本作は、江戸時代後期の浜野派による、洗練された技巧が光る縁頭の一対です。 縁(ふち)は、緻密な魚子地(ななこじ)に波と芦の図を繊細に彫り出し、随所に金の色絵を施しています。浜野派特有の、地肌の落ち着いた質感と華やかな装飾との見事な調和が伺えます。 一方、頭(かしら)には、豪華な装束を纏い座す人物が、赤銅地に金高彫(たかぼり)で表現されています。衣服に施された緻密な金の色絵は、浜野派の真骨頂とも言えるもので、人物の表情や躍動感あふれる造形を際立たせています。 魚子地の静かな趣と、高彫による立体的な意匠が相まって、力強くも調和の取れた美しさを生み出しています。確かな技術、貴金属の巧みな扱い、そして情緒豊かな人物描写という、浜野派の長所が凝縮された逸品です。 銘文: 縁の裏には「濵堅直保」と銘があります。 (読み:はまかね なおやす / はまかた なおやす) 江戸時代の銘振りは多岐にわたるため、読みには諸説ありますが、浜野派の系譜に連なる「直保」による作であることを示しています。 【寸法・重量】 頭(外寸):31.3 mm x 18.5 mm x 8.6 mm、9.0 g 頭(内寸):28.8 mm x 13.5 mm x 6.0 mm 縁(外寸):37.0 mm x 21.8 mm x 13.4 mm、21.7 g 縁(内寸):33.0 mm x 17.7 mm x 10.7 mm 時代:江戸後期 産地:日本(本物保証)



浜野
江戸
在銘
町彫 · Edo
現在32点販売中
浜野派は江戸時代中期に奈良利寿の門人であった浜野政隨を祖とする装剣金工の一派である。政隨は通称を太郎兵衛といい、奈良四天王の一人として高名を馳せ、江戸金工名譜に「世に雷鳴す」と評される逸材であった。乙柳軒・味墨・閑径・驪風堂・遊壺亭・穐峰斎・半圭子・一瞬庵など多くの別号を有し、多数の門人を育成して町彫の主要な門流を形成し一家をなした。四代正信は乙柳軒味墨の号を継承し、政隨の伝統を継承している。また越後村上出身の桂野赤文は、青年時代に出府して浜野家に学び、のちに遊洛斎の号を用いたことから京都での修業も推測され、庄内藩酒井家の抱え工として活躍した。 浜野派の技術は大胆な高肉彫・鋤出彫・肉合彫・片切彫等あらゆる技法に長じており、その技量は極めて高く評価される。政隨の作には金銀の芋継地に容彫で韋駄天疾駆鬼を表したものや、金無垢地に銀と赤銅の置金を施した容彫で仁王像を表したものがあり、肉取りが巧みで量感に富み、題材の力強さを見事に表現している。その彫口には後藤上代の作を範としたとみられる落ち着きある品格が備わっている。四代正信の作には虫尽総金具の大小拵があり、銀四分一の石目地に高彫と据文色絵を施した各種の虫の図が揃っており、華麗かつ入念な仕上がりを示している。 桂野赤文の作風は土屋安親を手本として研鑽を積んだことが知られ、鐔を多く制作し、鉄と赤銅の地金に高肉彫形式で色絵を施すことを得意とした。片切彫・肉合彫・象嵌等の技法も用い、銘文には郷里越後の書家亀田鵬斎流の草書体を用いている。波千鳥図鐔では安親を手本とした題材を鉄地に鋤出による高肉彫で堂々と表し、千鳥の眼と足にのみ金銀の象嵌を施して画面全体に締まりと動きを与えている。柔軟な鏨使いながらも力強さを感じさせるその彫口は赤文独特のものであり、桂野家史に「生気躍動」「巧緻」と評されるその作風を顕示している。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
14-day return window in original/unused condition; antique items (swords, menuki, tsuba and similar) are expressly excluded from exchange; EU consumers retain a 14-day cancellation right; refunds within 10 business days of approval.
