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説明

重要刀剣 越中為継 大磨上無銘 鑑定:重要刀剣 種別:刀 為継は越中の郷義弘の子と伝えられ、後に濃州不破郡へ移住したとされています。一説には則重の門人とも言われますが、年代的な観点からは則重門人説にはやや無理があるようです。 為継は通称を四郎兵衛と称し、初期銘を「為次」と切ったと伝えられていますが、現存作で「為次」銘のものは未だ確認されておりません。 父、あるいは師と仰がれる郷義弘については、その伝歴に不明な点が多いものの、五福郷則重の子であり、建武(1334~1337年)頃の鍛冶であったと考えられています。一方、為継の作刀には延文二年(1357年)から応安七年(1374年)にかけての年紀作が見られることから、義弘との親子、あるいは師弟関係については、年代的に見て矛盾はありません。 しかしながら、為継の銘振りに「越中住」と切られたものは見当たらず、義弘と為継の関係については、今後のさらなる研究が待たれるところです。 作刀の地については、「越前国藤原為継 延文二年丁酉二月日」の銘があることから、延文二年(1357年)から応安二年(1369年)にかけては越前で打たれたことが明らかです。しかし、延文以前に越前で打っていたのか、あるいは越中にて義弘の門下として打っていたのかについては、確証となる作例がなく、判然としません。 ただ、南北朝期の越中において、南朝方とされる宇多鍛冶とは一線を画し、北朝方の鍛冶として位置付けられていた義弘一派が、戦況の推移に伴い北朝方の越前へと逃れ、そこで作刀に従事した可能性は極めて高いと考えられます。 為継が美濃へ移住した時期については、本作大鑑に所載の長巻直しに「濃州住藤原為継 応安七年甲寅(以下切)」の銘があることから、応安二年から同七年の間に越前から美濃へ移ったことは明白です。おそらくは国行らと共に、応安六年(1373年)秋から同七年(1374年)夏頃にかけて美濃へ移り、赤坂の地で作刀したものと推測されます。 為継の作風は、太刀や無銘の極め物においては、身幅が広く大鋒となる南北朝期の典型的な姿を見せ……(以下略)

図譜解説

為継は通説に、郷義弘の子で、則重に師事したと伝えているが、年代的な面でなお検討の余地があろう。彼には延文 二年及び応安二年紀で「越前国藤原為継」銘の作が押形に見られ、また実存する作刀に応安七年紀で「濃州住藤原為継」 銘の作例があることから、 応安二年より同七年の間に越前より美濃に移住したことが理解される。作風は板目が肌立った 鍛えを呈し、刃文はのたれ主調の乱れ刃・互の目乱れ・互の目に小のたれを交えたもの・直刃調に互の目が交じるものな どがあるが、刃縁にほつれがかかり、 沸がよくつき、匂口はやや沈むのが通例である。 この刀は、幅広・大鋒の造込みで、南北朝時代、とりわけ延文・貞治期の姿態を見せ、鍛えは板目に杢が交じり、地沸 が厚くつき、地景が頻りに入り、殊にかねが黒味がかる状には北国物の見どころを示している。また刃文はのたれを基調 に互の目が交じり、沸がよくつき、金筋・砂流し等がさかんにかかり、匂口が沈みごころを呈するなど、為継の特色が顕 著にあらわれている。 焼刃の乱れが変化に富んだ一口で、出来がよく、加えて地刃が健体であることも好ましい。

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MarketAuctionsEncyclopedia
刀剣›相州伝›相州›爲繼›重要文化財 刀 越中住為継
刀重要
爲繼

重要文化財 刀 越中住為継

無銘 · Yamato · 南北朝 · 長さ 67.8cm · 反り 2cm

売却済
爲繼 — 1 of 2
爲繼 — 2 of 2
1 / 2
1 / 2
爲繼 — 1 of 2爲繼 — 2 of 2
法量・詳細
刀工
爲繼
種別
刀
流派
Soshu
活動期
1345–1350年頃(Enbun ND)
国
越中
銘
無銘(在銘率 5%)
法量
長さ 67.8cm反り 2cm元幅 3.2cm先幅 2.5cm重ね 0.1cm
説明

