Stock number:WA-090625Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry(Kuni)・Era(Jidai): Mino(Gifu)・ Middle Muromachi period about 1528~Blade length(Cutting edge): 51.4cmCurve(SORI): 1.4cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.92cmThickness at the Moto-Kasane: 0.64cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.55cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One part, Gold foil HabakiSword tang(Nakago): front: Takano-ha file pattern,Back: Kiri file patternRivet Holes(Mekugiana):2Shape(Taihai): Hirazukuri, IorimuneJigane(Hada): ItameTemper patterns(Hamon): SanbonsugiTemper patterns in the point(Bohshi): Midarekomi then round tipRegistration Card: Gifu【Additional Information】濃州赤坂は現在の岐阜県大垣市にあたり、古より金生山の中央部、更紗山(さらさやま)からは、石灰石とともに良質な赤鉄鉱が採掘されており、これらを用いた製鉄の技術が伝わりました。つまりこの地は原料の鉄に恵まれた、刀作りに適した地であったといえます。室町時代には、当国における刀工数および作刀数は大きく飛躍し、美濃伝の完成を迎えます。室町時代 永正頃より、兼定、兼元などが出て、美濃鍛冶の双璧として活躍しました。両者共に同銘で代を重ねており、特に技量的に優れて成功を収めたのが、二代兼元で、孫六兼元と称されます。最上大業物としても知られ、斬れ味に富んで、古来武人に愛されました。孫六兼元及び同一門の作は、地鉄に軟らかみがあって大肌交じり、鎬地に柾目が目立ちます。刃文は、「関の孫六三本杉」と称される兼元独自の代表的な焼刃で、これは尖りごころの互の目を連ねた形が、杉木立を遠望する趣を想わせることから、この名が生じたと伝わります。また初代孫六兼元は、三本杉が必ずしも整然とは揃わず、後代は、より規則的で鋭角的な三本杉刃文が焼かれます。本作体配は刃長が一尺七寸、身幅尋常、重ね確りとし、反りよく利いて中切っ先となる刀姿を呈します。地鉄は板目肌が良く練れて、流れごころ交じり、地沸付き、映りが明瞭に立ちます。焼刃は同工独自の三本杉刃文が焼かれ、崩れることなく抜群の出来栄えとなります。孫六兼元の刃は後代に比べ、完全な三本杉にはならないと語られますが、本作は互の目尖り刃が整然と綺麗に並んで、三本杉刃を構成しています。帽子は乱れ込み先丸く返ります。茎は磨上げながら鉄味よく残り、二字で銘が切られます。本刀は初代孫六兼元、二字在銘の貴重な脇差です。本工独自の三本杉刃文が破綻なく焼かれた同工の傑作としてご紹介いたします。白鞘、金着一重はばき、特別保存刀剣鑑定書。





美濃伝 · 美濃 · 1489-1499頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
兼元の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
美濃伝 · 美濃
現在27点販売中
兼元は、美濃国関を本拠とした末美濃の刀工で、室町時代後期に和泉守兼定と並んで美濃鍛冶を代表する家系である。同名が相継いで栄えたが、なかでも最も技量にすぐれるのは二代で、世上この兼元を指して「孫六兼元」と呼称し賞翫してきた。「孫六」は兼元家代々の通称であり、二代がとりわけ著名であることから、この称がそのまま二代の代名詞として用いられている。居住地を明示した作には「濃州赤坂住」と切るものがあり、赤坂を一つの拠点としていたことが知られる。説示には明応・享禄・大永などの年紀を有する作が挙げられ、紀年銘の比較的少ない同家にあって、これらは作期や系統を研究するうえで好資料とされている。 作風の中核をなすのは、三本杉と称される尖り互の目の連れた刃文である。各代を通じてこの刃文を得意とするが、二代と後代とでは趣を異にする。代が下ると尖り刃の形が鋭角的で規則正しく揃うのに対し、二代は互の目の頭が処々丸みをおびて変化を見せ、三本杉のほかに二本杉・四本杉・五本杉といった群落を交えるなど画一的でないところに特色がある。説示はこれを行草の体の三本杉と評し、刃取りに起伏を見せて変化に富む点を二代の見どころとする。地鉄は板目に杢・流れ柾を交えて肌立ちごころとなり、地沸が細かにつき、地景が入り、白け映りが立つのが常で、帽子は乱れ込んで先丸く地蔵状に返るものが多い。一方、初代はあまり三本杉が目立たず、互の目に互の目丁子を交え、時に湯走り・飛焼を伴うものが多く、年紀は明応六年を最も古いものとし、居住地はすべて濃州赤坂住と切られる。二代と初代、さらに後代との別は、こうした刃文の構成と地鉄の風合いから見分けられる。 伝来をみると、二代兼元は実戦刀としての評価が高く、元亀元年の姉川の戦で青木一重が真柄真隆を討ったと伝える青木兼元、また截断銘を裏に施した作などが知られ、切れ味を尊ぶ風が早くから付随していた。金象嵌で笹露と号した作のように、所持者の名とともに伝えられた優品もある。作刀は薙刀・刀・脇指・短刀に及び、長寸で先の張った雄勁な造込みのものから、来写し・京物写しと目される稀な直刃の上品な短刀まで幅があり、二代の技量の振幅を伝えている。