二つの朝廷が争った六十年、刀身は長大化し、長船がその需要に応えた。兼光と長義の工房は実際に戦う国人層の武士に仕え、軍勢とともに相州風が届いて相伝備前が生まれた。
Q679. 太刀:小反り(特別保存刀剣) 鞘書:小反り家守 明徳二年七月日 本刀は南北朝時代末期、備前国長船の地で活躍した「小反り」一派の太刀です。茎の太刀銘があったと思われる箇所が削られておりますが、裏には「明徳二年七月日(1391年)」の年紀が鮮明に残されています。 【諸元】 長さ:70.0 cm(二尺三寸一分) 反り:2.0 cm 元幅:2.9 cm 元重:0.7 cm 先幅:1.6 cm 先重:0.3 cm 茎長:14.8 cm 白鞘全長:95.7 cm 拵全長:108.8 cm 【形状】 鎬造、庵棟、腰反り高くつき、小切先となる力強い体配。 【鍛え】 板目に木目が交じり、一部に流れ肌を交える。小反り派の特色である肌立ちごころの鍛えで、一部に肌の荒れる箇所も見られますが、淡く映りが立ちます。 【刃文】 小沸出来の匂口締まった小丁子乱れ。砂流し、金筋、足などの働きが盛んに入ります。 【帽子】 乱れ込み、掃き掛けて小丸に短く返る。 【状態・付属品】 研ぎの状態は良好で、肌の荒れを除けば欠点はありません。金箔周分一(赤銅)二重台付のハバキが付属し、上質な白鞘に収められています。 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の特別保存刀剣鑑定書(1997年)が付属し、「小反り」と極められています。 鞘書は、京都の細川家旧邸に居住した著名な刀剣学者・藤堂弘之進によるものと伝えられ、「小反り家守」の極めが記されています。 【拵】 糸巻太刀拵:保存状態は極めて良好で、特筆すべき欠点のない逸品です。金具はすべて赤銅一作で揃っています。鍔には「嘉永四(1851)年」の刻銘があり、拵全体も同時期に製作されたものと推測されます。本拵にも特別保存刀装具鑑定書(1999年)が付属します。 【解説】 南北朝末期の備前長船小反り派は、本流の長船物と比較して、反りが深く、刃文がこぢんまりとまとまり、流れ肌が目立つなどの特徴がありますが、本作はその典型を示す優品です。 重量:約2.15 kg(4ポンド12オンス) 価格:14,750ドル









備前伝 · 備前
現在29点販売中
小反は、南北朝時代末期から室町時代初期にかけて備前長船の地に働いた一群の刀工を、血脈ではなく除外によって括った呼称である。すなわち兼光一門、長義、元重、大宮一門といった当時の長船の主立った系統のいずれにも直接の師弟関係を結ばぬ周縁の手を、まとめて一名のもとに集めたものであり、その名の意味するところは今日なお漠然としていると本会は率直に記す。秀光、家助、成家、家守、師光、守助らがこれに数えられ、銘鑑はおのおのを数代に立てて初代を鎌倉後期から建武・暦応の頃に置くが、確たる初代作を経眼せず、現存の有銘作はおおむね文和・貞治から永徳・明徳を経て応永一桁代に及ぶ。それゆえ各遺例は一手に確定的に帰すよりも、作風と年紀によって読まれるのを常とする。師光が倫光の子にして応永備前の盛光の父と伝えられ、家助が畠田派を承けて応永備前の一角をなすように、この一群は長船嫡流の華やかな本流とその次代の応永備前との間に、静かな周縁の地帯をなして横たわる。 この一派を貫く手は小模様の乱れである。兼光一門が太く円い互の目を焼くのに対し、小反の工はおおむね同じ趣を小さくこずんだ刃に収め、小のたれを本位として小互の目を連れごころに焼き、これに尖り刃、角ばる刃、腰の開いた互の目を交え、処々逆ごころを見せて、総じて小さくこずむ。足・葉よく入り、匂を主調にわずかに小沸つき、金筋・砂流しが細かに働き、丁子を交えてもなお控えめにとどまる。地鉄は板目に杢を交えて流れごころとなり、肌やや立って地沸細かにつき、地景が黒く沈み、時に地斑を交え、その上に淡い、あるいは鮮明な乱れ映りが立つ。