重要刀剣 越中為継 大磨上無銘 鑑定:重要刀剣 種別:刀 為継は越中の郷義弘の子と伝えられ、後に濃州不破郡へ移住したとされています。一説には則重の門人とも言われますが、年代的な観点からは則重門人説にはやや無理があるようです。 為継は通称を四郎兵衛と称し、初期銘を「為次」と切ったと伝えられていますが、現存作で「為次」銘のものは未だ確認されておりません。 父、あるいは師と仰がれる郷義弘については、その伝歴に不明な点が多いものの、五福郷則重の子であり、建武(1334~1337年)頃の鍛冶であったと考えられています。一方、為継の作刀には延文二年(1357年)から応安七年(1374年)にかけての年紀作が見られることから、義弘との親子、あるいは師弟関係については、年代的に見て矛盾はありません。 しかしながら、為継の銘振りに「越中住」と切られたものは見当たらず、義弘と為継の関係については、今後のさらなる研究が待たれるところです。 作刀の地については、「越前国藤原為継 延文二年丁酉二月日」の銘があることから、延文二年(1357年)から応安二年(1369年)にかけては越前で打たれたことが明らかです。しかし、延文以前に越前で打っていたのか、あるいは越中にて義弘の門下として打っていたのかについては、確証となる作例がなく、判然としません。 ただ、南北朝期の越中において、南朝方とされる宇多鍛冶とは一線を画し、北朝方の鍛冶として位置付けられていた義弘一派が、戦況の推移に伴い北朝方の越前へと逃れ、そこで作刀に従事した可能性は極めて高いと考えられます。 為継が美濃へ移住した時期については、本作大鑑に所載の長巻直しに「濃州住藤原為継 応安七年甲寅(以下切)」の銘があることから、応安二年から同七年の間に越前から美濃へ移ったことは明白です。おそらくは国行らと共に、応安六年(1373年)秋から同七年(1374年)夏頃にかけて美濃へ移り、赤坂の地で作刀したものと推測されます。 為継の作風は、太刀や無銘の極め物においては、身幅が広く大鋒となる南北朝期の典型的な姿を見せ……(以下略)

NBTHK図譜解説

Juyo #46

為継は通説に、郷義弘の子で、則重に師事したと伝えているが、年代的な面でなお検討の余地があろう。彼には延文 二年及び応安二年紀で「越前国藤原為継」銘の作が押形に見られ、また実存する作刀に応安七年紀で「濃州住藤原為継」 銘の作例があることから、 応安二年より同七年の間に越前より美濃に移住したことが理解される。作風は板目が肌立った 鍛えを呈し、刃文はのたれ主調の乱れ刃・互の目乱れ・互の目に小のたれを交えたもの・直刃調に互の目が交じるものな どがあるが、刃縁にほつれがかかり、 沸がよくつき、匂口はやや沈むのが通例である。 この刀は、幅広・大鋒の造込みで、南北朝時代、とりわけ延文・貞治期の姿態を見せ、鍛えは板目に杢が交じり、地沸 が厚くつき、地景が頻りに入り、殊にかねが黒味がかる状には北国物の見どころを示している。また刃文はのたれを基調 に互の目が交じり、沸がよくつき、金筋・砂流し等がさかんにかかり、匂口が沈みごころを呈するなど、為継の特色が顕 著にあらわれている。 焼刃の乱れが変化に富んだ一口で、出来がよく、加えて地刃が健体であることも好ましい。

作者について

爲繼

Mino (Hokurikudo Soshu-den, the Norishige line) · 美濃 · 1345-1350頃

現在2点販売中

›

為継は刀身に「濃州住藤原為継」と銘し、この銘こそが本工を読む鍵である。越中呉服郷の江則重の門人と伝え、一説に江義弘の子ともいい、相州伝を北陸道より運んで美濃に住した。説明書はその師承に慎重である。現存する作には越前・美濃いずれの銘文もあって、説明書は「越前と美濃の両方の銘文がある」[[c:1]]と記す一方、越中住と切ったものは皆無で、判者は「越中住ときったものはない」[[c:2]]と述べる。年紀作が則重の鎌倉末より二世代下る南北朝後期の貞治・応安に収まるため、剣書は則重との師承を一代の直伝というより一代を隔てて受け継いだ作風と解し、則重や義弘との直接の結びつきを年代の上から無理とする。本工は相州伝が北国へ、内陸へと運ばれた姿、美濃の鍛冶に身を置いた則重の手として読むのがよい。

