綾小路の重要刀剣、上品で美しい地刃の出来、優美な刀姿は、三条、五条派といった古京物を彷彿とさせる古雅な名品です。 綾小路一派は、京都四条の綾小路にて鍛刀した一派と伝えられ、定利をその筆頭とし、門下には定吉らがいます。定利には東京国立博物館所蔵の国宝太刀一口を始め、重要文化財三口、重要美術品が六口残されています。 定利の活躍期に付いては、どの古伝書に於いてもほぼ文永(一二六四~七四年)頃と定め、同時代の来国行とも親交が深かったとしていますが、定利の作を姿、地刃の出来などから総合的に判断すると、国行よりも一時代古い京物、三条や五条派といった、いわゆる古京物に近いものがあります。そのため近年では、定利の製作年代を鎌倉前期とする見解が強くなっています。特別重要刀剣の図譜等でも、三十年程前までは、『時代鎌倉中期』としていたものを、それ以降『時代鎌倉前期』としています。 同派の作は、小切っ先で元先身幅に差があり、反りは深いながらも、先はやや緩やかになる太刀姿が多く、焼き刃は基本的に刃幅が狭く、沸出来の小乱れに、小丁子、小互の目を交え、乱れの間隔が狭く、刃縁に沿って小模様の飛び焼きが点在し、湯走り、二重刃掛かり、帽子は掃き掛け、沸崩れが多く、鍛えは、柔らかな小板目肌に、杢目、流れ肌、地景交じるなど、前述した古京物に通じるような古調な作風、造り込みを基本とします。 本作は、平成元年(一九八九)、第三十五回の重要刀剣指定品、大磨り上げ無銘ながら『伝綾小路』と極められた優品です。 寸法二尺三寸弱、元先身幅に差があり、腰反り深く踏ん張りのある姿ながら、先は反りがやや伏せ気味となって小峰に結んでいます。これは古京物、古備前、古伯耆など、平安末期から鎌倉初期の太刀姿です。 小板目に板目、杢目を交えた精良な地鉄は、刃寄り流れ心に上品に肌立ち、直湾れ調の刃取りで、小丁子、小乱れ、小互の目を交えた刃は、焼きの間隔密に詰まり、刃縁打ちのけ、ほつれ、二重刃、飛び焼き頻りに掛かり、刃中葉、小足、小丁子足繁く入り、金筋、砂流し掛かるなど、随所に同派の特徴が良く示されています。 焼き刃も元から先まで健全で、刃が染みるような箇所、姿の崩れもありません。 探山先生鞘書きにも、『地刃の出来、帽子など、定利、定吉ら一類の特色が把握される健やかな優品也。』とあるように、時代の上がる京物をお好きな方は、これで決まりです。
京綾小路に在住した刀工に定利定吉らがいる。銘鑑は定利の製作年代を文永とし、一説に定利は来国行と交流があ ったとも伝える。しかし現存するものに見る作風は、粟田口国安あたりに類似する古典的なもので、刃文は乱れの間が近 く、小模様に乱れて二重刃を交え、匂口がうるみごころとなり、通説よりも年代は遡ると考えるのが妥当であろう。 この刀は大磨上無銘乍ら、刃が総体に小ずんで複雑に乱れ、匂口はややうるみ、乱れの頭に小さな飛焼が点続してかか り、帽子が掃きかけるなど、綾小路一派の特徴がよく出ている。









京綾小路に在住した刀工に定利定吉らがいる。銘鑑は定利の製作年代を文永とし、一説に定利は来国行と交流があ ったとも伝える。しかし現存するものに見る作風は、粟田口国安あたりに類似する古典的なもので、刃文は乱れの間が近 く、小模様に乱れて二重刃を交え、匂口がうるみごころとなり、通説よりも年代は遡ると考えるのが妥当であろう。 この刀は大磨上無銘乍ら、刃が総体に小ずんで複雑に乱れ、匂口はややうるみ、乱れの頭に小さな飛焼が点続してかか り、帽子が掃きかけるなど、綾小路一派の特徴がよく出ている。
山城伝 · 山城
現在10点販売中
