出ました出ました由緒正しい名刀が出ました、山形県庄内鶴岡城で有名な現在の日本美術刀剣保存協会会長でお殿様でもあられる酒井忠久先生の御祖先様から代々仕えた小林家の貴重な刀が出ました、山形県庄内酒井家は徳川家康の盟友酒井広親の子供よりそれぞれ始まり全国に酒井家は10家以上の大名として繁栄します。本刀の作者の宗永の銘を堂々と切った刀は播州住宗長と銘を切る元は摂州中島来国長の弟子で、室町時代応永頃(1394)(631年前)若州小浜に移住した宗長が室町末期天正頃に播州の書写山に移住、その後江戸時代初期の慶長頃(1605年)(420年前)姫路城下に移住、姫路城は江戸時代には徳川譜代の酒井氏が藩主となり西に向かっての最大の防御地として大変賑わっていた町です。本刀は明暦頃(1655年)(370年前)の宗長の初期の宗永銘の貴重な刀です。本刀は元身幅と先身幅の差のある反りの少ない寛文新刀姿を現し、地金は小板目肌に鍛え地には地沸が良く付き彫りは表にのみ腰樋を彫り、刃紋は山城来写しの匂い出来に沸の付いた直調の刃をきりりと焼き尖り刃も所々見せ良く出来ています。本姫路で作られた宗永刀匠の刀に酒井家を誇りとする山形県から7代にわたり家臣として姫路に至るまで忠義を尽くした小林利吉藤原利明の家代々を世の中に残すべく又子孫に残すべく小林家の貴重な由来を刀に託して残した刀です。この度古いお家から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別に格安にてご提供いたします。武士の歴史をこれほどまでに豪快に後世に残した刀は無く本刀は素晴らしく幸運で貴重な刀です、是非皆様幸運な本刀にあやかって下さい、そしてお楽しみ下さい。






















山城伝 · 若狭 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位37%
現在2点販売中
山城伝 · 摂津
現在7点販売中
中島来派は、山城来派の刀工来国俊の門人である来国長が摂津国中島に移住して鍛刀したことに起源を持つ一派である。『刀工銘鑑』によれば同名二代があり、初代を元徳頃、二代を正平・応安頃と記している。有銘作の遺例は極めて僅少であるが、現存作は来派の伝統を忠実に継承した作風を示しており、様式的には来国光に近似するものの、作位において若干譲る感がある。 作風の特徴は、地鉄において板目肌がよくつみ、しばしば杢目や流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景が細かに頻りに入る点に認められる。淡く沸映りが立つものも見られ、地刃ともに冴えた出来口を呈する。刃文は広直刃を基調とし、小互の目・小丁子などが交じり、足・葉がよく入り、小沸出来で匂口が明るく冴える。刃縁には処々ほつれ・喰違刃・二重刃・打のけなどの変化が現われ、金筋・砂流しが盛んにかかるなど、刃中の働きに富む。帽子は直ぐに小丸、あるいは乱れ込んで掃きかけ、先小丸に返るものが多い。姿形は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかかる頃の特色を示し、身幅広く、元先の幅差が少なく、反りやや浅く、中鋒延びる、あるいは大鋒となる豪壮な体配を呈する。大磨上無銘となるものが大半であるが、輪反りの名残を留めるものも少なくない。 伝世品の多くは重要刀剣以上の指定を受けており、来派の特色を明示しながらも、覇気に富む作域と地刃の健全さを兼備した優品が揃っている。板目肌に地沸が厚くつき地景が頻りに働く鍛え、光の強い沸が厚くついて刃縁が頻りに働く刃文、そして幅広で大鋒の力強い姿態が相俟って、中島来派の刀剣は南北朝期における来派の伝統と時代の覇気を今に伝える貴重な遺産として評価されている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
出ました出ました由緒正しい名刀が出ました、山形県庄内鶴岡城で有名な現在の日本美術刀剣保存協会会長でお殿様でもあられる酒井忠久先生の御祖先様から代々仕えた小林家の貴重な刀が出ました、山形県庄内酒井家は徳川家康の盟友酒井広親の子供よりそれぞれ始まり全国に酒井家は10家以上の大名として繁栄します。本刀の作者の宗永の銘を堂々と切った刀は播州住宗長と銘を切る元は摂州中島来国長の弟子で、室町時代応永頃(1394)(631年前)若州小浜に移住した宗長が室町末期天正頃に播州の書写山に移住、その後江戸時代初期の慶長頃(1605年)(420年前)姫路城下に移住、姫路城は江戸時代には徳川譜代の酒井氏が藩主となり西に向かっての最大の防御地として大変賑わっていた町です。本刀は明暦頃(1655年)(370年前)の宗長の初期の宗永銘の貴重な刀です。本刀は元身幅と先身幅の差のある反りの少ない寛文新刀姿を現し、地金は小板目肌に鍛え地には地沸が良く付き彫りは表にのみ腰樋を彫り、刃紋は山城来写しの匂い出来に沸の付いた直調の刃をきりりと焼き尖り刃も所々見せ良く出来ています。本姫路で作られた宗永刀匠の刀に酒井家を誇りとする山形県から7代にわたり家臣として姫路に至るまで忠義を尽くした小林利吉藤原利明の家代々を世の中に残すべく又子孫に残すべく小林家の貴重な由来を刀に託して残した刀です。この度古いお家から自分も年を取ったので後進の方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別に格安にてご提供いたします。武士の歴史をこれほどまでに豪快に後世に残した刀は無く本刀は素晴らしく幸運で貴重な刀です、是非皆様幸運な本刀にあやかって下さい、そしてお楽しみ下さい。






















山城伝 · 若狭 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位37%
現在2点販売中
山城伝 · 摂津
現在7点販売中
中島来派は、山城来派の刀工来国俊の門人である来国長が摂津国中島に移住して鍛刀したことに起源を持つ一派である。『刀工銘鑑』によれば同名二代があり、初代を元徳頃、二代を正平・応安頃と記している。有銘作の遺例は極めて僅少であるが、現存作は来派の伝統を忠実に継承した作風を示しており、様式的には来国光に近似するものの、作位において若干譲る感がある。 作風の特徴は、地鉄において板目肌がよくつみ、しばしば杢目や流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景が細かに頻りに入る点に認められる。淡く沸映りが立つものも見られ、地刃ともに冴えた出来口を呈する。刃文は広直刃を基調とし、小互の目・小丁子などが交じり、足・葉がよく入り、小沸出来で匂口が明るく冴える。刃縁には処々ほつれ・喰違刃・二重刃・打のけなどの変化が現われ、金筋・砂流しが盛んにかかるなど、刃中の働きに富む。帽子は直ぐに小丸、あるいは乱れ込んで掃きかけ、先小丸に返るものが多い。姿形は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかかる頃の特色を示し、身幅広く、元先の幅差が少なく、反りやや浅く、中鋒延びる、あるいは大鋒となる豪壮な体配を呈する。大磨上無銘となるものが大半であるが、輪反りの名残を留めるものも少なくない。 伝世品の多くは重要刀剣以上の指定を受けており、来派の特色を明示しながらも、覇気に富む作域と地刃の健全さを兼備した優品が揃っている。板目肌に地沸が厚くつき地景が頻りに働く鍛え、光の強い沸が厚くついて刃縁が頻りに働く刃文、そして幅広で大鋒の力強い姿態が相俟って、中島来派の刀剣は南北朝期における来派の伝統と時代の覇気を今に伝える貴重な遺産として評価されている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。