短刀・平造の作では棒映り、直ぐ状の映りとなるものも見え、いずれにせよこの映りが、同時代の相州風の手から一派を分かち、備前の地に繋ぎ止める最も確かな標となる。帽子は刃文に従って乱れ込み尖りごころに掃きかけ、あるいは小丸に結ぶ。棒樋を掻き、梵字、護摩箸、倶利迦羅などを彫る作もある。一派の常を越えて、師光の至徳の太刀のように腰の開いた互の目に高低を見せて華やかに乱れ、応永備前を予兆させる作もあり、家守の応永の太刀のごとく重ね厚く先反りを加えて次代の姿に近づくものもある。 収集の観点から小反の物が求められるのは、何よりそれが資料として明瞭であるからである。鑑定の勘所は二つの敷居を分かつことにある。一つは兼光本流との別で、模様の小さくこずむ点と、やや控えめな作位とによってこれを読み、いま一つは応永備前との別で、腰の開いた互の目と棒映りのうちに次代の萌芽を見ながら、なお南北朝の古調の姿と抑えた焼きにとどまる点をもって分かつ。主要な工の格はおのずから別れ、師光は上々作に位し、秀光、家助、成家、守助、家守らは中上作の位を占める。在銘の作はおおむね生ぶで年紀を備えた太刀として遺り、成家のように大磨上無銘の刀によって主に知られる工もあるが、いずれの場合も、年紀の確かな南北朝の備前として頗る貴重とされる。伝来は概して薄いが確かで、黒田家、加賀前田家、庄内酒井家、皇室の手を経た作や、林原美術館、東京国立博物館、京都国立博物館、春日大社に伝わる作が知られ、その多くは伝持されて市場に現れることは稀である。在銘有年紀の小反物が世に出るのは折に触れてに過ぎず、根気を要するが、現れればそれは、長船派が南北朝の世をいかに閉じ、応永の再興へといかに身を運んだかを、一年一年読みうる確かな文書となる。 詳しく見る →
南北朝時代の備前
二つの朝廷が争った六十年、刀身は長大化し、長船がその需要に応えた。兼光と長義の工房は実際に戦う国人層の武士に仕え、軍勢とともに相州風が届いて相伝備前が生まれた。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト3-day return window from receipt.

Q679. 太刀:小反り(特別保存刀剣) 鞘書:小反り家守 明徳二年七月日 本刀は南北朝時代末期、備前国長船の地で活躍した「小反り」一派の太刀です。茎の太刀銘があったと思われる箇所が削られておりますが、裏には「明徳二年七月日(1391年)」の年紀が鮮明に残されています。 【諸元】 長さ:70.0 cm(二尺三寸一分) 反り:2.0 cm 元幅:2.9 cm 元重:0.7 cm 先幅:1.6 cm 先重:0.3 cm 茎長:14.8 cm 白鞘全長:95.7 cm 拵全長:108.8 cm 【形状】 鎬造、庵棟、腰反り高くつき、小切先となる力強い体配。 【鍛え】 板目に木目が交じり、一部に流れ肌を交える。小反り派の特色である肌立ちごころの鍛えで、一部に肌の荒れる箇所も見られますが、淡く映りが立ちます。 【刃文】 小沸出来の匂口締まった小丁子乱れ。砂流し、金筋、足などの働きが盛んに入ります。 【帽子】 乱れ込み、掃き掛けて小丸に短く返る。 【状態・付属品】 研ぎの状態は良好で、肌の荒れを除けば欠点はありません。金箔周分一(赤銅)二重台付のハバキが付属し、上質な白鞘に収められています。 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の特別保存刀剣鑑定書(1997年)が付属し、「小反り」と極められています。 鞘書は、京都の細川家旧邸に居住した著名な刀剣学者・藤堂弘之進によるものと伝えられ、「小反り家守」の極めが記されています。 【拵】 糸巻太刀拵:保存状態は極めて良好で、特筆すべき欠点のない逸品です。金具はすべて赤銅一作で揃っています。鍔には「嘉永四(1851)年」の刻銘があり、拵全体も同時期に製作されたものと推測されます。本拵にも特別保存刀装具鑑定書(1999年)が付属します。 【解説】 南北朝末期の備前長船小反り派は、本流の長船物と比較して、反りが深く、刃文がこぢんまりとまとまり、流れ肌が目立つなどの特徴がありますが、本作はその典型を示す優品です。 重量:約2.15 kg(4ポンド12オンス) 価格:14,750ドル









