NBTHK保存刀装具「伝 徳興」と極められた目貫です。幕末や明治の刀装具において「派」ではなく「伝」とされるのは珍しいことですが、本作はそのようになっています。「伝」とは、特定の作者の特徴を備えているものの、その作者本人と断定するには至らないことを意味します。徳興とは、大月派の笹山徳興のことです。 笹山徳興は1813年に生まれ、1891年に没しました。15歳で大月光興に弟子入りしました。オンラインの情報源によれば、彼の作品のうち20点が重要、2点が特別重要に指定されています。それほど広く知られていないかもしれませんが、彼の作品の中には真に驚くべきものがあります。 雄と雌の軍鶏を題材とした目貫です。この品種は、日本では古くから闘鶏に用いられてきました。 四分一製、銅、赤銅、金が施されています。 専用の落込敷桐箱に入っています。
Certificate reading — 無銘(伝篤興)














篤興
江戸
伝
保存 (NBTHK)
店舗の英語原文からの機械翻訳・誤りを含む場合があります ·
町彫 · 山城 · 1813-1891頃
現在3点販売中
篠山篤興(ささやま あつおき)は、江戸時代末期から明治にかけて京都で活躍した金工家である。通称は政一郎。俳諧の宗匠である夜半亭呉涯(元吉)の長男として文化十年(1813年)に生まれる。京金工の名門である大月派に属し、大月光興の高弟、川原林秀興(かわはらばやし ひでおき)に15歳で入門、その門下で腕を磨いた。天保九年(1838年)に師である秀興の長女を娶り独立。文久二年(1862年)には徳川将軍家(十四代将軍家茂公)から佩刀の金具彫刻を拝命し、その功により大隅大掾を受領。翌文久三年(1863年)には孝明天皇の短刀金具を制作する栄誉を拝し「一行斎」の号を授けられた。晩年は仙斎、松花亭などの別号も用いた。明治二十四年(1891年)に79歳で没するまで、京金工界の重鎮として活躍した。
篤興の作風は、師である川原林秀興から受け継いだ大月派の特色を色濃く反映している。すなわち「大月派の特色である絵風の意匠を高彫色絵を以て表す」[[c:1]]作風を基調とし、平象嵌や片切彫等も駆使する。画題に優れ、花鳥、人物、故事など幅広い題材を扱い、写実的な表現と装飾的な表現を巧みに組み合わせる。その作風は「思い切った構図を取りながらも京風のどことなく雅やかで垢抜けた出来栄えを表す作域」[[c:2]]と評されるように、洗練された意匠と卓越した彫技が特徴である。特に高彫色絵の出来栄えは高く評価されており、金、銀、赤銅、素銅、四分一など多様な素材を駆使し、緻密で繊細な象嵌を施すことで、作品に豊かな色彩と立体感を与えている。また、鉄地への彫技にも優れ、「実に暢達な鏨さばき」[[c:3]]と評されるように、自在な彫口で対象の質感や動きを表現している。作には鐔、縁頭、小柄、笄などがあり、刀装具一式を手がけることもあった。
篤興は、幕末から明治にかけての大月派を代表する金工家の一人であり、その作品は、格調高く、品位に満ちている。NBTHKの説示においては、「名工の誉れが高い」[[c:4]]「上手であり、特に画題に勝れ、端的な彫り口で、品位の高い作を多く遺している」[[c:5]]と評されており、その技術の高さと芸術性が高く評価されていることが窺える。また、「写生派の本領が十分に発揮された」[[c:6]]と評されるように、対象を的確に捉え、写実的に表現する能力にも優れていた。その作風は、同時代の金工家たちにも影響を与え、後の時代にも高く評価されている。
篤興の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · 山城
現在21点販売中
大月派は江戸時代後期京都を中心に活躍した装剣金工の一派である。開祖大月光興は元禄期に京都に出て、横谷宗珉の高彫色絵の技法を学び、独自の作風を確立した。門人には川原林秀興、篠山篤興、天光堂秀国らがおり、特に秀興は師の技法を継承しながら大月派を隆盛に導いた。文化文政期には秀興の門下から松尾月山嘉六(金剛斎)が輩出され、大月派の伝統を幕末まで維持した。同派は赤銅・真鍮・鉄・四分一など多様な地金を用い、高彫色絵を駆使した華麗な作風で知られる。 大月派の技法的特徴は、精緻な魚子地に高肉彫と据紋を併用し、金や素銅による色絵を施す点にある。高肉彫には立体感豊かな鏨使いが見られ、特に動物の羽毛や龍の鱗など細部の表現に優れる。構図は大胆であり、広い鉄地空間と高彫部分の分量が絶妙な均衡を保つ。片切彫も併用し、人物・動植物・故事など幅広い画題を手掛ける。鐔の造形は竪丸形・葵形・撫角形など多様であり、打返耳に仕立てられるものが多い。地金の微妙な起伏により動静を表現し、彫刻と空間の対比によって主題を際立たせる手法は同派の真骨頂である。 大月派の作品は幕末京都の装剣金工を代表するものとして高く評価される。月山の「孔雀図鐔・縁頭」は魚子を微細に蒔き、据紋を一際高く据え、鏨使いの巧緻さと重厚な面持ちで孔雀の華麗さを極めている。「潜り龍図鐔」は蕩々と飛翔する金龍を生命力豊かに表し、鉄地の起伏と高肉彫の均衡が絶妙である。「衣川館図鐔」は前九年・後三年合戦の一場面を画題とし、両武者の微妙な状態の描写と館の細密な彫技が見事である。これら重要刀装指定作に見る通り、大月派は師流を忠実に継承しながら独自の境地を開き、京都金工の伝統を後世に伝えた。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトInspection period (per the shop's shipping policy): after receiving the item, each customer has two weeks for inspection. In that time you may decide to return it, and the item will be refunded in full. Shipping costs are not refunded. Returns (per the shop's refund policy): the policy lasts 30 days; once 30 days have passed since purchase, no refund or exchange is possible. To be eligible for a return, the item must be in the same condition in which it was received and in its original packaging. Customized products cannot be returned. In certain situations only a partial refund is granted. Return shipping is at the customer's expense, and shipping costs are non-refundable.
$2,600