本作は、江戸時代後期の浜野派による、洗練された技巧が光る縁頭の一対です。 縁(ふち)は、緻密な魚子地(ななこじ)に波と芦の図を繊細に彫り出し、随所に金の色絵を施しています。浜野派特有の、地肌の落ち着いた質感と華やかな装飾との見事な調和が伺えます。 一方、頭(かしら)には、豪華な装束を纏い座す人物が、赤銅地に金高彫(たかぼり)で表現されています。衣服に施された緻密な金の色絵は、浜野派の真骨頂とも言えるもので、人物の表情や躍動感あふれる造形を際立たせています。 魚子地の静かな趣と、高彫による立体的な意匠が相まって、力強くも調和の取れた美しさを生み出しています。確かな技術、貴金属の巧みな扱い、そして情緒豊かな人物描写という、浜野派の長所が凝縮された逸品です。 銘文: 縁の裏には「濵堅直保」と銘があります。 (読み:はまかね なおやす / はまかた なおやす) 江戸時代の銘振りは多岐にわたるため、読みには諸説ありますが、浜野派の系譜に連なる「直保」による作であることを示しています。 【寸法・重量】 頭(外寸):31.3 mm x 18.5 mm x 8.6 mm、9.0 g 頭(内寸):28.8 mm x 13.5 mm x 6.0 mm 縁(外寸):37.0 mm x 21.8 mm x 13.4 mm、21.7 g 縁(内寸):33.0 mm x 17.7 mm x 10.7 mm 時代:江戸後期 産地:日本(本物保証)



浜野
江戸
在銘
町彫 · Edo
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浜野派は江戸時代中期に奈良利寿の門人であった浜野政隨を祖とする装剣金工の一派である。政隨は通称を太郎兵衛といい、奈良四天王の一人として高名を馳せ、江戸金工名譜に「世に雷鳴す」と評される逸材であった。乙柳軒・味墨・閑径・驪風堂・遊壺亭・穐峰斎・半圭子・一瞬庵など多くの別号を有し、多数の門人を育成して町彫の主要な門流を形成し一家をなした。四代正信は乙柳軒味墨の号を継承し、政隨の伝統を継承している。また越後村上出身の桂野赤文は、青年時代に出府して浜野家に学び、のちに遊洛斎の号を用いたことから京都での修業も推測され、庄内藩酒井家の抱え工として活躍した。 浜野派の技術は大胆な高肉彫・鋤出彫・肉合彫・片切彫等あらゆる技法に長じており、その技量は極めて高く評価される。政隨の作には金銀の芋継地に容彫で韋駄天疾駆鬼を表したものや、金無垢地に銀と赤銅の置金を施した容彫で仁王像を表したものがあり、肉取りが巧みで量感に富み、題材の力強さを見事に表現している。その彫口には後藤上代の作を範としたとみられる落ち着きある品格が備わっている。四代正信の作には虫尽総金具の大小拵があり、銀四分一の石目地に高彫と据文色絵を施した各種の虫の図が揃っており、華麗かつ入念な仕上がりを示している。 桂野赤文の作風は土屋安親を手本として研鑽を積んだことが知られ、鐔を多く制作し、鉄と赤銅の地金に高肉彫形式で色絵を施すことを得意とした。片切彫・肉合彫・象嵌等の技法も用い、銘文には郷里越後の書家亀田鵬斎流の草書体を用いている。波千鳥図鐔では安親を手本とした題材を鉄地に鋤出による高肉彫で堂々と表し、千鳥の眼と足にのみ金銀の象嵌を施して画面全体に締まりと動きを与えている。柔軟な鏨使いながらも力強さを感じさせるその彫口は赤文独特のものであり、桂野家史に「生気躍動」「巧緻」と評されるその作風を顕示している。 詳しく見る →
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