備前伝 · 備前
現在29点販売中
小反は、南北朝時代末期から室町時代初期にかけて備前長船の地に働いた一群の刀工を、血脈ではなく除外によって括った呼称である。すなわち兼光一門、長義、元重、大宮一門といった当時の長船の主立った系統のいずれにも直接の師弟関係を結ばぬ周縁の手を、まとめて一名のもとに集めたものであり、その名の意味するところは今日なお漠然としていると本会は率直に記す。秀光、家助、成家、家守、師光、守助らがこれに数えられ、銘鑑はおのおのを数代に立てて初代を鎌倉後期から建武・暦応の頃に置くが、確たる初代作を経眼せず、現存の有銘作はおおむね文和・貞治から永徳・明徳を経て応永一桁代に及ぶ。それゆえ各遺例は一手に確定的に帰すよりも、作風と年紀によって読まれるのを常とする。師光が倫光の子にして応永備前の盛光の父と伝えられ、家助が畠田派を承けて応永備前の一角をなすように、この一群は長船嫡流の華やかな本流とその次代の応永備前との間に、静かな周縁の地帯をなして横たわる。 この一派を貫く手は小模様の乱れである。兼光一門が太く円い互の目を焼くのに対し、小反の工はおおむね同じ趣を小さくこずんだ刃に収め、小のたれを本位として小互の目を連れごころに焼き、これに尖り刃、角ばる刃、腰の開いた互の目を交え、処々逆ごころを見せて、総じて小さくこずむ。足・葉よく入り、匂を主調にわずかに小沸つき、金筋・砂流しが細かに働き、丁子を交えてもなお控えめにとどまる。地鉄は板目に杢を交えて流れごころとなり、肌やや立って地沸細かにつき、地景が黒く沈み、時に地斑を交え、その上に淡い、あるいは鮮明な乱れ映りが立つ。短刀・平造の作では棒映り、直ぐ状の映りとなるものも見え、いずれにせよこの映りが、同時代の相州風の手から一派を分かち、備前の地に繋ぎ止める最も確かな標となる。帽子は刃文に従って乱れ込み尖りごころに掃きかけ、あるいは小丸に結ぶ。棒樋を掻き、梵字、護摩箸、倶利迦羅などを彫る作もある。一派の常を越えて、師光の至徳の太刀のように腰の開いた互の目に高低を見せて華やかに乱れ、応永備前を予兆させる作もあり、家守の応永の太刀のごとく重ね厚く先反りを加えて次代の姿に近づくものもある。 収集の観点から小反の物が求められるのは、何よりそれが資料として明瞭であるからである。鑑定の勘所は二つの敷居を分かつことにある。一つは兼光本流との別で、模様の小さくこずむ点と、やや控えめな作位とによってこれを読み、いま一つは応永備前との別で、腰の開いた互の目と棒映りのうちに次代の萌芽を見ながら、なお南北朝の古調の姿と抑えた焼きにとどまる点をもって分かつ。主要な工の格はおのずから別れ、師光は上々作に位し、秀光、家助、成家、守助、家守らは中上作の位を占める。在銘の作はおおむね生ぶで年紀を備えた太刀として遺り、成家のように大磨上無銘の刀によって主に知られる工もあるが、いずれの場合も、年紀の確かな南北朝の備前として頗る貴重とされる。伝来は概して薄いが確かで、黒田家、加賀前田家、庄内酒井家、皇室の手を経た作や、林原美術館、東京国立博物館、京都国立博物館、春日大社に伝わる作が知られ、その多くは伝持されて市場に現れることは稀である。在銘有年紀の小反物が世に出るのは折に触れてに過ぎず、根気を要するが、現れればそれは、長船派が南北朝の世をいかに閉じ、応永の再興へといかに身を運んだかを、一年一年読みうる確かな文書となる。 詳しく見る →
南北朝時代の備前
二つの朝廷が争った六十年、刀身は長大化し、長船がその需要に応えた。兼光と長義の工房は実際に戦う国人層の武士に仕え、軍勢とともに相州風が届いて相伝備前が生まれた。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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