説示はこれらを孫六兼元の典型かつ出色の出来口として位置づけ、行体の三本杉が匂口明るくよく沸え、地刃ともに冴える点を賞するとともに、末関を代表する刀工としての名声を確かなものとしている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock number:WA-090625Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry(Kuni)・Era(Jidai): Mino(Gifu)・ Middle Muromachi period about 1528~Blade length(Cutting edge): 51.4cmCurve(SORI): 1.4cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.92cmThickness at the Moto-Kasane: 0.64cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.55cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One part, Gold foil HabakiSword tang(Nakago): front: Takano-ha file pattern,Back: Kiri file patternRivet Holes(Mekugiana):2Shape(Taihai): Hirazukuri, IorimuneJigane(Hada): ItameTemper patterns(Hamon): SanbonsugiTemper patterns in the point(Bohshi): Midarekomi then round tipRegistration Card: Gifu【Additional Information】濃州赤坂は現在の岐阜県大垣市にあたり、古より金生山の中央部、更紗山(さらさやま)からは、石灰石とともに良質な赤鉄鉱が採掘されており、これらを用いた製鉄の技術が伝わりました。つまりこの地は原料の鉄に恵まれた、刀作りに適した地であったといえます。室町時代には、当国における刀工数および作刀数は大きく飛躍し、美濃伝の完成を迎えます。室町時代 永正頃より、兼定、兼元などが出て、美濃鍛冶の双璧として活躍しました。両者共に同銘で代を重ねており、特に技量的に優れて成功を収めたのが、二代兼元で、孫六兼元と称されます。最上大業物としても知られ、斬れ味に富んで、古来武人に愛されました。孫六兼元及び同一門の作は、地鉄に軟らかみがあって大肌交じり、鎬地に柾目が目立ちます。刃文は、「関の孫六三本杉」と称される兼元独自の代表的な焼刃で、これは尖りごころの互の目を連ねた形が、杉木立を遠望する趣を想わせることから、この名が生じたと伝わります。また初代孫六兼元は、三本杉が必ずしも整然とは揃わず、後代は、より規則的で鋭角的な三本杉刃文が焼かれます。本作体配は刃長が一尺七寸、身幅尋常、重ね確りとし、反りよく利いて中切っ先となる刀姿を呈します。地鉄は板目肌が良く練れて、流れごころ交じり、地沸付き、映りが明瞭に立ちます。焼刃は同工独自の三本杉刃文が焼かれ、崩れることなく抜群の出来栄えとなります。孫六兼元の刃は後代に比べ、完全な三本杉にはならないと語られますが、本作は互の目尖り刃が整然と綺麗に並んで、三本杉刃を構成しています。帽子は乱れ込み先丸く返ります。茎は磨上げながら鉄味よく残り、二字で銘が切られます。本刀は初代孫六兼元、二字在銘の貴重な脇差です。本工独自の三本杉刃文が破綻なく焼かれた同工の傑作としてご紹介いたします。白鞘、金着一重はばき、特別保存刀剣鑑定書。





美濃伝 · 美濃 · 1489-1499頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在2点販売中
兼元の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
美濃伝 · 美濃
現在27点販売中
兼元は、美濃国関を本拠とした末美濃の刀工で、室町時代後期に和泉守兼定と並んで美濃鍛冶を代表する家系である。同名が相継いで栄えたが、なかでも最も技量にすぐれるのは二代で、世上この兼元を指して「孫六兼元」と呼称し賞翫してきた。「孫六」は兼元家代々の通称であり、二代がとりわけ著名であることから、この称がそのまま二代の代名詞として用いられている。居住地を明示した作には「濃州赤坂住」と切るものがあり、赤坂を一つの拠点としていたことが知られる。説示には明応・享禄・大永などの年紀を有する作が挙げられ、紀年銘の比較的少ない同家にあって、これらは作期や系統を研究するうえで好資料とされている。 作風の中核をなすのは、三本杉と称される尖り互の目の連れた刃文である。各代を通じてこの刃文を得意とするが、二代と後代とでは趣を異にする。代が下ると尖り刃の形が鋭角的で規則正しく揃うのに対し、二代は互の目の頭が処々丸みをおびて変化を見せ、三本杉のほかに二本杉・四本杉・五本杉といった群落を交えるなど画一的でないところに特色がある。説示はこれを行草の体の三本杉と評し、刃取りに起伏を見せて変化に富む点を二代の見どころとする。地鉄は板目に杢・流れ柾を交えて肌立ちごころとなり、地沸が細かにつき、地景が入り、白け映りが立つのが常で、帽子は乱れ込んで先丸く地蔵状に返るものが多い。一方、初代はあまり三本杉が目立たず、互の目に互の目丁子を交え、時に湯走り・飛焼を伴うものが多く、年紀は明応六年を最も古いものとし、居住地はすべて濃州赤坂住と切られる。二代と初代、さらに後代との別は、こうした刃文の構成と地鉄の風合いから見分けられる。 伝来をみると、二代兼元は実戦刀としての評価が高く、元亀元年の姉川の戦で青木一重が真柄真隆を討ったと伝える青木兼元、また截断銘を裏に施した作などが知られ、切れ味を尊ぶ風が早くから付随していた。金象嵌で笹露と号した作のように、所持者の名とともに伝えられた優品もある。作刀は薙刀・刀・脇指・短刀に及び、長寸で先の張った雄勁な造込みのものから、来写し・京物写しと目される稀な直刃の上品な短刀まで幅があり、二代の技量の振幅を伝えている。説示はこれらを孫六兼元の典型かつ出色の出来口として位置づけ、行体の三本杉が匂口明るくよく沸え、地刃ともに冴える点を賞するとともに、末関を代表する刀工としての名声を確かなものとしている。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).