その典型の作風は、判者が言い切るところのもの、すなわち則重風の鍛に美濃の刃である。説明書はこれを率直に、「則重風の鍛に美濃風の互の目尖り刃を焼いて一種の作風を示している」[[c:3]]と記す。肌立つ板目の上にのたれを焼き、これに美濃の尖り刃を交え、沸は強く深く、なかんずく砂流しが本工の見どころというべき頻りさで長くかかって金筋を伴う。匂口は冴え立たず、沈みごころの抑えた線となり、その下の地鉄は黒ずむ。則重風の湿ったのたれに美濃の鋭い尖りを与え、黒く沸の豊かな地に焼くというこの組合せが、一見して為継と読ませるところである。

地鉄は終始変わらぬところである。板目に杢・大板目を交え処々柾がかって流れ、肌立ち時に開いて、地沸厚く地景が入り、地鉄は北国の趣濃く黒みをおびる。説明書は本工の極め物に通じる共通点として、「板目が肌立って黒ずみ」[[c:4]]、沸出来で匂口の沈むものを挙げ、否定の見どころとして本流の作に「直刃はない」ことを記す。その地に対して刃文は、浅いのたれに互の目・尖り刃を交えるのが最も多く、足・葉入り、働きのある作では刃縁に飛焼・湯走りを交える。帽子は乱れ込んで頻りに掃きかけ、小丸に返るか、磨上げた薙刀直しの多くでは焼詰め風となる。

記録は二つの様にきれいに分かれる。大半は作風から極められた大磨上無銘の刀で、延びた、あるいは大きな鋒をもつ南北朝の幅広い刀身であり、ここに則重風が最もよくあらわれる。これに対して稀な在銘・年紀作が立つ。極めて少なく、応安年紀の短刀を戦前の重要美術品の筆頭とし、応安七年(一三七四)紀の菖蒲造薙刀直し太刀、藤原為継作と切る生ぶ茎の太刀を含む。説明書は本工自身の作のうちに対比を引き、有銘作には美濃風が強く、無銘極めには則重風がよくあらわれるとし、有銘作はやや粗びるものがある一方で「無銘極めのものには、なかなかよい出来のものがあり」[[c:6]]と率直に評する。

本工を分かつものは、師から借りたものではなく、その自身の刀身から読まれる。すなわち、より大きく揺れるのたれ乱れであり、説明書はこれをもって他の美濃相伝の手から直接に分かち、その作が「志津、金重とは異っている」[[c:7]]とする。則重その人と比べれば差は程度と冴えの差で、地肌は則重ほど肌立たず地景も少く、判者はある一刀に「師則重程地景が目立たない」[[c:8]]と評し、地鉄は相州本国の上工の明るさに対して黒ずむ。その作域はときに他の俤にも及び、磨上の一刀は「大和尻懸風の出来」[[c:9]]と極められて、本工の修めた地方の相伝が一流のみに止まらぬことを示す。

収集の観点では、為継は殆ど極めを通じて出会う南北朝の名である。国宝はなく、重要文化財もない。その記録は戦前の重要美術品と、多くの回次に亘る重要刀剣の長い列を通じ、その名の拠り所たる在銘・年紀作が最も稀である。説明書はその僅かな在銘作を、現存の少なさゆえに、また長寸の在銘作の一層の乏しさゆえに、頗る貴重とする。所有の記録は乏しい。一対が熱田神宮に伝わり、応安の短刀は戦前の赤星鉄馬の蒐集を経、現在の所在は多く伝わらない。極められた無銘の刀は時に市場にあらわれ、伝為継が重要の相伝物の中に折々に見えるが、在銘・年紀の濃州住藤原為継はそれとは別格の、名を定める証であり、私蔵の一口はこの分野でより稀な出会いに属する。その無銘の一刀を説明書は端的に「為継の典型的な一刀」[[c:10]]と称え、これが収集家の現実に望み得る最上のものである。

