室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
刃渡り(長さ) 24.3センチ 反り 0センチ 元重ね5.0ミリ 先重ね3.8ミリ(平造りのため切先から約53ミリ峰化粧研ぎ流し部で計測) 元幅 22.7ミリ 先幅 17.8ミリ(平造りのため切先から約53ミリ峰化粧研ぎ流し部で計測) 刀身重量129g 目釘穴 2個 刃文 直調湾れ尖り互の目交り 匂出来 乱れ映りたち 葉、足入り稲妻働く 帽子 火焔僅かに返る 鍛え 板目杢交る 寸法、グラムは約でご理解ください。刃渡り・反りなど登録書を映しております。 銘文 備州長船正真 説明 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 1/3 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 2/3 ↓ここに画像が表示されます。(通信環境により数十秒ほどかかる場合もございます。) 3/3 (大名登録) 刀が登録制になった初年度、昭和26年の登録になり、元華族、元大名、元士族順に登録をお願いしたことから名刀が多いとされております。 本刀、昭和26年初年度の希少な三桁の大名登録です。 備州長船正真は銘字通りでは名鑑で、応安頃、応永頃 嘉吉頃と三名記載あり、刀工はいつも同じ銘字を切るとも限らず決まりもないため「備州」「正真」という銘字で探せば建暦頃 文暦頃、文永頃、嘉元頃と多数記載ある刀工でございます。 個人的な見解では応永頃でみており、裏年期があったものをもっと古い時代見せるために削ったのではないかと推測しております。 日本刀は日本の有形文化財でございます。 私たちが後世に残すべき大切な文化財です。 次の主が見つかるまでの間、一時的に弊社にてお預かりし、お世話をさせていただいております。 刀剣のお買取り、下取販売、仲介 も承っております。 商品の状態 *刃切れ・刃絡み・刃こぼれ・曲がり・撓え・膨れ・匂い切れ・駆け出しございません。 *時代による、汚れ、細かな擦れ傷,劣化等はご了承ください。写真を参考にしてください
在銘 · 長船 · 室町 · 長さ 24.3cm
「正真」は重要指定の作品がある名ですが、この品の現在有効な鑑定書は確認できませんでした。鑑定書で確かめられるまでは、その名は未確認とお考えください。また、同格の工人の鑑定書付きの作を大きく下回る価格です。 — Hoshi まずはご相談ください




備前伝 · 備前 · 1211-1235頃
藤代 上作 · 刀剣大鑑 上位60%
正眞の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
備前伝 · 備前
現在5点販売中
古備前派は、備前国に興った最も古い一群の刀工を指し、平安時代末期のいわゆる藤末鎌初から鎌倉時代初期、一部は中期にかけて活躍した。後に備前を席巻する長船・福岡一文字の母体をなす、備前伝の最も古い根である。その最初期に立つのが友成と正恒で、両工は古来この一派の双璧に数えられる。友成にはひときわ古雅な姿の良さがあり、正恒には精緻な鍛えの良さがあると伝え、いずれも一人の工というより何代かを経た名跡を指すものと解されている。これに「備前三平」の名で並び称される包平・助平・高平が加わり、わけても包平は天下の名刀『大包平』によってその名を不動のものとした。正恒の系からは恒光・利恒・遠近が、友成の系からは行秀が出たと伝えるなど、いくつかの脈が知られるが、景安・吉包・信房・成高・助包・基近・順慶らを含め、その多くは記録された系譜よりも姿と地刃の古雅さによって古備前と鑑せられる。順慶のごとく、後世長らく長船長光に擬されていた名が、作風と銘の鏨運びから初期備前の独立した手として読み直された例もある。 作風は静かで古調な備前の手にある。姿は当代の細身の太刀で、鎬造に庵棟、腰反り高く踏張りがつき、先に伏しごころとなって小鋒に結ぶのを典型とする。鍛えはよく錬れた板目に杢を交えてやや肌立ちごころとなり、地沸つき地景が細かに入り、その上に淡い乱れ映り、ないし古備前の鋼に特有の地斑映りが立つ。刃文は直刃調の小乱れを主調とし、小丁子・小互の目を交え、匂深く小沸が厚くつき、刃中に足・葉が働いて、砂流し・金筋がかかる。帽子は静かな小丸で、時に焼詰めごころとなり、元を焼き落とす古い手法もままに見る。総じて華やかに乱れるものは少なく、後世の備前が高く冴える丁子の乱れに向かうのに対し、古備前は同じ語彙を抑えた沸の働きのうちに収める。この通例のなかで初期の名工はそれぞれの個性を刻む。正恒の映りは鮮明に冴え、友成のそれは淡く、棒樋を好む正恒に対し友成は彫を見せず、包平は大包平に見る雄大な姿で抜きん出る。景安は互の目と角ばる刃が勝って一文字への橋渡しを思わせ、吉包は同門より肌立つ地鉄と沈みごころの匂口で分かれ、行秀は逆ごころの乱れと二重刃を、成高は打ちのけと二重刃をその印とする。 古備前が収集家に求められるゆえんは、まずこの一派が備前伝そのものの始発点に立つことにある。鑑定の勘所は、後の華やかな福岡一文字や整然たる長船から古備前を分かつ点にある。すなわち、立ち冴える丁子と乱れ映りに対して、古備前は抑えた小乱れと沸の働き、淡い地斑映りをもって読まれ、姿は腰反り高く先伏しごころの古調を保つ。順慶のように在銘作に映りを伴わぬ沸出来が、長船の匂出来・映りの伝統との別を決する手がかりとなる例は、その鑑別の機微をよく示す。主要刀工の格は高く、友成・正恒・包平・信房は最上作に列し、その名を負う指定の重みは比類ない。代表作には、徳川光顕を経て皇室に伝わった友成の名物『丸口』、岡山池田家の至宝として古備前随一の雄大な姿を示す『大包平』、庄内酒井家に伝来した信房の国宝、御物『十万束』があり、いずれも国宝・重要文化財・御物として文化財に伝えられ、市場の外にある。在銘で生ぶ茎を完存する作がこれほど古い工としては比較的よく遺るのも一派の特色で、それらは初期備前の作域と銘を伝える第一の資料である。古備前の在銘作、わけても初期の名工の太刀が世に現れることは、この分野で最も稀な出来事の一つであり、現れればまさに一個の事件である。 詳しく見る →
室町時代の備前
室町の長船は輸出産業であった。明との勘合貿易はおよそ十二万八千振の日本刀を海の彼方へ運び、国内では戦国の軍勢が買い手となった。注文主の俗名を銘に刻む注文打ちが、兵卒用の数打ち物と並んで鍛えられている。
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