃上がり栗尻、鑢目筋違、目釘孔二中一埋、無銘。説明備中国は古くより鉄の産地として知られ、青江派の刀工は同国の子位や万寿の地で作刀した。同派の中、鎌倉時代中期頃までのものを古青江、それ以降南北朝期にかけてのものを青江と汎称し大別している。青江の作風には、概ね、匂口のしまった直刃の作と、南北朝時代最盛期の延文頃に至って完成された、特色ある逆丁子乱れの二様がある。この刀は、小板目肌がよく錬れてつんだ精緻な鍛えに、地沸が微塵につき、刃文は直刃を基調に互の目・角がかる刃・小互の目等が交じり、処々逆がかり、小足・逆足・葉が入り、匂口がしまって小沸がつき、明るく冴え、帽子は突き上げて先が尖りごころとなるなどの出来口をあらわしており、この期の青江の特色がよく明示されている。また地には鮮明な乱れ映りが立つと同時に、刃寄りには二重・三重に筋状の映りを形成して、いわゆる段映りの態を見せており、さらに地斑状の肌合が看て取れるなど、これらの点も同派の大きな見どころである。幅広・大鋒の堂々とした豪壮な体配と上記の地刃の様相から、制作年代は南北朝期の延文・貞治頃と鑑せられるものである。青江極めの白眉であり、至って健全に保たれていることも好ましい。なお本作の棟は丸棟となっているが、同派には丸棟を経眠することが少なくない。





備前伝 · 備中
現在24点販売中
青江派は備中国に興った刀工集団で、承安頃の安次を祖と伝え、高梁川下流域の子位荘・万寿荘を拠点に平安時代末期から南北朝時代後期に至るまで大いに繁栄した。十一世紀初頭の往来物『新猿楽記』が諸国の名産物として「備中ノ刀」を挙げていることは夙に知られ、その高い評価を受け継ぐ刀工群として歴史に名を刻む。鎌倉時代中期頃までのものを特に古青江と称し、それ以降南北朝期にかけてのものを青江と汎称して大別される。南北朝期には次直・次吉・守次・直次等の良工が輩出し、一派の技量は頂点に達した。 作風は時代によって明確な変遷を示す。古青江は小沸出来で匂口のやや沈んだ直刃仕立てに小乱れを交えたものが多く、鍛えには杢目が目立ってやや肌立ち、いわゆる縮緬肌状の肌合となり、地斑の交じるものが多い。同時代の備前物に比すると幾分地味で渋い味わいを醸す点に独自の風趣がある。鎌倉時代後期になると沸づきが穏やかとなり、さらに南北朝期に至ると匂口が締まり、明るく冴えた直刃、或いは延文頃に完成された特色ある逆丁子乱れの二様を見せるようになる。この期の他国の刀工が相州伝の影響を受けて沸出来をあらわしているのに対し、匂出来である点が興味深い。地鉄は小板目に小杢目を交えてよくつみ、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入り、地斑状の肌合や乱れ映りが立ち、刃寄りには二重三重の筋状の映りを形成していわゆる段映りの態を見せるなど、鍛えに独特の景色を呈する。刃文は直刃を基調に小互の目・小丁子・角がかった刃などが交じり、足・逆足・葉がよく入り、匂口が締まって明るく冴え、帽子は突き上げて尖りごころとなり、やや長く返るものが多い。 青江派は地刃共に明るく冴え渡る精美な出来口をもって知られ、指定品には「同派極めの中でも出色の出来映え」[[c:1]]「青江極めの白眉」と称される逸品が少なくない。縮緬肌に地斑と映りが交錯する鍛えの妙味、匂口の締まった冴えやかな直刃、そして逆がかった刃に飛焼が火焔の如く乱れる華やかな作域に至るまで、備中鍛冶の伝統を脈々と受け継ぐ一派の技と風格が遺憾なく示されている。
国(政府)がその高い美術的・歴史的価値を認めて認定した刀剣で、重要刀剣に相当する格を持ちます。輸出が制限され、重要美術品は日本国内にとどめられ、国外へ持ち出されると認定を失います。
重要美術品の認定は、世界恐慌下で日本の貴重な文化財が海外へ流出するのを防ぐために制定された、昭和8年(1933年)の「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」に始まります。当時はまだ民間所有品を対象とする重要文化財・国宝の制度が整っておらず、文部大臣の認定によって国宝に準ずるもの(准国宝)として国外への持ち出しを禁じました。制度の終了までに約8,300件が認定され、うち刀剣は約1,000口でした。昭和25年(1950年)の文化財保護法に引き継がれ、価値の高いものは重要文化財へ昇格し、その他は重要美術品の認定を保持しています。以後、新たな認定は行われていません。
No cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock number:KA-060625Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Tokubetsu Juyo TokenCountry・period:Bicchu・Nanbokucho period about 1356~Blade length(Cutting edge):72.5 cmCurve(SORI): 1.5cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.28cmThickness at the Moto-Kasane: 0.76cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.85cmThickness at the Saki-Kasane: 0.60cmHabaki: Two parts, gold foil HabakiSword tang(Nakago): Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana): One of the two holes is filledShape(Taihai): Shinogizukuri,Marumune,O-kissakiJigane(Hada): Koitamehada,KomokumeTemper patterns(Hamon): Gunome, KogunomeTemper patterns in the point(Bohshi):Registration Card: Oita【Additional Information】【重要刀剣図譜より】形状鎬造、丸棟、身幅広く、元先の幅差目立たず、身幅の割に鎬幅狭く、反りやや浅くつき、大鋒。