鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣[N.B.T.H.K]Tokubetsu Hozon Token




Osafune (Bizen) · 備前 · 1299-1309頃
藤代 最上作 · 刀剣大鑑 上位5%
現在1点販売中
真長は長船正系の中の静かな名手で、『古今銘尽』に「光忠の子で長光の弟」[[c:3]]とあり、鎌倉時代後期に活躍した工である。父・光忠や兄・長光が華やかな丁子で知られるのに対し、真長はその手が直刃においてこそ最も確かに読める工であって、説明書は繰り返し、同時代の長船一門中「穏やかな直刃を得意とし」[[c:4]]、「匂口のよくしまるのが特色である」[[c:5]]と記す。
銘そのものも同工の見どころである。現存作には二字銘と長銘とがあり、長銘のものには「正安・嘉元・徳治・延慶」[[c:6]]の年紀を刻したものがある。『古今銘尽』は初代を文永・弘安頃とし、正安以後の年紀ある長銘を二代に扱うが、初・二代の存在についてはなお検討の余地が残る。年紀なき二字銘を初代、年紀ある長銘を二代とする見立ては、作風と年代の双方から同工を捉える手掛かりとなる。
地鉄は正系らしい精美な小板目で、よくつみ、杢・板目を交え、地沸が微塵につき、地景が細かに入る。これに乱れ映りが鮮明に立ち、刃寄りに直ぐ状の映りが現れて中ほどより上で乱れ映りとなるものもある。刃文は中直刃を基調に小丁子・小互の目・小のたれを交え、小足・葉が入り、匂口がしまりごころに小沸つき、明るく冴える。帽子は浅くのたれ込んで「先小丸に小さく返る」[[c:1]]、締まった直刃によく合う穏やかな返りで、地刃・帽子ともに同工の典型をなす。
稀には別の作風がある。「比較的に華やかに乱れ長光に紛れ」[[c:2]]るほどの丁子・互の目の乱れを焼くものがあって、やや逆がかりとなり、兄・長光に近い。しかし見どころは匂口で、いずれの作であっても匂口の締まるのが真長の常である。長船三作に共通して帽子は浅くのたれて先小丸となり、地刃・帽子の三所に同工の特色が余すところなく現れる。一門には珍しい小太刀の作例も遺り、収集の観点では真長は藤代の極めで最上作に列する。
藩政時代には「薩摩島津家に伝来」[[c:7]]した在銘の太刀があり、本阿弥光常の折紙を伴っていた。別の一口は「加賀前田家に伝来」[[c:8]]し、本阿弥光忠の折紙を帯びていたと伝え、また小田原大久保家を歴た在銘の太刀もある。特別重要刀剣の上位に十口、重要刀剣に四十二口を数え、皇室をはじめ伊達・島津・前田・細川の諸家を経た作が知られる。兄が華やかであるのに対し、真長は地味な備前直刃がいかに精美たりうるかを示す引き締まった手であり、その穏やかな作は長船の中でも得難い名の一つである。
眞長の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
備前伝 · 備前
時期区分: 古長船· 1238–1335
現在222点販売中
片落ち互の目という一様式を完成させた景光をひとつの到達点として、古長船は鎌倉時代中後期(おおむね一二三八年から一三三五年)の長船派草創の核を成す。光忠を初代とし、その子長光、そして真長を加えた三作の世代がまず作風の幅を定め、続いて長光の子で嫡流三代目の景光がこれを受け継いだ。景光の年紀は嘉元から建武までの三十余年に及び、説示にも元応・元亨・正中・元徳・元弘・建武といった在銘紀年作が並ぶ。武家社会の中枢で太刀が需められた鎌倉末期にあって、この草創世代は長船の鍛法と銘の様式を確立し、のちの南北朝期相伝備前や室町応永備前が分岐していく母体を準備した。逆鏨を多用する近景の代銘が景光在銘作に交じる事実も、すでに一門が複数の手で量産しうる工房へ育っていたことを示している。 作風は地鉄に古長船の眼目がある。