天下統一は大量の市場を閉じ、関の鍛冶は新しい富の在り処へ移った。三品の一門は受領名を得て京に、大道系は諸国の城下町に。美濃は新刀時代の最大の祖先となった。
兼常は、和泉守兼定や孫六兼元と並ぶ美濃鍛冶の名流。天正頃に複数の同銘工が活躍している中では、元亀二年に織田信長より鍛冶職安堵の朱印状を賜り関鍛冶総領事と称した助右衛門の次男、佐助(後に太郎助)兼常が殊に名高い。佐助兼常は天文四年美濃国納土の生まれ。父同様に信長に仕え、また後に豊臣秀次の鍛冶となり天正十九年に相模守を受領して政常と改銘、慶長十八年には名古屋城下に移り、後尾張徳川家に抱えられる。慶長十二年に隠居するも、二代目が急死したために再び鎚をとることとなり、以降政常入道と銘して作刀が続けられた(注)。 この短刀は、政常改銘前の天正年間の作。寸法長く元先の身幅も広めにわずかに反り、ふくらもたっぷりとした穏健な造り込み。小板目状に錬り鍛えられた板目鍛えの地鉄は、鍛着が緻密ながら地景によって肌目が綺麗に起ち、淡い関映りが鎬寄りに乱れ掛かり、関物の優秀性を鮮明にしていかにも凄味がある。刃文は三つの山を成す浅い湾れで、物打辺りから棟に寄って地蔵の横姿を想わせる小丸帽子となり、先端の焼を深く残して返る。匂口の引き締まった焼刃は一段と明るく冴え、淡い匂で透明感のある刃中には、刃縁から広がる匂が朝陽を受けた靄のように明るく起ち、ここにも美濃物の優秀性が窺いとれる。檜垣鑢の施された茎には、独特の書体の銘が刻されている。 質朴な鉄地金具で堅牢さを高め、牛図目貫、雲龍図小柄を備えた、武骨な趣の拵が附されている。 注...『美濃刀大鑑』参照。


















美濃伝 · 美濃 · 1573-1592頃
藤代 中上作 · 刀剣大鑑 上位49%
現在2点販売中
兼常の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
美濃伝 · 尾張
現在7点販売中
尾張政常は、美濃国納土に生まれた相模守政常を祖とする一系である。政常は初め兼常と銘し、永禄十年に分家独立して小牧村に移り、この頃に名を政常と改めたとみられる。天正十九年五月に相模守を受領し、慶長五年、松平忠吉に従って清洲に移った。清洲では伯耆守信高、飛騨守氏房とともに鍛刀し、後世に尾張三作と称される一人となり、やがて尾張徳川家の抱え工となっている。慶長十二年には入道隠居してその子に相模守政常の名を継がせたが、二代が急逝したため再び現役に復し、以後政常入道と入道銘を用いたといい、元和五年、八十四歳で歿したと伝える。説示が扱う工は、この相模守政常を中心とし、兼常と二字に銘した初期作から、相模守を受領して以後の政常時代、さらに政常入道銘の時期に及ぶ。あわせて、岐阜大道の子で相模守政常の養子となり二代目を継いだ美濃守政常も含まれ、本国美濃の関鍛冶を根に、清洲移住を経て尾張藩の庇護下に展開した一門である。 作風は説示が繰り返し記すところに明瞭である。鍛えは板目に杢を交え、棟寄りに流れて柾がかる傾向を示し、地沸が微塵によくつき、地景がよく入る。区下や区際から水影風の立つ例も認められる。刃文は中直刃を基調とし、処々に小互の目・小丁子を交え、小足・葉が入り、小沸がよくつく。刃縁にはほつれ・二重刃・喰違刃・打のけがあらわれ、金筋・砂流しが細かにかかって匂口は明るい。帽子は直ぐに小丸、あるいは浅くのたれて返り、先を掃きかける。彫物には素剣・護摩箸・梵字・倶梨迦羅などがみられ、刀身によく調和して作を引き締めている。現存する作は平造の脇指・短刀が最も多く、しかも上手であって、刀および鎬造の脇指は極めて少ない。一方で槍・薙刀を得意とし、槍は平三角造の直槍が多く、稀に両鎬造や十文字を見る。見分けの要は、柾がかる地鉄に明るい直刃を主体とする端正な作柄と、刃縁の二重刃・喰違刃や帽子の掃きかけにあり、互の目が箱がかって沸の強まる乱刃の一作風も知られる。 鑑定にあたっては、まず銘の推移を押さえることが肝要である。兼常二字銘は政常受領以前の初期作にあたり、室町後期永禄頃の体配を示すため、同工の作域を知るうえで資料的価値が高い。政常入道銘は二代の急逝後に再び鍛刀した時期のもので、太鏨の長銘や七字銘を指表に切る例が多い。代表的な作には、相州貞宗や信国に範を求めたとみられる乱刃の優品、得意の直刃を端正に焼いた脇指・短刀、笹穂や両鎬の槍、大振りの薙刀があり、藻柄子宗典一作の拵に納められた脇指のように後世まで伝えられた例もある。刀や鎬造脇指の遺例が乏しいことから、これらは政常研究の資料としても重んじられる。尾張三作の一として清洲鍛冶の系譜に位置づけられ、美濃伝を根としながら相州風をも取り入れた点に、桃山から江戸初期の尾張新刀を代表する地位がある。 詳しく見る →
桃山時代の美濃
天下統一は大量の市場を閉じ、関の鍛冶は新しい富の在り処へ移った。三品の一門は受領名を得て京に、大道系は諸国の城下町に。美濃は新刀時代の最大の祖先となった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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