綾小路派は京の綾小路に在住して鍛刀した一派で、定利・定吉らを主要な刀工とする。銘鑑では定利の年代を文永頃としているが、現存する作品の作風は「古京物の三条・五条派の作域を踏襲した感のある古様な趣」[[c:1]]を呈しており、「通説よりも年代が遡るものと鑑せられる」[[c:2]]と繰り返し指摘されている。一説に定利は来国行の近隣に居住し、互いに代作しあったとも伝えられるが、もし両者に接点があるとしたならば「定利の晩年と国行の初期の頃」[[c:3]]ということになろうとされ、粟田口国安あたりに繋がる古雅な作域との類縁も認められている。 本派の作風上の最大の特徴は、刃文が「乱れが間近く小模様に複雑に乱れ」[[c:4]]る点にある。小丁子・小互の目・小乱れ・小のたれなどを交えた小模様の乱れに足・葉がよく入り、沸出来となる。とりわけ鑑定の決め手となるのは、「焼頭にさらに小さな焼が点続して二重刃風を形成」[[c:5]]する現象であり、湯走りや飛焼が焼頭上に点続して現れる様は同派に一貫して認められる。匂口は「うるみごころ」を呈し、この沈んだ柔らかな匂口も本派の重要な識別点である。帽子は乱れ込んで「さかんに掃きかけ」[[c:6]]るものが多く、火焔風や焼詰め風となる作も見られる。鍛えは板目肌ないし小板目肌がつみ、地沸が微塵ないし厚くつき、地景が入り、沸映りが立つ精美な地鉄を示す。姿態はやや細身で元先の幅差がつき、腰反り深く、先伏さりごころとなって小鋒に結ぶ優美な太刀姿を典型とし、踏張りを残す生ぶ茎の遺例も知られる。同時代の来派とは、焼の高低や匂口の性質、二重刃風の焼頭の有無によって区別され、備前物とは所謂「京逆足」の入り方や小模様の複雑さにおいて異なる作域を示す。 綾小路派の作は大磨上無銘がほとんどであるが、古様な姿態と独自の刃文構成により極めが可能とされ、その所伝は「首肯しうる」と繰り返し評価されている。江戸時代の刀剣書の系図には定家・定次・家安など門流を挙げ、南北朝時代から応永頃まで同派が継続したとするものもある。説示においては「古雅」「雅趣に富んだ」「滋味溢れる」といった評語が頻出し、華やかさよりも細やかな変化と深みに本派の美点が見出されている。三条・五条派の作域を基盤としながら独自の刃文意匠を確立した綾小路派は、京鍛冶の古層を伝える貴重な存在として、刀剣史上に重要な位置を占めている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト刀剣、刀装具、骨董等1点ものにつきましては、キャンセル待ちのお客様がおられる場合がございますので、ご返品のご連絡は商品到着後3日以内、ご返送は8日以内にお願いいたします。ご返金は商品ご返送到着後即日に致します。
綾小路の重要刀剣、上品で美しい地刃の出来、優美な刀姿は、三条、五条派といった古京物を彷彿とさせる古雅な名品です。 綾小路一派は、京都四条の綾小路にて鍛刀した一派と伝えられ、定利をその筆頭とし、門下には定吉らがいます。定利には東京国立博物館所蔵の国宝太刀一口を始め、重要文化財三口、重要美術品が六口残されています。 定利の活躍期に付いては、どの古伝書に於いてもほぼ文永(一二六四~七四年)頃と定め、同時代の来国行とも親交が深かったとしていますが、定利の作を姿、地刃の出来などから総合的に判断すると、国行よりも一時代古い京物、三条や五条派といった、いわゆる古京物に近いものがあります。そのため近年では、定利の製作年代を鎌倉前期とする見解が強くなっています。特別重要刀剣の図譜等でも、三十年程前までは、『時代鎌倉中期』としていたものを、それ以降『時代鎌倉前期』としています。 同派の作は、小切っ先で元先身幅に差があり、反りは深いながらも、先はやや緩やかになる太刀姿が多く、焼き刃は基本的に刃幅が狭く、沸出来の小乱れに、小丁子、小互の目を交え、乱れの間隔が狭く、刃縁に沿って小模様の飛び焼きが点在し、湯走り、二重刃掛かり、帽子は掃き掛け、沸崩れが多く、鍛えは、柔らかな小板目肌に、杢目、流れ肌、地景交じるなど、前述した古京物に通じるような古調な作風、造り込みを基本とします。 本作は、平成元年(一九八九)、第三十五回の重要刀剣指定品、大磨り上げ無銘ながら『伝綾小路』と極められた優品です。 寸法二尺三寸弱、元先身幅に差があり、腰反り深く踏ん張りのある姿ながら、先は反りがやや伏せ気味となって小峰に結んでいます。これは古京物、古備前、古伯耆など、平安末期から鎌倉初期の太刀姿です。 小板目に板目、杢目を交えた精良な地鉄は、刃寄り流れ心に上品に肌立ち、直湾れ調の刃取りで、小丁子、小乱れ、小互の目を交えた刃は、焼きの間隔密に詰まり、刃縁打ちのけ、ほつれ、二重刃、飛び焼き頻りに掛かり、刃中葉、小足、小丁子足繁く入り、金筋、砂流し掛かるなど、随所に同派の特徴が良く示されています。 焼き刃も元から先まで健全で、刃が染みるような箇所、姿の崩れもありません。 探山先生鞘書きにも、『地刃の出来、帽子など、定利、定吉ら一類の特色が把握される健やかな優品也。』とあるように、時代の上がる京物をお好きな方は、これで決まりです。