板目に杢を交えて総じてよく錬れて緩みなく詰み、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入る。映りは乱れ映りまたは棒映りが鮮明に立ち、景光の太刀では暗帯部が逆がかって青江の段映りに通じる筋映りを表裏下半に現すものまで見える。刃文は華やかな丁子乱れを基調とした世代の作と、直刃調に小互の目・小丁子・角ばる刃を交えて逆がかり、片落ち互の目を主調とする景光の穏やかな出来とが併存し、足・逆足・葉がよく入り、匂勝ちに小沸がつき、匂口は明るく冴える。帽子は乱れ込んで先尖りごころに返る三作帽子を見せる。古備前が地斑映りと厚い沸を残す素朴な源流であったのに対し、古長船は映りを意識的に立て、鍛えを精緻に詰めた点で一線を画する。さらに後続の南北朝期相伝備前が相州伝の強い沸や飛焼を取り込んで大模様に乱れ込むのに対し、また応永備前が腰開きの互の目と尖り帽子へ向かうのに対し、古長船は匂本位の締まった作域にとどまり、映りの鮮明さと地鉄の精良さで識別される。 収集家が古長船をひとつの章として区別するのは、後続の相伝備前や応永備前とは別の鑑定上の指標が立つからである。要点は三つある。第一に、暗帯部の逆がかる地斑映りや筋映りといった、後代には薄れる映りの強さ。第二に、片落ち互の目と直刃調に小乱れを交えた匂勝ちの穏やかな焼刃で、これは長光の華やかさと相州色の濃い南北朝期の双方から本区分を分かつ。第三に、景光に多く現存する短刀の存在で、細直刃から片落ち互の目まで小振りの姿に一門の特質が凝縮される。説示には元応元年紀の生ぶ茎太刀、正中・元徳・元弘・建武紀の短刀、筑前黒田家伝来の一口など、紀年と伝来の確かな作例が並び、古長船を年代の定点として捉える基盤を与えている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません
鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣[N.B.T.H.K]Tokubetsu Hozon Token




Osafune (Bizen) · 備前 · 1299-1309頃
藤代 最上作 · 刀剣大鑑 上位5%
現在1点販売中
真長は長船正系の中の静かな名手で、『古今銘尽』に「光忠の子で長光の弟」[[c:3]]とあり、鎌倉時代後期に活躍した工である。父・光忠や兄・長光が華やかな丁子で知られるのに対し、真長はその手が直刃においてこそ最も確かに読める工であって、説明書は繰り返し、同時代の長船一門中「穏やかな直刃を得意とし」[[c:4]]、「匂口のよくしまるのが特色である」[[c:5]]と記す。
銘そのものも同工の見どころである。現存作には二字銘と長銘とがあり、長銘のものには「正安・嘉元・徳治・延慶」[[c:6]]の年紀を刻したものがある。『古今銘尽』は初代を文永・弘安頃とし、正安以後の年紀ある長銘を二代に扱うが、初・二代の存在についてはなお検討の余地が残る。年紀なき二字銘を初代、年紀ある長銘を二代とする見立ては、作風と年代の双方から同工を捉える手掛かりとなる。
地鉄は正系らしい精美な小板目で、よくつみ、杢・板目を交え、地沸が微塵につき、地景が細かに入る。これに乱れ映りが鮮明に立ち、刃寄りに直ぐ状の映りが現れて中ほどより上で乱れ映りとなるものもある。刃文は中直刃を基調に小丁子・小互の目・小のたれを交え、小足・葉が入り、匂口がしまりごころに小沸つき、明るく冴える。帽子は浅くのたれ込んで「先小丸に小さく返る」[[c:1]]、締まった直刃によく合う穏やかな返りで、地刃・帽子ともに同工の典型をなす。
