政権は鎌倉にあったが、美意識はなお京都が定めた。粟田口派の梨子地肌は完璧の代名詞となり、来派は公家にも上級の武家にも大寺にも、堂々たる太刀を納めている。
番号:AS26114 刀:白鞘入り、拵付き(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣) 銘文:無銘(伝 綾小路) 鞘書:山城国綾小路定利 大磨上無銘 文永頃 刃長二尺三寸五分 昭和五十七年戌九月 本阿弥日洲(花押) 定利:古刀:最上作:山城 (弊社では刀剣の評価を最上作、上々作、上作、普通作の四段階に分けております。本作は綾小路の極めとして上々作にランクされる作品です。) ハバキ:金着一重ハバキ 刃長:71.1 cm(2尺3寸5分) 反り:2.2 cm(7分3厘) 目釘穴:1個 元幅:3.10 cm 先幅:2.30 cm 重ね:0.30 cm 刀身重量:785 g 時代:鎌倉時代中期、文永頃(1264年頃) 体配:身幅が比較的広く、反り深く、大振りの切先となった姿の良い一振り。 地鉄:板目肌に木目肌交じり、肌目がよく現れる。 刃文:小沸出来の直刃に二重刃が交じる。刃中には細かな小足がよく働く。帽子は乱れ込んで変化に富む。 特徴:綾小路派は鎌倉時代中期に活躍した刀工群で、定利を祖とし、定吉らがこれに属します。宝治年間(1247〜1249年)頃より作刀を行っていたと伝えられています。定利は京都四条の綾小路に居住し、法名を良阿弥と称しました。銘鑑では概ね文永頃(1264〜1275年)を作火としています。また、一説には来国行と近隣に住し、互いに代作を行ったとも伝えられています。 拵: 鍔:丸形鉄鍔 目貫:長尾鶏の図 縁頭:水鳥と草花の図 小尻:鉄地 鞘:青貝微塵塗鞘
Auction status: live on sword-auction.com.
無銘 · Ayanokoji · 鎌倉 · 長さ 71.1cm · 反り 2.2cm







山城伝 · 山城
現在13点販売中
綾小路派は京の綾小路に在住して鍛刀した一派で、定利・定吉らを主要な刀工とする。銘鑑では定利の年代を文永頃としているが、現存する作品の作風は「古京物の三条・五条派の作域を踏襲した感のある古様な趣」[[c:1]]を呈しており、「通説よりも年代が遡るものと鑑せられる」[[c:2]]と繰り返し指摘されている。一説に定利は来国行の近隣に居住し、互いに代作しあったとも伝えられるが、もし両者に接点があるとしたならば「定利の晩年と国行の初期の頃」[[c:3]]ということになろうとされ、粟田口国安あたりに繋がる古雅な作域との類縁も認められている。 本派の作風上の最大の特徴は、刃文が「乱れが間近く小模様に複雑に乱れ」[[c:4]]る点にある。小丁子・小互の目・小乱れ・小のたれなどを交えた小模様の乱れに足・葉がよく入り、沸出来となる。とりわけ鑑定の決め手となるのは、「焼頭にさらに小さな焼が点続して二重刃風を形成」[[c:5]]する現象であり、湯走りや飛焼が焼頭上に点続して現れる様は同派に一貫して認められる。匂口は「うるみごころ」を呈し、この沈んだ柔らかな匂口も本派の重要な識別点である。帽子は乱れ込んで「さかんに掃きかけ」[[c:6]]るものが多く、火焔風や焼詰め風となる作も見られる。鍛えは板目肌ないし小板目肌がつみ、地沸が微塵ないし厚くつき、地景が入り、沸映りが立つ精美な地鉄を示す。姿態はやや細身で元先の幅差がつき、腰反り深く、先伏さりごころとなって小鋒に結ぶ優美な太刀姿を典型とし、踏張りを残す生ぶ茎の遺例も知られる。同時代の来派とは、焼の高低や匂口の性質、二重刃風の焼頭の有無によって区別され、備前物とは所謂「京逆足」の入り方や小模様の複雑さにおいて異なる作域を示す。 綾小路派の作は大磨上無銘がほとんどであるが、古様な姿態と独自の刃文構成により極めが可能とされ、その所伝は「首肯しうる」と繰り返し評価されている。江戸時代の刀剣書の系図には定家・定次・家安など門流を挙げ、南北朝時代から応永頃まで同派が継続したとするものもある。説示においては「古雅」「雅趣に富んだ」「滋味溢れる」といった評語が頻出し、華やかさよりも細やかな変化と深みに本派の美点が見出されている。三条・五条派の作域を基盤としながら独自の刃文意匠を確立した綾小路派は、京鍛冶の古層を伝える貴重な存在として、刀剣史上に重要な位置を占めている。 詳しく見る →
鎌倉時代の山城
政権は鎌倉にあったが、美意識はなお京都が定めた。粟田口派の梨子地肌は完璧の代名詞となり、来派は公家にも上級の武家にも大寺にも、堂々たる太刀を納めている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。