京綾小路に在住した刀工に定利定吉らがいる。銘鑑は定利の製作年代を文永とし、一説に定利は来国行と交流があ ったとも伝える。しかし現存するものに見る作風は、粟田口国安あたりに類似する古典的なもので、刃文は乱れの間が近 く、小模様に乱れて二重刃を交え、匂口がうるみごころとなり、通説よりも年代は遡ると考えるのが妥当であろう。 この刀は大磨上無銘乍ら、刃が総体に小ずんで複雑に乱れ、匂口はややうるみ、乱れの頭に小さな飛焼が点続してかか り、帽子が掃きかけるなど、綾小路一派の特徴がよく出ている。









京綾小路に在住した刀工に定利定吉らがいる。銘鑑は定利の製作年代を文永とし、一説に定利は来国行と交流があ ったとも伝える。しかし現存するものに見る作風は、粟田口国安あたりに類似する古典的なもので、刃文は乱れの間が近 く、小模様に乱れて二重刃を交え、匂口がうるみごころとなり、通説よりも年代は遡ると考えるのが妥当であろう。 この刀は大磨上無銘乍ら、刃が総体に小ずんで複雑に乱れ、匂口はややうるみ、乱れの頭に小さな飛焼が点続してかか り、帽子が掃きかけるなど、綾小路一派の特徴がよく出ている。
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綾小路派は京の綾小路に在住して鍛刀した一派で、定利・定吉らを主要な刀工とする。銘鑑では定利の年代を文永頃としているが、現存する作品の作風は「古京物の三条・五条派の作域を踏襲した感のある古様な趣」[[c:1]]を呈しており、「通説よりも年代が遡るものと鑑せられる」[[c:2]]と繰り返し指摘されている。一説に定利は来国行の近隣に居住し、互いに代作しあったとも伝えられるが、もし両者に接点があるとしたならば「定利の晩年と国行の初期の頃」[[c:3]]ということになろうとされ、粟田口国安あたりに繋がる古雅な作域との類縁も認められている。 本派の作風上の最大の特徴は、刃文が「乱れが間近く小模様に複雑に乱れ」[[c:4]]る点にある。小丁子・小互の目・小乱れ・小のたれなどを交えた小模様の乱れに足・葉がよく入り、沸出来となる。とりわけ鑑定の決め手となるのは、「焼頭にさらに小さな焼が点続して二重刃風を形成」[[c:5]]する現象であり、湯走りや飛焼が焼頭上に点続して現れる様は同派に一貫して認められる。匂口は「うるみごころ」を呈し、この沈んだ柔らかな匂口も本派の重要な識別点である。帽子は乱れ込んで「さかんに掃きかけ」[[c:6]]るものが多く、火焔風や焼詰め風となる作も見られる。鍛えは板目肌ないし小板目肌がつみ、地沸が微塵ないし厚くつき、地景が入り、沸映りが立つ精美な地鉄を示す。姿態はやや細身で元先の幅差がつき、腰反り深く、先伏さりごころとなって小鋒に結ぶ優美な太刀姿を典型とし、踏張りを残す生ぶ茎の遺例も知られる。同時代の来派とは、焼の高低や匂口の性質、二重刃風の焼頭の有無によって区別され、備前物とは所謂「京逆足」の入り方や小模様の複雑さにおいて異なる作域を示す。 綾小路派の作は大磨上無銘がほとんどであるが、古様な姿態と独自の刃文構成により極めが可能とされ、その所伝は「首肯しうる」と繰り返し評価されている。江戸時代の刀剣書の系図には定家・定次・家安など門流を挙げ、南北朝時代から応永頃まで同派が継続したとするものもある。説示においては「古雅」「雅趣に富んだ」「滋味溢れる」といった評語が頻出し、華やかさよりも細やかな変化と深みに本派の美点が見出されている。三条・五条派の作域を基盤としながら独自の刃文意匠を確立した綾小路派は、京鍛冶の古層を伝える貴重な存在として、刀剣史上に重要な位置を占めている。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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