歴史的重要度

爲繼の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

各項目を選ぶと評価方法が表示されます。

指定の実績
指定76口
重要美術品
1
重要刀剣
75
爲繼の作 2点が現在販売中→
爲繼 — 詳細Mino (Hokurikudo Soshu-den, the Norishige line)派
流派について

相州

相州伝 · 相模

時期区分: 相州· 1288–1385

現在46点販売中

›

板目に杢を交えた地鉄に地沸が微塵に厚くつき、地景が頻りに織りなされて明るく冴える鍛え、これが相州(鎌倉後期から南北朝期にかけての相州伝の古典的全盛期)を貫く核である。この区分は始祖新藤五国光が粟田口由来の精緻な小板目と直刃の基盤の上に、地刃ともに沸を主体とする鍛えを据えたところに始まる。国光の門から行光、正宗、則重が出て技術が大成し、続いて正宗の系から養子貞宗、越中の郷義弘が出て、伝統が頂点に達した。さらに南北朝期に入ると相模国にあって時代的にも技術的にも貞宗の次に位置する広光と秋広が現れ、十四世紀後半まで本流が続く。鎌倉幕府の府たる鎌倉を母体とし、その滅亡から南北朝の動乱という時代背景のなかで、姿は身幅広く寸延びた豪壮なものへと推移していった。 作風は説示にいう板目に杢交じり、地沸厚くつき、地景頻りに入る鍛えを土台とし、刃文はのたれを基調に互の目を交え、匂口深く沸厚くつき、金筋・沸筋・砂流しが頻りにかかって匂口明るく冴える点にある。郷義弘の作では、正宗・則重に比べて地景・金筋は穏やかながら、刃中に沸足がよく働き、地刃が一段と明るく冴え、肌合に柾ごころを交え、帽子を一枚風に深く焼くのが見どころとされる。広光・秋広に至ると、板目が肌立ちごころとなり、丁子に互の目を交え、飛焼・棟焼を交えて皆焼となり、頭の丸い団子丁子を交える刃文がこの時代に始まる。これらは母体である粟田口の抑制された直刃の源流からは遠く隔たり、沸の働きを前面に押し出した展開である。一方、後続の末相州(室町期の継続と衰退)が、こうした皆焼や帽子の一枚焼きといった形を継承しつつ地刃の冴えと沸の質を次第に薄めていくのに対し、本区分は地刃ともに明るく冴え、働きが豊富である点で截然と区別される。秋広の彫物が後の正広・広正、さらに室町末期の相州鍛冶の先駆となったことも、本区分が型を確立した側であることを示す。 収集家がこの区分を別格とするのは、正宗を頂点に、貞宗、そして正宗十哲の筆頭に挙げられる郷義弘という頂の刀工を擁するからである。鑑定上の要点は、郷義弘・貞宗ともに在銘作が皆無であるため、地刃の明るい冴え、沸足の働き、柾ごころ、一枚風に深く焼く帽子といった作域から極めることにある。代表作には金象嵌銘の兜切り江や名物中川江があり、宇和島伊達家、小田原藩大久保家、薩摩の島津家など大名家への伝来が説示に記される。秋広には延文二年から至徳四年に及ぶ年紀作があり、銘の切り方の変遷とともに資料的価値を支えている。

34名の刀工指定840口
主要刀工
刀工時代指定
正宗1288-129384
貞宗1329-133186
義弘1299-130254
秋廣1346-137027
國光1293-132269
相州流派を見る →
NBTHK鑑定書
Jūyō Tōken重要刀剣
Important Sword
›

特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。

極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。

NBTHKについて›

日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。

NBTHK公式サイト→
販売店
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爲繼の他の作

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¥20,000
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刀

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75.7cm·南北朝
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67.8cm·南北朝
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作爲繼
69.8cm·南北朝
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¥6,500,000

