手に馴染んだ風合いからは、長年にわたって大切に使われてきた本小柄の歴史が垣間見える気がします。親指の当たる小口付近の七子は擦れて磨地のようになり、それ以外のあまり接触の少ない部分は相応の粒々が残されています。大した疵もなく時代が感じられる本小柄の使用感、好感が持てます。その七子地は細かく整然と蒔かれ、漆黒の地金と相俟って上質な高級感たっぷり。伝来品のような箱入娘の作は重宝されるでしょうが、本作のように時代をくぐり抜けながらも衰えぬ雅味を伝える作は、また違った魅力があるようです。 画題は矢筒。金と銀の色絵、そして毛彫で施された蔦の文様を描いた筒を真横に配し、三本の矢羽が火を覗かせています。絡んだ紐がアクセントになっている構図は、単純になりがちな画題に動きを与えてリアリティさえ感じます。この構図の取り方、上手いですね。筒自体は磨地で、背景となる七子地はマットな色合い、光具合の差異によって画題がより強調され、視覚的効果が十分に生かされています。 造は二枚貼合構造ですが、地板は嵌込ではないようです。紋も鑞付ではなく裏から打ち出して彫を加えた高彫。ただ、孔の中の打ち出した凸凹は確認できす、おそらく薄板を間に入れているのかもしれません。もしくは肉彫の可能性もありますが、手にした重さは軽く感じちょっと疑わしいと思われます。(地板そのものも薄手の造で、本体の幅も狭め・・・軽く感じるのは当然なのですが) 時代は色絵や本体の造、そして七子地の状態からみて、江戸前期と思われます。本体の構造を考慮すれば江戸初期まで上げられるかもしれません。しかし桃山期までは上げるのはちょっと無理が・・・鑑定書では古後藤となっています(構造などは極の判断要素にないのでしょうか)。えー上意に背きますが、当店は後藤が妥当だと思います。(この場で口で言っているだけです。当店は紙は発行していませんのでご容赦ください。)



後藤派
江戸以前
無銘
保存 (NBTHK)
家彫 · 山城
現在316点販売中
後藤派は、室町時代中期に初代祐乗が将軍足利義政に仕えて創始した彫金の宗家であり、「日本彫物の元祖」と仰がれ、「古今独歩の鏨師」と賞賛される祐乗を祖として十五代にわたり嫡流の技を継承した。祐乗の作品は東山御物として数多く取り上げられ、後世に名を残した名工は挙って後藤家の祐乗に範をとっている。四代光乗・五代徳乗は織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、大判・分銅・彫物の三役を担い、桃山時代の豪華美を格調高く表示した。幕末には一乗が「後藤家の掉尾を飾る名工」として家風を大成し、門下の荒木東明・中川一勝らが一派の技を継承した。 後藤派の作域は三所物・縁頭・鐔・揃金具と多岐にわたり、赤銅魚子地を基調とした高彫金色絵を家風の根幹とする。金紋裏哺金仕立の小柄笄、金無垢地容彫の目貫など、素材と技法の選択に一貫した格式が認められる。三代乗真は「大振りで力強く、量感の豊かな彫技」[[c:1]]を特徴とし、紋の肉取りが豊かで鏨使いが手強く、赤銅の色相も漆黒で麗わしい。桃山期の作には鋤出高彫に金・銀・素銅の象嵌色絵を駆使した豪華絢爛の大名道具が見られ、近世には四分一磨地や朧銀地に甲鋤毛彫・平象嵌を組み合わせた多彩な表現も展開された。龍・獅子・鶏・犀・鯰といった動物意匠から、松竹梅・桐紋・粟穂・四季草花に至るまで画題は広範であり、各代が武家好みの吉祥意匠を格調高く仕上げている。 後藤派に帰せられる作品には「気品があって格調が高く」[[c:2]]「力漲る」と評される一貫した品格が通底する。歴代の折紙制度によって初代祐乗以来の作が厳格に鑑定・伝承され、「家彫の誇りは確実に後代に伝わっている」[[c:3]]と繰り返し認められる。後藤流に熟達した門弟の作が「後藤家御家彫と見紛うまでの出来」[[c:4]]と称されることからも、その規範性の高さが窺える。日本金工史において、後藤派は赤銅魚子地高彫金色絵という技法体系を確立し、室町から明治に至る四百余年の間、彫金の最高規範として君臨した一門である。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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