Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Late Edo period / Kyoto city,Yamashiro province 松尾月山は文化十二年京都の生まれ。十二歳で京の名流大月派の川原林秀興に入門、秀でた彫刻技術だけでなく、図柄構成においても他を圧する存在感を示して大成した。この鐔は、鍛え強く緻密に詰んだ鉄地を微細な石目地に仕上げ、打返耳で大宇宙を切り取ったように画面とし、微妙な鋤彫と立体的高彫で黒雲をまとって天上へと舞い上がる緊張感に満ち満ちた龍神を彫り描いている。裏面は今龍神が現れた海原。鉄色黒くしっとりとし、この工独特の空気感が表現されている。松尾月山の正真作は世に稀く貴重である。

町彫 · 山城 · 1815-1875頃
現在1点販売中
松尾月山は幕末の京都大月派の金工である。説明はその身元を詳しく記す。本名は松尾嘉六といい、文化十二年(一八一五)に京都で生まれ、明治八年(一八七五)に六十一歳で歿し、金剛斎・東窓亭と号して銘を切った。説明は彼を大月派の川原林秀興の門人(篠山篤興と同門)とし、一記録は同門の篠山篤興・天光堂秀国らと切磋琢磨した上手とする。地と彫口は大月派の家風で、赤銅・真鍮・鉄・四分一等の地がねに高彫色絵を施し、図に応じて片切彫も見せ、説明は本作に大月一派の作柄を素直に読み取る。説明が彼の個人の特色として明示するのは二点で、鐔の製作が多いこと(後藤の小道具ではなく)と、武者絵をはじめ人物画を得意とし、鳥類・動物や獅子をも汎く手懸けたことである。最も名高い作は前九年・後三年合戦の一場面を画題とした「衣川館」図鐔で、彼の代表作の一枚と称せられる。本群には大津絵の画題で全体を統一した拵が一点あり、各金具がまじないの意を負う。本群は四点と極めて薄く、いずれも重要(重要刀装具)であり、町彫一般から彼を画する真の分離点はごく限定的・低頻度である。本稿は彼の身元・略伝・銘の変遷を、説明(カタログ記録)のみから読む。(補:月山の号は刀工の名跡としても名高いが、この月山は京都大月派の軟質金工の装具作者で、その刀工の系とは別である。)
松尾月山の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · 山城
現在23点販売中
大月派は江戸時代後期京都を中心に活躍した装剣金工の一派である。開祖大月光興は元禄期に京都に出て、横谷宗珉の高彫色絵の技法を学び、独自の作風を確立した。門人には川原林秀興、篠山篤興、天光堂秀国らがおり、特に秀興は師の技法を継承しながら大月派を隆盛に導いた。文化文政期には秀興の門下から松尾月山嘉六(金剛斎)が輩出され、大月派の伝統を幕末まで維持した。同派は赤銅・真鍮・鉄・四分一など多様な地金を用い、高彫色絵を駆使した華麗な作風で知られる。 大月派の技法的特徴は、精緻な魚子地に高肉彫と据紋を併用し、金や素銅による色絵を施す点にある。高肉彫には立体感豊かな鏨使いが見られ、特に動物の羽毛や龍の鱗など細部の表現に優れる。構図は大胆であり、広い鉄地空間と高彫部分の分量が絶妙な均衡を保つ。片切彫も併用し、人物・動植物・故事など幅広い画題を手掛ける。鐔の造形は竪丸形・葵形・撫角形など多様であり、打返耳に仕立てられるものが多い。地金の微妙な起伏により動静を表現し、彫刻と空間の対比によって主題を際立たせる手法は同派の真骨頂である。 大月派の作品は幕末京都の装剣金工を代表するものとして高く評価される。月山の「孔雀図鐔・縁頭」は魚子を微細に蒔き、据紋を一際高く据え、鏨使いの巧緻さと重厚な面持ちで孔雀の華麗さを極めている。「潜り龍図鐔」は蕩々と飛翔する金龍を生命力豊かに表し、鉄地の起伏と高肉彫の均衡が絶妙である。「衣川館図鐔」は前九年・後三年合戦の一場面を画題とし、両武者の微妙な状態の描写と館の細密な彫技が見事である。これら重要刀装指定作に見る通り、大月派は師流を忠実に継承しながら独自の境地を開き、京都金工の伝統を後世に伝えた。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Late Edo period / Kyoto city,Yamashiro province 松尾月山は文化十二年京都の生まれ。十二歳で京の名流大月派の川原林秀興に入門、秀でた彫刻技術だけでなく、図柄構成においても他を圧する存在感を示して大成した。この鐔は、鍛え強く緻密に詰んだ鉄地を微細な石目地に仕上げ、打返耳で大宇宙を切り取ったように画面とし、微妙な鋤彫と立体的高彫で黒雲をまとって天上へと舞い上がる緊張感に満ち満ちた龍神を彫り描いている。裏面は今龍神が現れた海原。鉄色黒くしっとりとし、この工独特の空気感が表現されている。松尾月山の正真作は世に稀く貴重である。