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64.2cm·Shohei (1346-1370)
¥1,650,000
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Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 短刀 相州行光(生ぶ無銘) Tanto:Soshu Yukimitsu(Mumei)Tanto - Jūyō - by Soshu Yukimitsu - 短刀 相州行光(生ぶ無銘) Tanto:Soshu Yukimitsu(Mumei)

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開始価格¥1,300,000

刀剣

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刀装具

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重要刀剣 越中為継 大磨上無銘 鑑定:重要刀剣 種別:刀 為継は越中の郷義弘の子と伝えられ、後に濃州不破郡へ移住したとされています。一説には則重の門人とも言われますが、年代的な観点からは則重門人説にはやや無理があるようです。 為継は通称を四郎兵衛と称し、初期銘を「為次」と切ったと伝えられていますが、現存作で「為次」銘のものは未だ確認されておりません。 父、あるいは師と仰がれる郷義弘については、その伝歴に不明な点が多いものの、五福郷則重の子であり、建武(1334~1337年)頃の鍛冶であったと考えられています。一方、為継の作刀には延文二年(1357年)から応安七年(1374年)にかけての年紀作が見られることから、義弘との親子、あるいは師弟関係については、年代的に見て矛盾はありません。 しかしながら、為継の銘振りに「越中住」と切られたものは見当たらず、義弘と為継の関係については、今後のさらなる研究が待たれるところです。 作刀の地については、「越前国藤原為継 延文二年丁酉二月日」の銘があることから、延文二年(1357年)から応安二年(1369年)にかけては越前で打たれたことが明らかです。しかし、延文以前に越前で打っていたのか、あるいは越中にて義弘の門下として打っていたのかについては、確証となる作例がなく、判然としません。 ただ、南北朝期の越中において、南朝方とされる宇多鍛冶とは一線を画し、北朝方の鍛冶として位置付けられていた義弘一派が、戦況の推移に伴い北朝方の越前へと逃れ、そこで作刀に従事した可能性は極めて高いと考えられます。 為継が美濃へ移住した時期については、本作大鑑に所載の長巻直しに「濃州住藤原為継 応安七年甲寅(以下切)」の銘があることから、応安二年から同七年の間に越前から美濃へ移ったことは明白です。おそらくは国行らと共に、応安六年(1373年)秋から同七年(1374年)夏頃にかけて美濃へ移り、赤坂の地で作刀したものと推測されます。 為継の作風は、太刀や無銘の極め物においては、身幅が広く大鋒となる南北朝期の典型的な姿を見せ……(以下略)

図譜解説

為継は通説に、郷義弘の子で、則重に師事したと伝えているが、年代的な面でなお検討の余地があろう。彼には延文 二年及び応安二年紀で「越前国藤原為継」銘の作が押形に見られ、また実存する作刀に応安七年紀で「濃州住藤原為継」 銘の作例があることから、 応安二年より同七年の間に越前より美濃に移住したことが理解される。作風は板目が肌立った 鍛えを呈し、刃文はのたれ主調の乱れ刃・互の目乱れ・互の目に小のたれを交えたもの・直刃調に互の目が交じるものな どがあるが、刃縁にほつれがかかり、 沸がよくつき、匂口はやや沈むのが通例である。 この刀は、幅広・大鋒の造込みで、南北朝時代、とりわけ延文・貞治期の姿態を見せ、鍛えは板目に杢が交じり、地沸 が厚くつき、地景が頻りに入り、殊にかねが黒味がかる状には北国物の見どころを示している。また刃文はのたれを基調 に互の目が交じり、沸がよくつき、金筋・砂流し等がさかんにかかり、匂口が沈みごころを呈するなど、為継の特色が顕 著にあらわれている。 焼刃の乱れが変化に富んだ一口で、出来がよく、加えて地刃が健体であることも好ましい。

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刀剣›相州伝›相州›爲繼›重要文化財 刀 越中住為継
刀重要
爲繼

重要文化財 刀 越中住為継

無銘 · Yamato · 南北朝 · 長さ 67.8cm · 反り 2cm

売却済
爲繼 — 1 of 2
爲繼 — 2 of 2
1 / 2
1 / 2
爲繼 — 1 of 2爲繼 — 2 of 2
法量・詳細
刀工
爲繼
種別
刀
流派
Soshu
活動期
1345–1350年頃(Enbun ND)
国
越中
銘
無銘(在銘率 5%)
法量
長さ 67.8cm反り 2cm元幅 3.2cm先幅 2.5cm重ね 0.1cm
説明

