室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
販売価格 (税込) ¥570,000 在庫状態 : 在庫有り 数量 振 A3440 57万円 國房 さび、刃こぼれなし。板目詰んで杢がかる。湾れに互の目掛かり深く沸れかかる。小切先。大丸。生茎。栗尻。金着せハバキ。「宇多國房」の鞘書き。 刀番 A3440 万円 57万円 銘 國房 長さcm 68.5cm 反り 2.3 目釘 1 時代 室町中 刃文 乱 元幅 2.8 元重 0.7 先幅 1.6 先重 0.4 重g 604g 登録番号 奈良25920 登録年 平29
取扱店 中野古銭
「国房」は重要指定の作品がある名ですが、この品の現在有効な鑑定書は確認できませんでした。鑑定書で確かめられるまでは、その名は未確認とお考えください。また、同格の工人の鑑定書付きの作を大きく下回る価格です。 — Hoshi まずはご相談ください

脇物 · 越中 · 1394-1428頃
藤代 中上作 · 刀剣大鑑 上位18%
現在1点販売中
國房の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 越中
時期区分: 古宇多· 1310–1394
現在9点販売中
古宇多は、越中宇多派の草創にあたる一群を指す。宇多派は元来大和国宇陀郡の出身で、鎌倉時代末期の文保頃に古入道国光が大和より越中国宇津の地へ来住して開祖となったと伝える。国光の子に国房・国宗があり、さらに国次らが続いて、南北朝期にかけて一派の基礎を築いた。同名は一代限りではなく、国光・国房ともに後代まで襲名する工が数代を数え、室町時代を経て新刀期にまで及んでいる。このうち南北朝期を下らぬ作を特に古宇多と汎称し、開祖国光以下、大和の根を色濃く残した最初の世代がここに含まれる。国光在銘の確実な遺品は少なく、国房も南北朝後期ないし康応元年の年紀を有するものを最古とするため、この区分の在銘作はもとより数が限られる。 作風は地鉄に最もよく現れる。鍛えは板目に杢目・流れ肌を交えて柾がかり、肌立ちごころとなって地沸つき、地景が入り、地鉄が黒みをおびて処々粕立つところに北国物の持味を見せる。映りは白け映りまたは沸映りとして立つことが多い。刃文は細直刃を基調とし、処々に小互の目・小乱れや浅いのたれを交え、小足入り、小沸つき、刃縁が細かにほつれ、喰違刃や打のけを交えて、金筋・砂流しがかかる。帽子は直ぐに小丸、掃きかけて浅く返るものが目立つ。鎬の高い造込みは本国大和の影響によるもので、大和味の濃さがこの区分の根幹をなすが、一方で越中の先達である則重や江に倣ったとみられる相州伝風の作も含み、上工になると沸が強く働き、地刃ともに変化に富む。後代の宇多が次第に北国色を強め荒みを増すのに対し、古宇多は大和物を見るような澄んだ出来に近く、模範への距離が短い点で隔たりがある。 鑑定にあたっては、黒みをおびて肌立つ地鉄に白け映りの立つ点と、刃縁のほつれ・喰違刃に金筋・砂流しの加わる大和系の働きを併せ読むことが要となる。沸の強い作は一見相州上工を想わせるが、黒く粕立つ地鉄と、輝くというより締まる匂口によって宇多に引き戻される。主要工は開祖の古入道国光と、その子と伝える初代国房であり、国房には黒川古文化研究所・日枝神社所蔵の重要美術品の太刀が遺例として著名で、「国」字のクニ構えを井桁の如く崩す独特の銘字が初代の手がかりとなる。ほかに国宗・国次、また友則・友重らの名も伝わる。在銘作が乏しいため、評価はおのずと地鉄と刃の働きによる無銘極めに多くを負い、地刃の健やかな上作は滋味掬すべき優品として遇される。伝来は寺社や旧蔵家に長く留まる例が多く、宇多物研究上の資料として重んじられている。 詳しく見る →
室町時代
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
刀剣商の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは刀剣商の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に刀剣商へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
¥570,000