題:猿山図 【解説】 本作は、山中に棲まう猿の群れを描いた鐔です。それぞれの猿が思い思いの姿で配されており、寛ぐものもいれば、子を慈しむ親子の姿も見て取れます。猿の顔部分には銅が施されていると思われ、その表情がより豊かに表現されています。 一般に知られる通り、猿は人間と同じ霊長類に属し、最も人間に近い動物とされてきました。古来より絵画や物語の中で猿が擬人化されてきたのも、そのためでしょう。一説には、大陸において猿は神の使いと見なされてきました。また、猿は馬を守ると信じられていたことから、厩(うまや)の守護神として飼育されることもありました。こうした猿の持つ神聖な力への信仰や、縁起物としての考え方が大陸から日本へと伝わりました。武士たちにとっても、この猿というモチーフは特別な存在であったと推察されます。 銘によれば、本作の制作者は長州(現在の山口県)の住人です。長州藩は鐔の制作に非常に力を注いでいた地域でした。藩の財政を潤すための輸出品として鐔の制作を奨励したため、今日でも多くの長州鐔を目にすることができます。こうした背景から、この地には多くの金工師が集まり、膨大な数の作品が作られました。しかし、それゆえに銘から制作者の詳細な情報を特定することは容易ではありません。例えば、本作の銘には「政光」とありますが、判明しているのはその名のみです。一説には、長州工は江戸中期以降、江戸の伊東派と活発に交流したと言われています。そのため、伊東派の作風が長州鐔に影響を与えたとされており、本作のような作風に伊東派との共通点が見出せるのも頷けます。 ※本品の銘の真贋を証明する鑑定書や伝来書はございません。 ※アンティーク品のため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 【鐔(つば)とは】 鐔は日本刀の拳を守るための護具です。身分の高い武士は、鐔をはじめとする美しい刀装具で飾られた刀を帯びていました。特に鐔の表側(差表)は、街を歩く際に他者の目に触れる機会が多いため、より装飾的な意匠が凝らされる傾向にあります。 【武士にとって刀装具が重要であった理由】 日本刀の拵(外装)には、鐔、目貫、縁頭など、多種多様な装飾が施されています。日本刀は武器であると同時に、持ち主のアイデンティティを示す象徴でもありました。それは個人の性格や信念を表すものであり、現代で言えばスマートフォンの装飾に近い感覚と言えるかもしれません。 ぜひ、写真を拡大してご覧ください。そこには日本の卓越した彫金技術が凝縮されています。主に鉄や銅を地金とし、金、銀、赤銅、四分一などの色金を用いた象嵌が施されています。鐔一枚をとっても、その造形や重量感は千差万別です。刀本体と共に時代を生き抜いてきたこれらの刀装具は、刀剣そのものに匹敵する価値を持つと言っても過言ではありません。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまで知識を深め、こだわりを持つことこそが、真の武士の嗜み(目利き)への第一歩となるでしょう。 【運営元について】 サムライミュージアムは東京に所在し、侍の歴史に関するアンティークを展示しています。サムライミュージアムショップは、日本の文化や職人技に興味をお持ちの方のための場所です。私たちはアンティークの日本刀や甲冑、日本の伝統工芸品などを取り扱っております。 【お支払い方法】 Stripe(クレジットカード)、PayPal、Apple Pay、ChromePayをご利用いただけます。いずれも安全な決済方法です。Stripeでの決済にはアカウント作成は不要です。その他のお支払い方法をご希望の場合は、お問い合わせください。日本円(JPY)のほか、米ドル(USD)、豪ドル(AUD)、加ドル(CAD)、ユーロ(EUR)、スイスフラン(CHF)、英ポンド(GBP)での決済が可能です。






正光
江戸
長門
在銘
家彫 · 陸奥 · 1670頃
現在2点販売中
正光の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
現在299点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
題:猿山図 【解説】 本作は、山中に棲まう猿の群れを描いた鐔です。それぞれの猿が思い思いの姿で配されており、寛ぐものもいれば、子を慈しむ親子の姿も見て取れます。猿の顔部分には銅が施されていると思われ、その表情がより豊かに表現されています。 一般に知られる通り、猿は人間と同じ霊長類に属し、最も人間に近い動物とされてきました。古来より絵画や物語の中で猿が擬人化されてきたのも、そのためでしょう。一説には、大陸において猿は神の使いと見なされてきました。また、猿は馬を守ると信じられていたことから、厩(うまや)の守護神として飼育されることもありました。こうした猿の持つ神聖な力への信仰や、縁起物としての考え方が大陸から日本へと伝わりました。武士たちにとっても、この猿というモチーフは特別な存在であったと推察されます。 銘によれば、本作の制作者は長州(現在の山口県)の住人です。長州藩は鐔の制作に非常に力を注いでいた地域でした。藩の財政を潤すための輸出品として鐔の制作を奨励したため、今日でも多くの長州鐔を目にすることができます。こうした背景から、この地には多くの金工師が集まり、膨大な数の作品が作られました。しかし、それゆえに銘から制作者の詳細な情報を特定することは容易ではありません。例えば、本作の銘には「政光」とありますが、判明しているのはその名のみです。一説には、長州工は江戸中期以降、江戸の伊東派と活発に交流したと言われています。そのため、伊東派の作風が長州鐔に影響を与えたとされており、本作のような作風に伊東派との共通点が見出せるのも頷けます。 ※本品の銘の真贋を証明する鑑定書や伝来書はございません。 ※アンティーク品のため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 【鐔(つば)とは】 鐔は日本刀の拳を守るための護具です。身分の高い武士は、鐔をはじめとする美しい刀装具で飾られた刀を帯びていました。特に鐔の表側(差表)は、街を歩く際に他者の目に触れる機会が多いため、より装飾的な意匠が凝らされる傾向にあります。 【武士にとって刀装具が重要であった理由】 日本刀の拵(外装)には、鐔、目貫、縁頭など、多種多様な装飾が施されています。日本刀は武器であると同時に、持ち主のアイデンティティを示す象徴でもありました。それは個人の性格や信念を表すものであり、現代で言えばスマートフォンの装飾に近い感覚と言えるかもしれません。 ぜひ、写真を拡大してご覧ください。そこには日本の卓越した彫金技術が凝縮されています。主に鉄や銅を地金とし、金、銀、赤銅、四分一などの色金を用いた象嵌が施されています。鐔一枚をとっても、その造形や重量感は千差万別です。刀本体と共に時代を生き抜いてきたこれらの刀装具は、刀剣そのものに匹敵する価値を持つと言っても過言ではありません。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまで知識を深め、こだわりを持つことこそが、真の武士の嗜み(目利き)への第一歩となるでしょう。 【運営元について】 サムライミュージアムは東京に所在し、侍の歴史に関するアンティークを展示しています。サムライミュージアムショップは、日本の文化や職人技に興味をお持ちの方のための場所です。私たちはアンティークの日本刀や甲冑、日本の伝統工芸品などを取り扱っております。 【お支払い方法】 Stripe(クレジットカード)、PayPal、Apple Pay、ChromePayをご利用いただけます。いずれも安全な決済方法です。Stripeでの決済にはアカウント作成は不要です。その他のお支払い方法をご希望の場合は、お問い合わせください。日本円(JPY)のほか、米ドル(USD)、豪ドル(AUD)、加ドル(CAD)、ユーロ(EUR)、スイスフラン(CHF)、英ポンド(GBP)での決済が可能です。






正光
江戸
長門
在銘
家彫 · 陸奥 · 1670頃
現在2点販売中
正光の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫 · 山城
現在299点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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