重要刀剣 越中為継 大磨上無銘 鑑定:重要刀剣 種別:刀 為継は越中の郷義弘の子と伝えられ、後に濃州不破郡へ移住したとされています。一説には則重の門人とも言われますが、年代的な観点からは則重門人説にはやや無理があるようです。 為継は通称を四郎兵衛と称し、初期銘を「為次」と切ったと伝えられていますが、現存作で「為次」銘のものは未だ確認されておりません。 父、あるいは師と仰がれる郷義弘については、その伝歴に不明な点が多いものの、五福郷則重の子であり、建武(1334~1337年)頃の鍛冶であったと考えられています。一方、為継の作刀には延文二年(1357年)から応安七年(1374年)にかけての年紀作が見られることから、義弘との親子、あるいは師弟関係については、年代的に見て矛盾はありません。 しかしながら、為継の銘振りに「越中住」と切られたものは見当たらず、義弘と為継の関係については、今後のさらなる研究が待たれるところです。 作刀の地については、「越前国藤原為継 延文二年丁酉二月日」の銘があることから、延文二年(1357年)から応安二年(1369年)にかけては越前で打たれたことが明らかです。しかし、延文以前に越前で打っていたのか、あるいは越中にて義弘の門下として打っていたのかについては、確証となる作例がなく、判然としません。 ただ、南北朝期の越中において、南朝方とされる宇多鍛冶とは一線を画し、北朝方の鍛冶として位置付けられていた義弘一派が、戦況の推移に伴い北朝方の越前へと逃れ、そこで作刀に従事した可能性は極めて高いと考えられます。 為継が美濃へ移住した時期については、本作大鑑に所載の長巻直しに「濃州住藤原為継 応安七年甲寅(以下切)」の銘があることから、応安二年から同七年の間に越前から美濃へ移ったことは明白です。おそらくは国行らと共に、応安六年(1373年)秋から同七年(1374年)夏頃にかけて美濃へ移り、赤坂の地で作刀したものと推測されます。 為継の作風は、太刀や無銘の極め物においては、身幅が広く大鋒となる南北朝期の典型的な姿を見せ……(以下略)

NBTHK図譜解説

Juyo #46

為継は通説に、郷義弘の子で、則重に師事したと伝えているが、年代的な面でなお検討の余地があろう。彼には延文 二年及び応安二年紀で「越前国藤原為継」銘の作が押形に見られ、また実存する作刀に応安七年紀で「濃州住藤原為継」 銘の作例があることから、 応安二年より同七年の間に越前より美濃に移住したことが理解される。作風は板目が肌立った 鍛えを呈し、刃文はのたれ主調の乱れ刃・互の目乱れ・互の目に小のたれを交えたもの・直刃調に互の目が交じるものな どがあるが、刃縁にほつれがかかり、 沸がよくつき、匂口はやや沈むのが通例である。 この刀は、幅広・大鋒の造込みで、南北朝時代、とりわけ延文・貞治期の姿態を見せ、鍛えは板目に杢が交じり、地沸 が厚くつき、地景が頻りに入り、殊にかねが黒味がかる状には北国物の見どころを示している。また刃文はのたれを基調 に互の目が交じり、沸がよくつき、金筋・砂流し等がさかんにかかり、匂口が沈みごころを呈するなど、為継の特色が顕 著にあらわれている。 焼刃の乱れが変化に富んだ一口で、出来がよく、加えて地刃が健体であることも好ましい。

