政権は鎌倉にあったが、美意識はなお京都が定めた。粟田口派の梨子地肌は完璧の代名詞となり、来派は公家にも上級の武家にも大寺にも、堂々たる太刀を納めている。
美術刀剣専門オークション! マイページログイン 初めての方はこちら お知らせ WINNERSガイド トップ > 日本刀 > 太刀・刀 ★★ 特別保存刀剣 鎌倉末期の生茎太刀 友重 2尺2寸5分 ★★ 登録証 都道府県:岐阜県 発行年度:昭和36年 種別:刀 長さ:68.3センチ 反り:2.0センチ 目釘穴:2個 銘文 表:なし 銘文 裏:なし 備考 現在価格:450,000 円 入札総数:0 現在の権利者: (詳細な残り時間) 終了予定時刻:10/18 21:50 開始価格:450,000 円 即決価格:700,000 円(この金額で落札できます) 落札下限価格:設定なし 自動延長:設定あり 450,000円より大きな金額で入札を受け付けます 入札金額はカンマなしで入力してください 通常入札 自動入札 入札額: 円 例:10000円 入札にはログインが必要になります。 商品に関するQ&A オークションID:WA00112393 出品者情報(ichimonji) 出品者の評価を見る (10) 出品中の商品一覧を見る 取引方法(支払い方法) 銀行振込確認後に商品発送 ゆうちょ銀行郵便振替確認後に商品発送 その他購入者が負担する手数料 銀行振込の場合 → 振込手数料 郵便振替の場合 → 払込料金 送料 落札者負担 原則、送料に差異が生じない着払い発送ですが、 元払いご希望の場合は、2,800円加算してお支払いください。 藤島は越前の地名で、鎌倉末期の初代友重を祖として江戸時代まで栄えた一派です。初代友重は来国俊の門人と伝えられ、在銘品は極めて稀少とされています。尚、熱田神宮には重要美術品に指定された鎌倉末期・初代友重の生茎在銘太刀が所蔵されていますが、現在は銘が判然とせず無銘に近い状態です。 一般的に時代の下がる北陸物は、地鉄が黒ずみ沸も叢(むら)づくなど下作と評されることもありますが、鎌倉末期から南北朝時代にかけての作品は別格であり、優れた上作が揃います。 本作は鎌倉末期の作で、初代友重に多く見られる無銘ながら、特別保存刀剣の鑑定が付いており、地鉄の美しさは熱田神宮の太刀にも勝るとも劣らぬ白眉の出来映えです。 生茎(うぶなかご)の太刀姿で、疵や欠点のない極めて健全な一振りです。時代物の金着二重鎺(はばき)からも伝来の良さが窺え、代々大切に受け継がれてきた名刀と存じます。 寸法 長さ:2尺2寸5分 (68.3cm) 反り:2.0cm 元幅:2.86cm 先幅:1.74cm 元重:5.9mm 先重:4.3mm 刀身重量:612g ※多少の測定誤差はご容赦ください。 鎬造、庵棟、身幅・重ね尋常、元先の幅差つく。切先は小切先風。 鍛えは、板目肌よく詰み、杢目交じり、地沸つく。 刃文は、互の目丁子。 帽子は、乱れ込んで先掃き掛けごころに返る。 鎺は、時代の金着鎺。 当方、至らぬ表現もあるかと存じますが、詳細は写真にてご判断をお願い申し上げます。 ※お願い 落札後、2日以内にお支払い手続きを完了していただける方のみご入札をお願いいたします。 トップページ|新規会員登録|会員規約|運営会社情報|プライバシーポリシー|サイトマップ|システム利用料|お問い合わせ copyright WINNERS 2012.




山城伝 · 加賀
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藤島派は加賀国藤島の地に興り、北陸道にあって数代を重ねた一門である。その祖にして代表工が友重で、名跡は南北朝末から室町を経て近世にまで及び、現存する年紀作のうち最も古いものは応永二年の短刀である。構成員の解説はいずれも、初代を山城の来国俊の門人、あるいは同国真景の門とする古伝を載せながらこれを疑い、作風の上で来国俊に結ばれず、年代の上で真景にも肯定し難いとして、茎仕立と地刃よりすればむしろ大和物の系統、大和尻懸の手に近いものと判ずる。南北朝期を遡る作はみないとされ、初代は建武の頃、二代は貞治、三代は応永と伝える説もあるが、構成員はおおむね各作を一個人の経歴にではなく、固定した同派の特質に照らして鑑する。北陸の地にあって、同派は越中・越前の工と気脈を通じ、美濃と大和の風を受けた古刀の一門として立つ。 作風の眼目はその地鉄にある。板目に杢を交え、流れごころに肌立って、地沸つき地景入り、かねは際立って黒みをおびる。構成員はこれを同派一番の見どころとして、地鉄が肌立ちごころで黒みを帯びることを北国物の徴とし、ある作には白気映りが淡く立つと記す。山城のようなつんだ小板目には締まらず、槍・薙刀や磨上の太刀では柾目に寄った肌となって、その地に大和を素直に示す。刃文はこの地に応えて自らの混在を示し、互の目乱れを基調に、箱がかった刃・尖り刃・角ばる刃をのたれ・小のたれとともに交える。これを構成員は備前気質と美濃風が混在した感のある乱れ刃と呼び、足やや長く入り、総体に沸づいて砂流しかかり金筋入り、処々に飛焼や二重刃を交え、帽子は直ぐまたは乱れ込んで小丸となり、しばしば掃きかける。短刀ではこの手が穏やかになり、鍛えは小板目につみ、焼刃は細直刃あるいは低い小のたれ・小互の目に小沸を交え、匂口はうるんでほつれ・湯走りを交えて、同派の大和の素地が最も素直に現れる。 鑑定の勘所は、大和を素地とする黒く肌立つかねの上に、備前・美濃を想わせる躁ぎ立つ焼刃を置くという取り合わせにある。互の目と長い足は備前の作に似るが、箱がかった刃と尖り刃、肌立つ黒い地、絶えずかかる砂流しが素直な備前丁子からこれを引き離し、柾に寄る地と黒いかねが真の山城・純然たる大和の作からもこれを隔てる。同派は売立や商家に時に現れる重要刀剣を遺し、銘はほぼ在銘で、藤嶋友重の四字銘が最も多く、友重の二字銘がこれに次ぎ、生ぶ茎の作が大半を占める。藤代は同工を中上作、あるいは古刀の中位に位置づける。中心となるのは応永頃の友重で、室町から後代にかけての作が最も多く現存する。白眉として、三鈷剣と妙見大菩薩の神号を彫った大身槍を同時代を代表する名槍とする評があり、太刀の遺例は数少なく取り立てられる。伝来は稲葉家に伝わった刀や本間による御物台帳に所載の短刀があり、市場の品ではなく長く家に伝えられた重宝を含む。一口の黒いかねの作が北国一派の総体をその地に湛えるところに、同派の値はある。 詳しく見る →
鎌倉時代の山城
政権は鎌倉にあったが、美意識はなお京都が定めた。粟田口派の梨子地肌は完璧の代名詞となり、来派は公家にも上級の武家にも大寺にも、堂々たる太刀を納めている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト落札決定後のキャンセルは一切認められません。一度落札が決定しますと、落札者には商品購入の義務が生じます。