備前大宮派の盛重は、公的記録上、昭和五十一年第二十四回重要刀剣に指定された太刀一口によって知られる。大磨上で、銘は「盛」以下が切れ、五字のみが残る。説明は銘振りから比定して、「磨上げて「盛」以下が切れているが、銘振りからして大宮派の盛重と鑑せられる」と記す。
同じ説明は派の由来を述べ、「大宮派の祖は国盛といい、もと山城猪熊大宮の住人で、のち鎌倉時代の文応頃に備前に移住したと伝える」とし、さらに「此の派は南北朝に入って最も栄えており、盛景・盛重らがよく知られている」と続ける。この太刀も南北朝時代の作とされる。
姿は鎬造、庵棟、反り深く、中鋒。鍛えは板目が刃寄りに流れ、淡く乱れ映りが立つ。刃文は腰開きの互の目乱れに丁子交じり、大模様に乱れ、足・葉入る。帽子は乱れ込んで先尖って返り、表裏に棒樋を彫り、表は掻き流し、裏は掻き通す。
説明は「この太刀は同派の作風をよく示した一口である」と評する。指定を受けた作はこの一口であり、盛重の作風は、流れごころの板目に乱れ映りが立ち、互の目に丁子を交えて大模様に乱れる大宮派の刃文として記録されている。