作者について

爲繼

Mino (Hokurikudo Soshu-den, the Norishige line) · 美濃 · 1345-1350頃

現在2点販売中

›

為継は刀身に「濃州住藤原為継」と銘し、この銘こそが本工を読む鍵である。越中呉服郷の江則重の門人と伝え、一説に江義弘の子ともいい、相州伝を北陸道より運んで美濃に住した。説明書はその師承に慎重である。現存する作には越前・美濃いずれの銘文もあって、説明書は「越前と美濃の両方の銘文がある」[[c:1]]と記す一方、越中住と切ったものは皆無で、判者は「越中住ときったものはない」[[c:2]]と述べる。年紀作が則重の鎌倉末より二世代下る南北朝後期の貞治・応安に収まるため、剣書は則重との師承を一代の直伝というより一代を隔てて受け継いだ作風と解し、則重や義弘との直接の結びつきを年代の上から無理とする。本工は相州伝が北国へ、内陸へと運ばれた姿、美濃の鍛冶に身を置いた則重の手として読むのがよい。

その典型の作風は、判者が言い切るところのもの、すなわち則重風の鍛に美濃の刃である。説明書はこれを率直に、「則重風の鍛に美濃風の互の目尖り刃を焼いて一種の作風を示している」[[c:3]]と記す。肌立つ板目の上にのたれを焼き、これに美濃の尖り刃を交え、沸は強く深く、なかんずく砂流しが本工の見どころというべき頻りさで長くかかって金筋を伴う。匂口は冴え立たず、沈みごころの抑えた線となり、その下の地鉄は黒ずむ。則重風の湿ったのたれに美濃の鋭い尖りを与え、黒く沸の豊かな地に焼くというこの組合せが、一見して為継と読ませるところである。

地鉄は終始変わらぬところである。板目に杢・大板目を交え処々柾がかって流れ、肌立ち時に開いて、地沸厚く地景が入り、地鉄は北国の趣濃く黒みをおびる。説明書は本工の極め物に通じる共通点として、「板目が肌立って黒ずみ」[[c:4]]、沸出来で匂口の沈むものを挙げ、否定の見どころとして本流の作に「直刃はない」ことを記す。その地に対して刃文は、浅いのたれに互の目・尖り刃を交えるのが最も多く、足・葉入り、働きのある作では刃縁に飛焼・湯走りを交える。帽子は乱れ込んで頻りに掃きかけ、小丸に返るか、磨上げた薙刀直しの多くでは焼詰め風となる。

記録は二つの様にきれいに分かれる。大半は作風から極められた大磨上無銘の刀で、延びた、あるいは大きな鋒をもつ南北朝の幅広い刀身であり、ここに則重風が最もよくあらわれる。これに対して稀な在銘・年紀作が立つ。極めて少なく、応安年紀の短刀を戦前の重要美術品の筆頭とし、応安七年(一三七四)紀の菖蒲造薙刀直し太刀、藤原為継作と切る生ぶ茎の太刀を含む。説明書は本工自身の作のうちに対比を引き、有銘作には美濃風が強く、無銘極めには則重風がよくあらわれるとし、有銘作はやや粗びるものがある一方で「無銘極めのものには、なかなかよい出来のものがあり」[[c:6]]と率直に評する。

本工を分かつものは、師から借りたものではなく、その自身の刀身から読まれる。すなわち、より大きく揺れるのたれ乱れであり、説明書はこれをもって他の美濃相伝の手から直接に分かち、その作が「志津、金重とは異っている」[[c:7]]とする。則重その人と比べれば差は程度と冴えの差で、地肌は則重ほど肌立たず地景も少く、判者はある一刀に「師則重程地景が目立たない」[[c:8]]と評し、地鉄は相州本国の上工の明るさに対して黒ずむ。その作域はときに他の俤にも及び、磨上の一刀は「大和尻懸風の出来」[[c:9]]と極められて、本工の修めた地方の相伝が一流のみに止まらぬことを示す。

収集の観点では、為継は殆ど極めを通じて出会う南北朝の名である。国宝はなく、重要文化財もない。その記録は戦前の重要美術品と、多くの回次に亘る重要刀剣の長い列を通じ、その名の拠り所たる在銘・年紀作が最も稀である。説明書はその僅かな在銘作を、現存の少なさゆえに、また長寸の在銘作の一層の乏しさゆえに、頗る貴重とする。所有の記録は乏しい。一対が熱田神宮に伝わり、応安の短刀は戦前の赤星鉄馬の蒐集を経、現在の所在は多く伝わらない。極められた無銘の刀は時に市場にあらわれ、伝為継が重要の相伝物の中に折々に見えるが、在銘・年紀の濃州住藤原為継はそれとは別格の、名を定める証であり、私蔵の一口はこの分野でより稀な出会いに属する。その無銘の一刀を説明書は端的に「為継の典型的な一刀」[[c:10]]と称え、これが収集家の現実に望み得る最上のものである。