番号:AS26114 刀:白鞘入り、拵付き(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣) 銘文:無銘(伝 綾小路) 鞘書:山城国綾小路定利 大磨上無銘 文永頃 刃長二尺三寸五分 昭和五十七年戌九月 本阿弥日洲(花押) 定利:古刀:最上作:山城 (弊社では刀剣の評価を最上作、上々作、上作、普通作の四段階に分けております。本作は綾小路の極めとして上々作にランクされる作品です。) ハバキ:金着一重ハバキ 刃長:71.1 cm(2尺3寸5分) 反り:2.2 cm(7分3厘) 目釘穴:1個 元幅:3.10 cm 先幅:2.30 cm 重ね:0.30 cm 刀身重量:785 g 時代:鎌倉時代中期、文永頃(1264年頃) 体配:身幅が比較的広く、反り深く、大振りの切先となった姿の良い一振り。 地鉄:板目肌に木目肌交じり、肌目がよく現れる。 刃文:小沸出来の直刃に二重刃が交じる。刃中には細かな小足がよく働く。帽子は乱れ込んで変化に富む。 特徴:綾小路派は鎌倉時代中期に活躍した刀工群で、定利を祖とし、定吉らがこれに属します。宝治年間(1247〜1249年)頃より作刀を行っていたと伝えられています。定利は京都四条の綾小路に居住し、法名を良阿弥と称しました。銘鑑では概ね文永頃(1264〜1275年)を作火としています。また、一説には来国行と近隣に住し、互いに代作を行ったとも伝えられています。 拵: 鍔:丸形鉄鍔 目貫:長尾鶏の図 縁頭:水鳥と草花の図 小尻:鉄地 鞘:青貝微塵塗鞘
Auction status: live on sword-auction.com.
無銘 · Ayanokoji · 鎌倉 · 長さ 71.1cm · 反り 2.2cm







山城伝 · 山城
現在13点販売中
綾小路派は京の綾小路に在住して鍛刀した一派で、定利・定吉らを主要な刀工とする。銘鑑では定利の年代を文永頃としているが、現存する作品の作風は「古京物の三条・五条派の作域を踏襲した感のある古様な趣」[[c:1]]を呈しており、「通説よりも年代が遡るものと鑑せられる」[[c:2]]と繰り返し指摘されている。一説に定利は来国行の近隣に居住し、互いに代作しあったとも伝えられるが、もし両者に接点があるとしたならば「定利の晩年と国行の初期の頃」[[c:3]]ということになろうとされ、粟田口国安あたりに繋がる古雅な作域との類縁も認められている。 本派の作風上の最大の特徴は、刃文が「乱れが間近く小模様に複雑に乱れ」[[c:4]]る点にある。小丁子・小互の目・小乱れ・小のたれなどを交えた小模様の乱れに足・葉がよく入り、沸出来となる。とりわけ鑑定の決め手となるのは、「焼頭にさらに小さな焼が点続して二重刃風を形成」[[c:5]]する現象であり、湯走りや飛焼が焼頭上に点続して現れる様は同派に一貫して認められる。匂口は「うるみごころ」を呈し、この沈んだ柔らかな匂口も本派の重要な識別点である。帽子は乱れ込んで「さかんに掃きかけ」[[c:6]]るものが多く、火焔風や焼詰め風となる作も見られる。鍛えは板目肌ないし小板目肌がつみ、地沸が微塵ないし厚くつき、地景が入り、沸映りが立つ精美な地鉄を示す。姿態はやや細身で元先の幅差がつき、腰反り深く、先伏さりごころとなって小鋒に結ぶ優美な太刀姿を典型とし、踏張りを残す生ぶ茎の遺例も知られる。同時代の来派とは、焼の高低や匂口の性質、二重刃風の焼頭の有無によって区別され、備前物とは所謂「京逆足」の入り方や小模様の複雑さにおいて異なる作域を示す。 綾小路派の作は大磨上無銘がほとんどであるが、古様な姿態と独自の刃文構成により極めが可能とされ、その所伝は「首肯しうる」と繰り返し評価されている。江戸時代の刀剣書の系図には定家・定次・家安など門流を挙げ、南北朝時代から応永頃まで同派が継続したとするものもある。説示においては「古雅」「雅趣に富んだ」「滋味溢れる」といった評語が頻出し、華やかさよりも細やかな変化と深みに本派の美点が見出されている。三条・五条派の作域を基盤としながら独自の刃文意匠を確立した綾小路派は、京鍛冶の古層を伝える貴重な存在として、刀剣史上に重要な位置を占めている。 詳しく見る →
鎌倉時代の山城
政権は鎌倉にあったが、美意識はなお京都が定めた。粟田口派の梨子地肌は完璧の代名詞となり、来派は公家にも上級の武家にも大寺にも、堂々たる太刀を納めている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品をご希望の場合、お客様が受領されてから3日以内にお知らせください。この期間を過ぎますとキャンセルはお受けできかねますので何卒ご了承ください。なお当社へのご返送は、5営業日以内の発送をお願いしております。なおキャンセルは販売した当時の状態がそのまま保持されている事が条件となりますのでお取り扱いには十分ご注意下さい。