二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
刃長69.9センチ 反り1.85センチ 元幅26.2ミリ 元重ね6.2ミリ 物打幅20.6ミリ 物打重ね4.9ミリ 横手位置幅15.6ミリ 松葉先重ね3.3ミリ 裸身重量537グラム。 南北朝末期~室町初期 The last years of Nanbokucho ~ The early years of Muromachi era 令和6年4月9日 東京都登録 附属 特別保存刀剣鑑定書、素銅地金鍍金二重はばき、白鞘 宇多派は鎌倉末期、古入道國光を祖とし、南北朝時代には國房・國宗・國次らの名工が活躍しました。その後も同名相継いで室町末期に至るまで栄えた一大流派で、このうち、南北朝期に下らぬ優品を「古宇多」と汎称しております。 宇多一派は本来、大和国宇陀郡の出身であることから、大和伝の気質を色濃く示す作が多く見られますが、時に相州伝の影響を感じさせる作品も遺しています。 本刀は南北朝末期から室町初期にかけて鍛えられた大磨上無銘の一口で、宇多國房と鑑せられた佳品です。元先の幅差開き、踏ん張りを伴った堂々たる姿を示し、表裏には刀樋を掻き流すなど、時代を映す力強さを漂わせます。地鉄は板目よく練れて地沸つき、沸映り立ち、地景交えるなど精緻な肌合いを見せ、刃文は直刃調に小互の目や小乱れを交え、小足入り、小沸よく付き、長く現れた打除は二重刃風を呈するなど、働き豊か。鋩子は直ぐに小丸に返り、大和気質を強く示しています。地刃ともに宇多派の特色を看取でき、とりわけ精美な地鉄の鍛えから、本作を國房に極めるべき所以があります。 焼刃は高く健全であり、宇多の中でも一際冴えた出来映えを誇る一振。上研磨を施したうえで、一度は重要刀剣審査を狙っていただきたい名品です。
Certificate reading — 無銘(宇多国房)










脇物 · 越中 · 1381-1405頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位18%
現在1点販売中
國房の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 越中
時期区分: 古宇多· 1310–1394
現在7点販売中
古宇多は、越中宇多派の草創にあたる一群を指す。宇多派は元来大和国宇陀郡の出身で、鎌倉時代末期の文保頃に古入道国光が大和より越中国宇津の地へ来住して開祖となったと伝える。国光の子に国房・国宗があり、さらに国次らが続いて、南北朝期にかけて一派の基礎を築いた。同名は一代限りではなく、国光・国房ともに後代まで襲名する工が数代を数え、室町時代を経て新刀期にまで及んでいる。このうち南北朝期を下らぬ作を特に古宇多と汎称し、開祖国光以下、大和の根を色濃く残した最初の世代がここに含まれる。国光在銘の確実な遺品は少なく、国房も南北朝後期ないし康応元年の年紀を有するものを最古とするため、この区分の在銘作はもとより数が限られる。 作風は地鉄に最もよく現れる。鍛えは板目に杢目・流れ肌を交えて柾がかり、肌立ちごころとなって地沸つき、地景が入り、地鉄が黒みをおびて処々粕立つところに北国物の持味を見せる。映りは白け映りまたは沸映りとして立つことが多い。刃文は細直刃を基調とし、処々に小互の目・小乱れや浅いのたれを交え、小足入り、小沸つき、刃縁が細かにほつれ、喰違刃や打のけを交えて、金筋・砂流しがかかる。帽子は直ぐに小丸、掃きかけて浅く返るものが目立つ。鎬の高い造込みは本国大和の影響によるもので、大和味の濃さがこの区分の根幹をなすが、一方で越中の先達である則重や江に倣ったとみられる相州伝風の作も含み、上工になると沸が強く働き、地刃ともに変化に富む。後代の宇多が次第に北国色を強め荒みを増すのに対し、古宇多は大和物を見るような澄んだ出来に近く、模範への距離が短い点で隔たりがある。 鑑定にあたっては、黒みをおびて肌立つ地鉄に白け映りの立つ点と、刃縁のほつれ・喰違刃に金筋・砂流しの加わる大和系の働きを併せ読むことが要となる。沸の強い作は一見相州上工を想わせるが、黒く粕立つ地鉄と、輝くというより締まる匂口によって宇多に引き戻される。主要工は開祖の古入道国光と、その子と伝える初代国房であり、国房には黒川古文化研究所・日枝神社所蔵の重要美術品の太刀が遺例として著名で、「国」字のクニ構えを井桁の如く崩す独特の銘字が初代の手がかりとなる。ほかに国宗・国次、また友則・友重らの名も伝わる。在銘作が乏しいため、評価はおのずと地鉄と刃の働きによる無銘極めに多くを負い、地刃の健やかな上作は滋味掬すべき優品として遇される。伝来は寺社や旧蔵家に長く留まる例が多く、宇多物研究上の資料として重んじられている。 詳しく見る →
二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
