説明

Stock number:KA-091325Paper(Certificate):[N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Bizen(Okayama)・Late Kamakura Period about 1319~Blade length(Cutting edge): 72.0cmCurve(SORI): 1.6cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 2.98cmThickness at the Moto-Kasane: 0.69cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.40cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: One part, gold foil HabakiSword tang(Nakago): Kattesagari file patternRivet Holes(Mekugiana): 2Length of Koshirae: about 101cmShape(Taihai): Shinogizukuri,Iorimune,Chu-kissakiEngraving: Bohi on each sideJigane(Hada): Ko-itame with Jinie and UtsuriTemper patterns(Hamon): Suguha style with Ko-gunome, Ko-chojiTemper patterns in the point(Bohshi): Notare then Komaru round tipRegistration Card: Osaka【Additional Information】鎌倉時代中期、備前国長船にて、巨匠光忠があらわれ、刀剣史上最も大きな流派である長船派が開かれます。同派は、同時期の蒙古襲来による刀剣需要に、大工房を構えて応えました。光忠の子である長光は、光忠の作風を踏襲した豪壮な姿に、丁子を主とした華やかな刃文の出来口、また焼幅を抑えて「用」に重きを置いた直調子のものまで作域広く示します。上述の需要のほか、朝廷・幕府などからの多数の要請に対し、長船派二代惣領として応えた名工であります。景光は、長船派嫡流、長光の子で、同派の三代目惣領です。作風は、身幅抑えて尋常もしくはやや細身の姿、重ね厚く、直刃や互の目を主体としたものがあります。また刃文に「片落ち互の目」という新たな様式を打ち出して、一世を風靡した名匠です。[国宝 備前国長船住景光/元亨二年五月日(号 小龍景光)(東京国立博物館蔵)]をはじめ、国指定の重要文化財や重要美術品などに名品が遺されます。光忠、長光、景光の三代にわたる名工により、長船派の基盤は揺るぎない確固たるものとなります。本刀体配は、刃長が二尺三寸八分、大磨上げながらも長さ十分で、身幅元先で確りとし、腰反りつき、中切っ先となる優美な刀姿を呈します。地鉄は、小板目肌鍛に処々肌が現れて、地沸細かに付き、映りが鮮明に立つ、繊細にして柔らかな肌を示します。刃文は、直ぐ調子に小互の目、小丁子、角張った刃などを交えて、総体細やかに変化する焼刃となり、小沸付き、匂深く明るく冴えます。帽子は湾れて先小丸に返ります。本作は、備前長船景光に鑑せられた逸品です。景光の作柄首肯される出来口で、深厚な気韻を湛えた同工の御刀でございます。白鞘、金着一重はばき、金梨地菊紋散蒔絵鞘糸巻太刀拵、特別保存刀剣鑑定書。

Katana [Mumei (Den Osafune Kagemitsu)] [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon Token
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Tokuho売切れ

Katana [Mumei (Den Osafune Kagemitsu)] [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon Token

売却済

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仕様

長さ

72 cm

反り

1.6 cm

元幅

2.98 cm

先幅

2.4 cm

作者について

Osafune Kagemitsu景光

3 国宝15 重要文化財18 重要美術品6 御物11 特別重要刀剣93 重要刀剣

景光は長船嫡流の三代目であり、長光の子、光忠の孫である。説明書はこれを端的に記して、「景光は、長光の子で長船三代目であり、片落ち互の目を完成したことで名高い」と言う。祖父が一門の華やかな規範を定め、父が頭の丸い丁子を与えたのに対し、景光は父の短刀にわずかに萌芽していた鋸歯状の刃を、一門最後の大きな創意へと結実させた。 まずその刃文で知れる。互の目の肩が段々に落ちる片落ち互の目は直刃を基調に焼かれ、足や丁子が逆がかり、刃の頭は丸からず角張る。この逆がかりこそ景光の見どころである。説明書はその手を一門中の穏やかなものとして、「作風は長光ほどに華やかなものは少なく、直刃仕立てに互の目を交えて逆がかるものや、片落ち互の目を主調に焼いたものなど、概して長光よりも穏やかな出来口である」と記す。短刀においてその刃文は最も整然となる。 地鉄もその精確さに見合う。板目・小板目はよく錬れてつみ、地沸は細かに、地景が入る。出来は穏やかながら、説明書はその鍛えを最も高く評して、「鍛えのよさに於いては、特に父を凌ぐほどのものが見られることが注目される」とする。地には父の流れるような乱れ映りに加え、最上の作では整然たる棒映りが立ち、段映りは青江の段映りに通うことがあって、ある特別重要刀剣は「青江の段映りの風情を示している」と評される。 帽子は刃文に従って静かである。短刀の帽子について、説明書は「帽子小さく乱れ込み、先表は小丸、裏尖りごころに返る」と記す。太刀でも浅くのたれた小丸が繰り返され、時に掃きかけを伴う。乱れの妙を刃中に委ね、帽子はあくまで抑えたものである。 作は造込みで截然と分かれる。短刀は整然たる片落ち互の目に、一門随一の華麗な彫物、すなわち梵字・倶利迦羅・三鈷剣の仏教彫刻を、祖父や父の及ばぬほど施し、太刀は直刃を基調として片落ちは一部分に留まる。また景光は鎌倉期屈指の年紀作の多さで知られ、在銘かつ年紀を備えた作の連なりは三十余年に及ぶ。父との対比として、説明書は「また長光には少ない短刀が多く現存していることも特色といえる」と記す。 景光は鎌倉備前を画する三代の弧を完成させる。祖父光忠が一門を興し、父長光が古典の規範を定め、景光が刃文と地鉄をその完成形へと至らしめ、作風を門人・近景へと渡した。近景の作は景光に近く、在銘の一部は近景の代銘とされる。収集の観点では、景光は藤代の極めで最上作、国宝三口、重要文化財十五口、特別重要刀剣十一口を数える。白眉は国宝の小龍景光であり、茎元に彫られた倶利迦羅の小さな龍にちなんで名づけられ、伝えに楠木正成の所持と言い、近代には明治天皇の蔵に入った。他の作も上杉謙信、徳川将軍家、伊達・前田・島津の諸家を経ている。三代の中で景光は最も詳らかに辿りうる工であり、その手は父にも祖父にも勝って、銘と年紀と彫物によって明らかである。

刀剣商

銀座誠友堂

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