説明

了戒の重要刀剣生ぶ太刀、本阿弥光遜による金粉銘極め、鎌倉末期の来派代表工、優美で格調高い逸品です。 鎌倉中期から南北朝期に掛けての山城国に於いて、最も隆盛を極めたのが来一派であり、事実上の祖である来国行を筆頭に、国俊、光包、了戒、国光、国次らが活躍、皆技量高く、数多くの名物が残されています。 その中にあって了戒は、ただ一人入道銘を名乗る異色の刀工で、正嘉元年(一二五七)生まれ、来国俊十七歳の時の子で、十六歳で出家したとも伝えられています。 年紀作に見るその活躍期は、鎌倉末期の正応三年(一二九〇)から延慶二年(一三〇九)まで、名古屋市熱田神宮所蔵で子の了久信との合作太刀、短刀の『名物秋田了戒』などの重要文化財五口、重要美術品三口を数える名工です。 作風は、父来国俊に極めて近いものがありますが、小板目に柾流れを交えて白け風の映りが現れ、刃縁が白くうるみ勝ちとなるなどの特徴が見られます。中には柾目が強く現れ、刃にほつれや二重刃が繁く掛かるなど、一見大和物に見える作もあります。 本作は、本阿弥光遜による『了戒』の金粉銘極めが付された一振り、平成十四年(二〇〇二)、第四十八回の重要刀剣指定品です。 寸法二尺三寸六分強、小切っ先で、美しい輪反り姿を示した気品溢れる生ぶ太刀、また光遜は、金粉銘だけではなく、昭和四年に鞘書きも記しており、千貫の代付けをしています。 光遜は、大正~昭和前期の研ぎ師、鑑定家で、人間国宝研磨師小野光敬の師に当たり、『日本刀の掟と特徴』の著者としても有名です。明治十二年生まれ、本阿弥成善(琳雅)に弟子入りし、昭和三十年、『日本刀の掟と特徴』を出版、翌年死去。 図譜には、『この太刀は、生ぶ茎無銘で、本阿弥光遜が了戒と鑑して金粉銘を施している。生ぶの太刀姿が美しく、一見、来国俊風であるが、地がねに流れ肌があり、焼刃に一部うるみ心が見られるなど、了戒の特色を看取出来る。所伝は正に首肯しうるもので、総じて格調が高い。』とあります。 また大業物鍛冶としても名高い了戒ですが、剣豪宮本武蔵もその斬れ味に魅了された一人で、愛刀の一つであったと伝わっています。 何とも上品な了戒の生ぶ太刀、幕末期の太刀拵え付きで楽しめます。 商品番号:V-2197 生ぶ太刀 (金粉銘)了戒 本阿(花押)(光遜) 第四十八回重要刀剣指定品(平成十四年)(二〇〇二) 本阿弥光遜鞘書き有り 拵え付き 価格: ¥4,850,000 (税込) 販売期間: 数量: 振 在庫: ○ 在庫 ○ 返品についての詳細はこちら お買いものガイド 月刊コレクション情報 2026年7月号 (6/19発送) 会員の方のみご覧いただけます 月刊コレクション情報最新号の裏表紙に記載されているユーザー名とパスワードを入力して下さい。 見本誌請求(無料)はこちらから 最新情報をいち早くお届けいたします! 無題ドキュメント 刀剣・槍 販売品一覧 太刀 刀 脇差 短刀 薙刀・槍 刀装具 販売品一覧 鐔 小柄 目貫 縁頭 拵え 火縄銃 特別重要・重要刀剣一覧 特別保存刀剣一覧 保存刀剣一覧 売却済み商品 <ごあいさつ> コレクション情報のホームページをご覧いただきありがとうございます!営業本部長の小牧です。お目当ての刀のお探しや、加工・製作のご相談など、なんでもお気軽にご連絡下さい! (株)コレクション情報 〒500-8258岐阜県岐阜市西川手7丁目89TEL.058-274-1960FAX.058-273-7369 カレンダー ■今日 ■定休日 ■展示会 営業時間 9:00~18:00 FAX/メールは24時間受け付けております。 会社へお越しの際はご一報ください。 リンク 伊豆 伊東 浮山温泉 高級旅館

