応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
刃長49.85センチ 反り1.6センチ 元幅28.3ミリ 元重ね5.4ミリ 物打幅24.4ミリ 物打重ね5.0ミリ 横手位置幅21.0ミリ 松葉先重ね4.5ミリ 裸身重量387グラム。 室町時代 The Muromachi era 昭和47年1月21日 奈良県登録 附属 保存刀剣鑑定書、木はばき共柄 宇多派は鎌倉時代末期の文保頃に、大和国宇陀郡から古入道国光が越中に移住したことによって興り、以後室町時代に渡って繁栄しました。 中でも鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての作品を古宇多、室町期の作品を宇多と、それぞれ称呼しています。 作風としては、本国大和物に類似したものや、山城物や相州物を思わせる地鉄のものなど作域が広く、地鉄は板目に杢目や柾目を交え、大肌となったり地がやや黒ずんで、喰違刃、ほつれ、金筋、砂流し、掃掛等の刃の働きが現れた作品が多く見られます。 鎬造。大きく磨り上げられるも元先の幅差頃好く、表裏に刀樋を掻き流す。地鉄は小板目に柾交じって肌立ち、下の方映り立つ。刃文は匂口明るく、直刃の刃縁に働きが盛んに現れ、二重刃や金筋、砂流が頻りに見られ、食違風の刃も交え、鋩子は直ぐに焼詰となる。 製作されたのは室町前期頃と鑑せられる古雅な作品です。 各種クレジットカード、ショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。
Certificate reading — 無銘(宇多)







脇物 · 越中
現在24点販売中
宇多派は、鎌倉時代末期の文保年間(一三一七~一三一九)頃、大和国宇陀郡から越中国に移住した古入道国光を祖とする刀工集団である。国光の子と伝える国房を筆頭に、南北朝時代には国宗、国次、国光と同名が相継いで活躍し、室町時代末期まで栄えた。このうち、南北朝時代を下らぬ作品を特に「古宇多」と汎称している。元来大和国宇陀郡の出身であることから、自然に大和気質の強い作風が多くみられるが、同時に越中の先達である則重や江に倣ったとみられる相州伝風の作品も存在する。 古宇多の作風は、板目に杢目や流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸が厚くつき、地景が頻りに入る鍛えに、地鉄が黒みをおび、処々肌目が粕立つ点に北国気質が顕著に表れている。刃文は直刃調に浅く小のたれ、小互の目や小乱れを交え、匂深く沸がよくつき、刃縁がほつれて、金筋や砂流しが頻りにかかり、匂口が沈みごころとなる特色を示す。帽子は小丸に返り、頻りに掃きかけて焼き詰めごころとなるものが多い。一見すると相州上工の作を想わせる覇気に満ちた出来口であるが、黒みをおびた地鉄には北国物特有の肌合いの特色が看て取れ、また刃縁がほつれて砂流しが激しくかかる点に古宇多と鑑すべき要素がある。処々に荒めの沸が交じり、湯走りや打のけ、二重刃風の働きを交えるものもあり、地刃ともに変化に富む。 南北朝時代の典型的な姿を呈し、身幅広く重ね厚く、反りやや深く、中鋒延びごころまたは大鋒となる豪壮な体配のものが多い。地刃ともに健全で、覇気に満ちた出来口を示す作品が多く、同派極めの中でも優品とされるものが数多く残されている。越後中条家伝来の黒漆革巻太刀拵のように、南北朝時代を下らぬ貴重な太刀拵が完存する例も知られている。鎌倉末期から南北朝期にかけての越中における刀工集団として、大和気質と相州伝風を融合させた独自の作風を確立し、後世に大きな影響を与えた。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
¥440,000