歴史的重要度

爲繼の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

各項目を選ぶと評価方法が表示されます。

指定の実績
指定76口
重要美術品
1
重要刀剣
75
爲繼の作 2点が現在販売中→
爲繼 — 詳細Mino (Hokurikudo Soshu-den, the Norishige line)派
流派について

相州

相州伝 · 相模

時期区分: 相州· 1288–1385

現在46点販売中

›

板目に杢を交えた地鉄に地沸が微塵に厚くつき、地景が頻りに織りなされて明るく冴える鍛え、これが相州(鎌倉後期から南北朝期にかけての相州伝の古典的全盛期)を貫く核である。この区分は始祖新藤五国光が粟田口由来の精緻な小板目と直刃の基盤の上に、地刃ともに沸を主体とする鍛えを据えたところに始まる。国光の門から行光、正宗、則重が出て技術が大成し、続いて正宗の系から養子貞宗、越中の郷義弘が出て、伝統が頂点に達した。さらに南北朝期に入ると相模国にあって時代的にも技術的にも貞宗の次に位置する広光と秋広が現れ、十四世紀後半まで本流が続く。鎌倉幕府の府たる鎌倉を母体とし、その滅亡から南北朝の動乱という時代背景のなかで、姿は身幅広く寸延びた豪壮なものへと推移していった。 作風は説示にいう板目に杢交じり、地沸厚くつき、地景頻りに入る鍛えを土台とし、刃文はのたれを基調に互の目を交え、匂口深く沸厚くつき、金筋・沸筋・砂流しが頻りにかかって匂口明るく冴える点にある。郷義弘の作では、正宗・則重に比べて地景・金筋は穏やかながら、刃中に沸足がよく働き、地刃が一段と明るく冴え、肌合に柾ごころを交え、帽子を一枚風に深く焼くのが見どころとされる。広光・秋広に至ると、板目が肌立ちごころとなり、丁子に互の目を交え、飛焼・棟焼を交えて皆焼となり、頭の丸い団子丁子を交える刃文がこの時代に始まる。これらは母体である粟田口の抑制された直刃の源流からは遠く隔たり、沸の働きを前面に押し出した展開である。一方、後続の末相州(室町期の継続と衰退)が、こうした皆焼や帽子の一枚焼きといった形を継承しつつ地刃の冴えと沸の質を次第に薄めていくのに対し、本区分は地刃ともに明るく冴え、働きが豊富である点で截然と区別される。秋広の彫物が後の正広・広正、さらに室町末期の相州鍛冶の先駆となったことも、本区分が型を確立した側であることを示す。 収集家がこの区分を別格とするのは、正宗を頂点に、貞宗、そして正宗十哲の筆頭に挙げられる郷義弘という頂の刀工を擁するからである。鑑定上の要点は、郷義弘・貞宗ともに在銘作が皆無であるため、地刃の明るい冴え、沸足の働き、柾ごころ、一枚風に深く焼く帽子といった作域から極めることにある。代表作には金象嵌銘の兜切り江や名物中川江があり、宇和島伊達家、小田原藩大久保家、薩摩の島津家など大名家への伝来が説示に記される。秋広には延文二年から至徳四年に及ぶ年紀作があり、銘の切り方の変遷とともに資料的価値を支えている。

34名の刀工指定840口
主要刀工
刀工時代指定
正宗1288-129384
貞宗1329-133186
義弘1299-130254
秋廣1346-137027
國光1293-132269
相州流派を見る →
NBTHK鑑定書
Jūyō Tōken重要刀剣
Important Sword
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特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。

極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。

NBTHKについて›

日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。

NBTHK公式サイト→
販売店
N
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開始価格¥1,300,000

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