生ぶ太刀 (金粉銘)了戒 Tachi:Ryokai

生ぶ太刀 (金粉銘)了戒 Tachi:Ryokai

太刀

¥4,850,000

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仕様

長さ

71.6 cm

反り

2.1 cm

元幅

2.64 cm

先幅

1.31 cm

作者について

Ryokai了戒

4 重要文化財4 重要美術品2 御物4 特別重要刀剣83 重要刀剣

山城国了戒は鎌倉末期の京の来の分派たる了戒派の祖で、現存する紀年銘に正応・永仁・嘉元・延慶があり、来国俊とほぼ同年代に活躍した。古来来国俊の子或は門人と伝えるが、説明書はこれら紀年銘が来国俊とほぼ同年代であることより、むしろ相弟子と見るのが自然とし、二字国俊と来国俊を別人とすれば二字国俊の子と考えるべきとする。いずれにせよ来の山城風を一段やわらげた手で、説明書は来との相違を「地刃がやや弱く感じられる」と明記する。藤代の極めで上作、了戒一門の出た頭領である。 説明書が彼に与える作風は穏やかである。板目あるいは小板目つみ、しばしば柾に流れてやや肌立ちごころとなる鍛えに、地沸微塵によくつき、地景細かに入り、一派の白け映りが立つ。刃文は穏やかな中直刃・細直刃で、処々小丁子・小互の目・小乱れを交え、小足・葉入り、京逆足を見せることもある。見どころは匂口で、締まって淋しく、処々うるみごころとなる。説明書は来との対比を「来国俊より一段と匂口が締まって刃中が淋しく、部分的にうるみごころを呈し」と記す。帽子は直ぐに小丸、しばしば掃きかける。 地こそ来から大和へ寄る相を示す。鍛えに柾気を交え、説明書は地に来国俊より柾気があって白け映りが立つとし、これが了戒を母体の来から分かつ第一の見どころである。来の明るい乱れ映り・地斑映りに対し、了戒はより淡く乾いた白けが立つ。優れた太刀では小板目つみ、地景・淡い地斑映りを見せて京の精緻を残し、尋常な刀では肌が柾に流れて白けがより強い。締まって冴える匂口の内に金筋・砂流し細かにかかり、刃縁僅かにほつれ・喰違刃を見せ、帽子は小丸に結ぶ。 遺例は一様の作風を二つの register に読む。在銘は細身の生ぶ太刀と短刀で、銘は棟寄りの第一目釘孔上に大振りの二字銘「了戒」を切る。太刀は腰反り高く小鋒に、短刀は内反りで重ね厚く、表に梵字・素剣、裏に護摩箸を彫るものがある。説明書はその在銘の短刀を全て完存にして「いかにも典雅である」とし、「了戒の代表作と称してよく」、「銘字も典型的である」と評す。いま一つの register、指定作の大半は大磨上無銘の刀で、輪反りと京風は一見来を想わせるが、締まって沈みうるむ匂口・流れる柾・白けより了戒と極む。子の久信との合作年紀作も少数遺り、地刃は父の直刃に近いが子の在銘は極めて稀である。 説明書が最も繰り返す相違は母体の来とのそれで、両者は一見紛れる。説明書は了戒が「まま来国俊に紛れるが」と記し、極めは一点でなく、やわらかな地刃・柾気・白け・うるむ匂口によって定まるとし、「匂口にうるみごころがあり、地に来国俊よりも柾気がある」とする。姉妹の延寿とも明快に分かれ、延寿が丸味の大きい大丸に返るのに対し、了戒は直ぐに小丸に結び、その直刃は延寿の明るい刃に対しうるむ。下っては了戒の名が数代続き、子の了久信が次代、南北朝〜室町期には九州に豊後・豊前の筑紫了戒が京の系統より出た。 了戒は今なお指定作に接しうるが数は少ない。公の指定記録では重要文化財二口、中に名高い秋田了戒の短刀があり、特別重要刀剣四口・重要刀剣八三口、特重と重刀を併せ八七口を数える。重要文化財は永く伝えられて取引されることなく、指定作の多くは東京国立博物館・佐野美術館・物部神社などの公私の旧蔵に蔵され、戦前の重要美術品は前田家などに録される。ある太刀には「宮本武蔵佩刀との伝え」が残り、諫早・伊達・前田の各家を経た作もある。所在の知られる作のうち市に現れるのは特重・重刀の級に限られ、それも稀で、わけても在銘生ぶの了戒太刀・短刀は、京鎌倉物を蒐める者が接しうる最も稀な部類で、出会いには時を要する。

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