刃長69.9センチ 反り1.85センチ 元幅26.2ミリ 元重ね6.2ミリ 物打幅20.6ミリ 物打重ね4.9ミリ 横手位置幅15.6ミリ 松葉先重ね3.3ミリ 裸身重量537グラム。 南北朝末期~室町初期 The last years of Nanbokucho ~ The early years of Muromachi era 令和6年4月9日 東京都登録 附属 特別保存刀剣鑑定書、素銅地金鍍金二重はばき、白鞘 宇多派は鎌倉末期、古入道國光を祖とし、南北朝時代には國房・國宗・國次らの名工が活躍しました。その後も同名相継いで室町末期に至るまで栄えた一大流派で、このうち、南北朝期に下らぬ優品を「古宇多」と汎称しております。 宇多一派は本来、大和国宇陀郡の出身であることから、大和伝の気質を色濃く示す作が多く見られますが、時に相州伝の影響を感じさせる作品も遺しています。 本刀は南北朝末期から室町初期にかけて鍛えられた大磨上無銘の一口で、宇多國房と鑑せられた佳品です。元先の幅差開き、踏ん張りを伴った堂々たる姿を示し、表裏には刀樋を掻き流すなど、時代を映す力強さを漂わせます。地鉄は板目よく練れて地沸つき、沸映り立ち、地景交えるなど精緻な肌合いを見せ、刃文は直刃調に小互の目や小乱れを交え、小足入り、小沸よく付き、長く現れた打除は二重刃風を呈するなど、働き豊か。鋩子は直ぐに小丸に返り、大和気質を強く示しています。地刃ともに宇多派の特色を看取でき、とりわけ精美な地鉄の鍛えから、本作を國房に極めるべき所以があります。 焼刃は高く健全であり、宇多の中でも一際冴えた出来映えを誇る一振。上研磨を施したうえで、一度は重要刀剣審査を狙っていただきたい名品です。
Certificate reading — 無銘(宇多国房)










脇物 · 越中 · 1381-1405頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位18%
現在1点販売中
國房の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
脇物 · 越中
時期区分: 古宇多· 1310–1394
現在7点販売中
古宇多は、越中宇多派の草創にあたる一群を指す。宇多派は元来大和国宇陀郡の出身で、鎌倉時代末期の文保頃に古入道国光が大和より越中国宇津の地へ来住して開祖となったと伝える。国光の子に国房・国宗があり、さらに国次らが続いて、南北朝期にかけて一派の基礎を築いた。同名は一代限りではなく、国光・国房ともに後代まで襲名する工が数代を数え、室町時代を経て新刀期にまで及んでいる。このうち南北朝期を下らぬ作を特に古宇多と汎称し、開祖国光以下、大和の根を色濃く残した最初の世代がここに含まれる。国光在銘の確実な遺品は少なく、国房も南北朝後期ないし康応元年の年紀を有するものを最古とするため、この区分の在銘作はもとより数が限られる。 作風は地鉄に最もよく現れる。鍛えは板目に杢目・流れ肌を交えて柾がかり、肌立ちごころとなって地沸つき、地景が入り、地鉄が黒みをおびて処々粕立つところに北国物の持味を見せる。映りは白け映りまたは沸映りとして立つことが多い。刃文は細直刃を基調とし、処々に小互の目・小乱れや浅いのたれを交え、小足入り、小沸つき、刃縁が細かにほつれ、喰違刃や打のけを交えて、金筋・砂流しがかかる。帽子は直ぐに小丸、掃きかけて浅く返るものが目立つ。鎬の高い造込みは本国大和の影響によるもので、大和味の濃さがこの区分の根幹をなすが、一方で越中の先達である則重や江に倣ったとみられる相州伝風の作も含み、上工になると沸が強く働き、地刃ともに変化に富む。後代の宇多が次第に北国色を強め荒みを増すのに対し、古宇多は大和物を見るような澄んだ出来に近く、模範への距離が短い点で隔たりがある。 鑑定にあたっては、黒みをおびて肌立つ地鉄に白け映りの立つ点と、刃縁のほつれ・喰違刃に金筋・砂流しの加わる大和系の働きを併せ読むことが要となる。沸の強い作は一見相州上工を想わせるが、黒く粕立つ地鉄と、輝くというより締まる匂口によって宇多に引き戻される。主要工は開祖の古入道国光と、その子と伝える初代国房であり、国房には黒川古文化研究所・日枝神社所蔵の重要美術品の太刀が遺例として著名で、「国」字のクニ構えを井桁の如く崩す独特の銘字が初代の手がかりとなる。ほかに国宗・国次、また友則・友重らの名も伝わる。在銘作が乏しいため、評価はおのずと地鉄と刃の働きによる無銘極めに多くを負い、地刃の健やかな上作は滋味掬すべき優品として遇される。伝来は寺社や旧蔵家に長く留まる例が多く、宇多物研究上の資料として重んじられている。 詳しく見る →
二つの朝廷、六十年の戦、そして刀剣史上もっとも劇的な姿。幅広の刀身、延びた切先、後代に磨上げられて雄大な刀となった大太刀。相州風がこの時代の様式であった。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。