鍛小板目肌よく錬れてつみ、小杢目交じり、地沸微塵につき、随処に地斑状の肌合を交え、乱れ映り鮮明に立ち、刃寄りは二重・三重の筋状の映りを形成して、いわゆる段映りとなる。刃文直刃を基調に互の目・角がかる刃・小互の目など交じり、処々逆がかり、小足・逆足・葉入り、匂口しまり、小沸つき、匂口明るく冴える。帽子表は直ぐ調に小さく乱れ、突き上げて先尖りごころとなり、裏は乱れ込み、 突き上げ気味に先小丸、共に長めに返る。彫物表裏に棒樋を掻き通す。茎大磨上、先刃上がり栗尻、鑢目筋違、目釘孔二中一埋、無銘。説明備中国は古くより鉄の産地として知られ、青江派の刀工は同国の子位や万寿の地で作刀した。同派の中、鎌倉時代中期頃までのものを古青江、それ以降南北朝期にかけてのものを青江と汎称し大別している。青江の作風には、概ね、匂口のしまった直刃の作と、南北朝時代最盛期の延文頃に至って完成された、特色ある逆丁子乱れの二様がある。この刀は、小板目肌がよく錬れてつんだ精緻な鍛えに、地沸が微塵につき、刃文は直刃を基調に互の目・角がかる刃・小互の目等が交じり、処々逆がかり、小足・逆足・葉が入り、匂口がしまって小沸がつき、明るく冴え、帽子は突き上げて先が尖りごころとなるなどの出来口をあらわしており、この期の青江の特色がよく明示されている。また地には鮮明な乱れ映りが立つと同時に、刃寄りには二重・三重に筋状の映りを形成して、いわゆる段映りの態を見せており、さらに地斑状の肌合が看て取れるなど、これらの点も同派の大きな見どころである。幅広・大鋒の堂々とした豪壮な体配と上記の地刃の様相から、制作年代は南北朝期の延文・貞治頃と鑑せられるものである。青江極めの白眉であり、至って健全に保たれていることも好ましい。なお本作の棟は丸棟となっているが、同派には丸棟を経眠することが少なくない。





備前伝 · 備中
現在24点販売中
青江派は備中国に興った刀工集団で、承安頃の安次を祖と伝え、高梁川下流域の子位荘・万寿荘を拠点に平安時代末期から南北朝時代後期に至るまで大いに繁栄した。十一世紀初頭の往来物『新猿楽記』が諸国の名産物として「備中ノ刀」を挙げていることは夙に知られ、その高い評価を受け継ぐ刀工群として歴史に名を刻む。鎌倉時代中期頃までのものを特に古青江と称し、それ以降南北朝期にかけてのものを青江と汎称して大別される。南北朝期には次直・次吉・守次・直次等の良工が輩出し、一派の技量は頂点に達した。 作風は時代によって明確な変遷を示す。古青江は小沸出来で匂口のやや沈んだ直刃仕立てに小乱れを交えたものが多く、鍛えには杢目が目立ってやや肌立ち、いわゆる縮緬肌状の肌合となり、地斑の交じるものが多い。同時代の備前物に比すると幾分地味で渋い味わいを醸す点に独自の風趣がある。鎌倉時代後期になると沸づきが穏やかとなり、さらに南北朝期に至ると匂口が締まり、明るく冴えた直刃、或いは延文頃に完成された特色ある逆丁子乱れの二様を見せるようになる。この期の他国の刀工が相州伝の影響を受けて沸出来をあらわしているのに対し、匂出来である点が興味深い。地鉄は小板目に小杢目を交えてよくつみ、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入り、地斑状の肌合や乱れ映りが立ち、刃寄りには二重三重の筋状の映りを形成していわゆる段映りの態を見せるなど、鍛えに独特の景色を呈する。刃文は直刃を基調に小互の目・小丁子・角がかった刃などが交じり、足・逆足・葉がよく入り、匂口が締まって明るく冴え、帽子は突き上げて尖りごころとなり、やや長く返るものが多い。 青江派は地刃共に明るく冴え渡る精美な出来口をもって知られ、指定品には「同派極めの中でも出色の出来映え」[[c:1]]「青江極めの白眉」と称される逸品が少なくない。縮緬肌に地斑と映りが交錯する鍛えの妙味、匂口の締まった冴えやかな直刃、そして逆がかった刃に飛焼が火焔の如く乱れる華やかな作域に至るまで、備中鍛冶の伝統を脈々と受け継ぐ一派の技と風格が遺憾なく示されている。
国(政府)がその高い美術的・歴史的価値を認めて認定した刀剣で、重要刀剣に相当する格を持ちます。輸出が制限され、重要美術品は日本国内にとどめられ、国外へ持ち出されると認定を失います。
重要美術品の認定は、世界恐慌下で日本の貴重な文化財が海外へ流出するのを防ぐために制定された、昭和8年(1933年)の「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」に始まります。当時はまだ民間所有品を対象とする重要文化財・国宝の制度が整っておらず、文部大臣の認定によって国宝に準ずるもの(准国宝)として国外への持ち出しを禁じました。制度の終了までに約8,300件が認定され、うち刀剣は約1,000口でした。昭和25年(1950年)の文化財保護法に引き継がれ、価値の高いものは重要文化財へ昇格し、その他は重要美術品の認定を保持しています。以後、新たな認定は行われていません。
No cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).