稀には別の作風がある。「比較的に華やかに乱れ長光に紛れ」[[c:2]]るほどの丁子・互の目の乱れを焼くものがあって、やや逆がかりとなり、兄・長光に近い。しかし見どころは匂口で、いずれの作であっても匂口の締まるのが真長の常である。長船三作に共通して帽子は浅くのたれて先小丸となり、地刃・帽子の三所に同工の特色が余すところなく現れる。一門には珍しい小太刀の作例も遺り、収集の観点では真長は藤代の極めで最上作に列する。
藩政時代には「薩摩島津家に伝来」[[c:7]]した在銘の太刀があり、本阿弥光常の折紙を伴っていた。別の一口は「加賀前田家に伝来」[[c:8]]し、本阿弥光忠の折紙を帯びていたと伝え、また小田原大久保家を歴た在銘の太刀もある。特別重要刀剣の上位に十口、重要刀剣に四十二口を数え、皇室をはじめ伊達・島津・前田・細川の諸家を経た作が知られる。兄が華やかであるのに対し、真長は地味な備前直刃がいかに精美たりうるかを示す引き締まった手であり、その穏やかな作は長船の中でも得難い名の一つである。
眞長の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
備前伝 · 備前
時期区分: 古長船· 1238–1335
現在222点販売中
片落ち互の目という一様式を完成させた景光をひとつの到達点として、古長船は鎌倉時代中後期(おおむね一二三八年から一三三五年)の長船派草創の核を成す。光忠を初代とし、その子長光、そして真長を加えた三作の世代がまず作風の幅を定め、続いて長光の子で嫡流三代目の景光がこれを受け継いだ。景光の年紀は嘉元から建武までの三十余年に及び、説示にも元応・元亨・正中・元徳・元弘・建武といった在銘紀年作が並ぶ。武家社会の中枢で太刀が需められた鎌倉末期にあって、この草創世代は長船の鍛法と銘の様式を確立し、のちの南北朝期相伝備前や室町応永備前が分岐していく母体を準備した。逆鏨を多用する近景の代銘が景光在銘作に交じる事実も、すでに一門が複数の手で量産しうる工房へ育っていたことを示している。 作風は地鉄に古長船の眼目がある。板目に杢を交えて総じてよく錬れて緩みなく詰み、地沸が微塵に厚くつき、地景が細かに入る。映りは乱れ映りまたは棒映りが鮮明に立ち、景光の太刀では暗帯部が逆がかって青江の段映りに通じる筋映りを表裏下半に現すものまで見える。刃文は華やかな丁子乱れを基調とした世代の作と、直刃調に小互の目・小丁子・角ばる刃を交えて逆がかり、片落ち互の目を主調とする景光の穏やかな出来とが併存し、足・逆足・葉がよく入り、匂勝ちに小沸がつき、匂口は明るく冴える。帽子は乱れ込んで先尖りごころに返る三作帽子を見せる。古備前が地斑映りと厚い沸を残す素朴な源流であったのに対し、古長船は映りを意識的に立て、鍛えを精緻に詰めた点で一線を画する。さらに後続の南北朝期相伝備前が相州伝の強い沸や飛焼を取り込んで大模様に乱れ込むのに対し、また応永備前が腰開きの互の目と尖り帽子へ向かうのに対し、古長船は匂本位の締まった作域にとどまり、映りの鮮明さと地鉄の精良さで識別される。 収集家が古長船をひとつの章として区別するのは、後続の相伝備前や応永備前とは別の鑑定上の指標が立つからである。要点は三つある。第一に、暗帯部の逆がかる地斑映りや筋映りといった、後代には薄れる映りの強さ。第二に、片落ち互の目と直刃調に小乱れを交えた匂勝ちの穏やかな焼刃で、これは長光の華やかさと相州色の濃い南北朝期の双方から本区分を分かつ。第三に、景光に多く現存する短刀の存在で、細直刃から片落ち互の目まで小振りの姿に一門の特質が凝縮される。説示には元応元年紀の生ぶ茎太刀、正中・元徳・元弘・建武紀の短刀、筑前黒田家伝来の一口など、紀年と伝来の確かな作例が並び、古長船を年代の定点として捉える基盤を与えている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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