説明

刃長71.4センチ 反り1.7センチ 元幅30.6ミリ 元重ね6.0ミリ 物打幅22.8ミリ 物打重ね4.7ミリ 横手位置幅18.0ミリ 松葉先重ね3.1ミリ 裸身重量630グラム。 拵に納めて鞘を払った予想重量約900グラム。 室町中期~後期 The middle ~ latter period of Muromachi era 昭和32年9月19日 香川県登録 附属 保存刀剣鑑定書、素銅地二重はばき、白鞘 / 簡易継木、黒蝋塗鞘打刀拵 宇多派は鎌倉時代末期の文保頃に、大和国宇陀郡から古入道国光が越中に移住したことによって興り、以後室町時代に渡って繁栄しました。 中でも鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての作品を古宇多、室町期の作品を宇多と、それぞれ称呼しています。 この刀は元先の幅差開いた優雅な姿で、地鉄は小板目粕立ち、刃文は直刃調に小湾れを交え、刃中には砂流や金筋が随所に見られます。 ご希望の方には店主町井勲監修の武用拵を新調してお納め致します。金具は勝虫図揃い。鞘は黒の蝋塗。柄糸は正絹諸捻巻きです。※拵写真はイメージです。 各種クレジットカード、ショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

無銘(宇多)- Mumei(Uda) - 2-1537

無銘(宇多)- Mumei(Uda) - 2-1537

¥385,000

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仕様

長さ

71.4 cm

反り

1.7 cm

元幅

3.06 cm

先幅

2.28 cm

流派について

Uda School宇多派

宇多派は、鎌倉時代末期の文保年間(一三一七~一三一九)頃、大和国宇陀郡から越中国に移住した古入道国光を祖とする刀工集団である。国光の子と伝える国房を筆頭に、南北朝時代には国宗、国次、国光と同名が相継いで活躍し、室町時代末期まで栄えた。このうち、南北朝時代を下らぬ作品を特に「古宇多」と汎称している。元来大和国宇陀郡の出身であることから、自然に大和気質の強い作風が多くみられるが、同時に越中の先達である則重や江に倣ったとみられる相州伝風の作品も存在する。 古宇多の作風は、板目に杢目や流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景が頻りに入る鍛えに、地鉄が黒みをおび、処々肌目が粕立つ点に北国気質が顕著に表れている。刃文は直刃調に浅く小のたれ、小互の目や小乱れを交え、匂深く沸がよくつき、刃縁がほつれて、金筋や砂流しが頻りにかかり、匂口が沈みごころとなる特色を示す。帽子は小丸に返り、頻りに掃きかけて焼き詰めごころとなるものが多い。一見すると相州上工の作を想わせる覇気に満ちた出来口であるが、黒みをおびた地鉄には北国物特有の肌合いの特色が看て取れ、また刃縁がほつれて砂流しが激しくかかる点に古宇多と鑑すべき要素がある。処々に荒めの沸が交じり、湯走りや打のけ、二重刃風の働きを交えるものもあり、地刃ともに変化に富む。 南北朝時代の典型的な姿を呈し、身幅広く重ね厚く、反りやや深く、中鋒延びごころまたは大鋒となる豪壮な体配のものが多い。地刃ともに健全で、覇気に満ちた出来口を示す作品が多く、同派極めの中でも優品とされるものが数多く残されている。越後中条家伝来の黒漆革巻太刀拵のように、南北朝時代を下らぬ貴重な太刀拵が完存する例も知られている。鎌倉末期から南北朝期にかけての越中における刀工集団として、大和気質と相州伝風を融合させた独自の作風を確立し、後世に大きな影響を与えた。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥385,000

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