町彫 · 山城 · 1815-1875頃
現在1点販売中
松尾月山は幕末の京都大月派の金工である。説明はその身元を詳しく記す。本名は松尾嘉六といい、文化十二年(一八一五)に京都で生まれ、明治八年(一八七五)に六十一歳で歿し、金剛斎・東窓亭と号して銘を切った。説明は彼を大月派の川原林秀興の門人(篠山篤興と同門)とし、一記録は同門の篠山篤興・天光堂秀国らと切磋琢磨した上手とする。地と彫口は大月派の家風で、赤銅・真鍮・鉄・四分一等の地がねに高彫色絵を施し、図に応じて片切彫も見せ、説明は本作に大月一派の作柄を素直に読み取る。説明が彼の個人の特色として明示するのは二点で、鐔の製作が多いこと(後藤の小道具ではなく)と、武者絵をはじめ人物画を得意とし、鳥類・動物や獅子をも汎く手懸けたことである。最も名高い作は前九年・後三年合戦の一場面を画題とした「衣川館」図鐔で、彼の代表作の一枚と称せられる。本群には大津絵の画題で全体を統一した拵が一点あり、各金具がまじないの意を負う。本群は四点と極めて薄く、いずれも重要(重要刀装具)であり、町彫一般から彼を画する真の分離点はごく限定的・低頻度である。本稿は彼の身元・略伝・銘の変遷を、説明(カタログ記録)のみから読む。(補:月山の号は刀工の名跡としても名高いが、この月山は京都大月派の軟質金工の装具作者で、その刀工の系とは別である。)
松尾月山の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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町彫 · 山城
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大月派は江戸時代後期京都を中心に活躍した装剣金工の一派である。開祖大月光興は元禄期に京都に出て、横谷宗珉の高彫色絵の技法を学び、独自の作風を確立した。門人には川原林秀興、篠山篤興、天光堂秀国らがおり、特に秀興は師の技法を継承しながら大月派を隆盛に導いた。文化文政期には秀興の門下から松尾月山嘉六(金剛斎)が輩出され、大月派の伝統を幕末まで維持した。同派は赤銅・真鍮・鉄・四分一など多様な地金を用い、高彫色絵を駆使した華麗な作風で知られる。 大月派の技法的特徴は、精緻な魚子地に高肉彫と据紋を併用し、金や素銅による色絵を施す点にある。高肉彫には立体感豊かな鏨使いが見られ、特に動物の羽毛や龍の鱗など細部の表現に優れる。構図は大胆であり、広い鉄地空間と高彫部分の分量が絶妙な均衡を保つ。片切彫も併用し、人物・動植物・故事など幅広い画題を手掛ける。鐔の造形は竪丸形・葵形・撫角形など多様であり、打返耳に仕立てられるものが多い。地金の微妙な起伏により動静を表現し、彫刻と空間の対比によって主題を際立たせる手法は同派の真骨頂である。 大月派の作品は幕末京都の装剣金工を代表するものとして高く評価される。月山の「孔雀図鐔・縁頭」は魚子を微細に蒔き、据紋を一際高く据え、鏨使いの巧緻さと重厚な面持ちで孔雀の華麗さを極めている。「潜り龍図鐔」は蕩々と飛翔する金龍を生命力豊かに表し、鉄地の起伏と高肉彫の均衡が絶妙である。「衣川館図鐔」は前九年・後三年合戦の一場面を画題とし、両武者の微妙な状態の描写と館の細密な彫技が見事である。これら重要刀装指定作に見る通り、大月派は師流を忠実に継承しながら独自の境地を開き、京都金工の伝統を後世に伝えた。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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