室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
取扱店 銀座長州屋
「則光」は重要指定の作品がある名ですが、この品の現在有効な鑑定書は確認できませんでした。鑑定書で確かめられるまでは、その名は未確認とお考えください。 — Hoshi まずはご相談ください
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備前伝 · 備前 · 1394-1428頃
現在1点販売中
応永期の長船則光は、「備州長船則光」と銘し応永三十三年二月日の年紀をもつ短刀によって知られ、平成三年第三十七回重要刀剣に指定された。説明は「日頃経眼する備前則光は応永備前と末備前物との間に位置する年代のものが多いが」[[c:1]]とし、その遠祖は鎌倉末期の長光門人で、嘉元三年紀の短刀が実存すると述べる。さらに「銘鑑ではこれを初代として、二代を延文頃、三代応永で家助の子とし、四代が永享頃、以降室町末期まで名跡の継承があったことを記している」[[c:6]]と記す。
この短刀の意義はまずその年紀にある。説明は「これまで嘉元のあと南北朝期より応永年間にかけての則光の遺例は知られていなかったが、此の度、応永三十三年紀の本短刀が出現したもので、その資料的価値は頗る高い」[[c:2]]とする。銘鑑が三代を当てる応永期の作であるが、説明自体は作者の代数を記していない。
形状は平造、庵棟、身幅の割に寸が延び重ねが厚く、説明はこれを応永備前に特有のものとする。鍛えは小板目肌つみ、地沸細かに厚くつき、地景入り、刃寄りに直ぐ状の映り立つ。刃文は中直刃に浅く湾れごころを帯び、小沸つき、匂口明るい。帽子は直ぐに小丸。表に護摩箸、裏に腰樋を彫る。説明は「刃文は直刃を品よく焼いており、総体に傑れた出来ばえを示している」[[c:3]]と結ぶ。
もう一口、二字銘「則光」の太刀が昭和五十四年第二十六回重要刀剣に指定されている。年紀はなく、説明も代数を示していないため、便宜上ここに置かれる。説明は初代を長光門と伝えたうえで、「途中名跡がとだえ、室町期に至って復活している」[[c:4]]と記す。
この太刀は磨上ながら反り高く、身幅広めで重ねが厚い。鍛えは板目肌つみ映り立ち、刃文は丁子に互の目交じり華やかに乱れ、匂い勝ちに小沸つく。帽子は乱れ込み小丸ごころに返る。説明は「本作は丁子に腰開きの互の目を交えた応永備前風の出来で華やかであり、則光中でも上々作といえよう」[[c:5]]と評する。
則光の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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備前伝 · 備前
時期区分: 応永備前· 1390–1441
現在189点販売中
概要・位置づけ 応永備前とは、室町時代初期の応永年間を中心に、備前国長船の地に繁栄した刀工群ならびにその作刀を汎称する呼称である。長船派の長い歴史のなかで、南北朝末期の身幅広く鋒の延びた大柄な姿から脱却し、室町中期へと至る一時代区分を形づくる作風期に当たる。この期を代表する刀工としては盛光・康光・家助・経家等が挙げられ、なかでも盛光と康光は「応永備前の双璧」と称される。盛光は一説に師光の子と伝え、その作刀年紀は応永から文明に亘り、初・二代の存在が指摘される。康光もまた応永・正長・永享・嘉吉等の年紀があり、正長以後は二代の作とされる。応永備前の継承は永享期にも及び、則光・祐光は所謂永享備前の双璧として名高く、長船の伝統は室町前期を通じてなお活力を保った。実光・重光等の同派一類に属する工も知られ、これらが応永備前の作域を共有している。 作風 応永備前の刀工達の理想は鎌倉時代の復古にあったとみられ、優美な太刀姿や、南北朝期には廃れていた丁子刃の再現にそれが窺われる。一見、鎌倉期の一文字派や長船物の作域を想わせる格調高い出来があるが、同じ太刀姿でも先反りが加わり、鍛えには板目に杢が目立って交じり、肌立った地鉄に地景風のかねが入る点に一派の個性が表示される。地鉄には乱れ映り、あるいは棒映りが鮮明に立つ。刃文には二様があり、その一は腰の開いた互の目に丁子・小互の目・角がかる刃などを交え、大模様に華やかに乱れて足・葉入り、匂勝ちに小沸つき、匂口明るい乱れ刃である。その二は穏健な直刃調の作で、これも上手とされる。帽子は焼深く乱れ込み、先が小さく尖って返る、いわゆる「ローソクの芯」と称せられる特徴的な態となるところが一派の標識である。彫物では表裏の棒樋を区上で丸止めにする点が見どころとされ、八幡大菩薩・一宮大明神等の神号や梵字の重ね彫を伴う作も少なくない。 評価・伝承 応永備前の諸工は、優美な太刀姿と健全な地刃を兼ね備えた作を多く遺し、その地鉄は潤いある優れた質を有する。盛光の作には乱れの頭がゆったりと丸いところに見処があり、康光の太刀は丁子刃が目立って華やかに乱れ、出来の優れたものがままみられる。生ぶの茎を留め、銘字・鑢目の鮮明な作例は、同工の技倆と作域を知るうえで好資料とされる。所載作には紀州徳川家伝来の太刀や靖國神社所蔵の大太刀があり、伝来の確かな優品も含まれる。腰開きの互の目による華やかな乱れであれ、古雅な直刃であれ、応永備前は鎌倉期への復古を志しつつ独自の個性を確立した一作風期として、備前鍛冶の歴史のなかでも屈指の充実をみた時代と評される。 詳しく見る →
室町時代の備前
室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
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