NihontoWatch Mon

NihontoWatchBETA

マーケットオークション
事典
NihontoWatch Mon

NihontoWatchBETA

マーケットオークション
事典

説明

千子村正は、室町時代後期の伊勢国を代表する刀工で、同国桑名の地に在住した。現存する上限の年紀は文亀元年であり、以降も同名の継承が見られるが、通説では文亀を初代、天文を二代、天正を三代としており、その中、二代とされれているものが、最も技倆が優れ、作刀も多く現存し、且つ茎の銘字も流暢で巧みである。 村正の作刀は徳川家の忌避するところとなり、自然譜代の大名や幕臣の間には、帯用することを遠慮するようになったが、捨てきることは出来ず、なかには銘をつぶして全く無銘のようにしたものも多いが、改竄したものも多い。村正の「正」のみを残したもの、「正」の字を「忠」になおし「村忠」としたもの、「正」を「宗」になおして「村宗」としたもの、「正」字のみを残して「宗」字を足して「正宗」としたり、「広」字を足して「正広」としたり種々の例があって、当時の苦心のさまがうかがうことが出来るとともに、これ等によって封建時代の時代相の一端をも知ることが出来る貴重な資料である。 形状は、平造、三ツ棟、身幅尋常、重ねやや厚く、寸が伸びて、反り浅くつく。地鉄は、板目、少しく杢交じり、総じてやや肌立ちごころに、処々柾がかりながれごころに、地沸厚くつき、地景入り、鎺元より立ちあがった白気映り鮮明となっている。刃文は、のたれに互の目・小互の目交じり、部分的に三本杉風となり、足入り、匂本位に小沸つき、金筋入り、ささやかな砂流しかかる。茎は、生ぶ、刃方が下方向に行くに従って極端に幅が狭くなる独特な所謂タナゴ腹の形状に、先入山、鑢目切、目釘孔二となり、第一目釘孔が生ぶ孔と推察される。地刃共に健体にして地鉄にも緩みは少なく、映りが同工の作中でも比較的に鮮明であることが好ましく、刃文はゆったりとした湾れのなかに互の目・小互の目を交え、部分的には三本杉風となるなど変化に富んだ二代村正の優品である。 附帯する青貝縦篠塗鞘小サ刀拵は、金具を村正と同時代の室町後期~桃山期のもので揃えて、現代になってから数寄者が制作したものとなる。鐔・小柄・鐺は古金工、頭は美濃となり、作は各々が個性あるものであるが製作時代が同一であると不思議と拵えにしてみるとよく纏まるものである。刀身の村正ともよく調和して格調高い一品となっている。

NihontoWatch MonNihontoWatchBETA
MarketAuctionsEncyclopedia
刀剣›相州伝›村正›No.A00650 脇指 千子村正
脇差特別保存
村正

No.A00650 脇指 千子村正

在銘 · 室町 · 長さ 31.6cm · 反り 0.5cm

売却済
村正 — 1 of 14
村正 — 2 of 14
村正 — 3 of 14
村正 — 4 of 14
村正 — 5 of 14
村正 — 6 of 14
村正 — 7 of 14
村正 — 8 of 14
村正 — 9 of 14
村正 — 10 of 14
村正 — 11 of 14
村正 — 12 of 14
村正 — 13 of 14
村正 — 14 of 14
1 / 14
1 / 14
村正 — 1 of 14村正 — 2 of 14村正 — 3 of 14村正 — 4 of 14村正 — 5 of 14村正 — 6 of 14村正 — 7 of 14村正 — 8 of 14村正 — 9 of 14村正 — 10 of 14村正 — 11 of 14村正 — 12 of 14村正 — 13 of 14村正 — 14 of 14
法量・詳細
刀工
村正
種別
脇差
流派
Muramasa
活動期
1521–1528年頃(Taiei)
国
伊勢
銘
在銘(在銘率 98%)
法量
長さ 31.6cm反り 0.5cm元幅 2.75cm重ね 0.6cm
説明

千子村正は、室町時代後期の伊勢国を代表する刀工で、同国桑名の地に在住した。現存する上限の年紀は文亀元年であり、以降も同名の継承が見られるが、通説では文亀を初代、天文を二代、天正を三代としており、その中、二代とされれているものが、最も技倆が優れ、作刀も多く現存し、且つ茎の銘字も流暢で巧みである。 村正の作刀は徳川家の忌避するところとなり、自然譜代の大名や幕臣の間には、帯用することを遠慮するようになったが、捨てきることは出来ず、なかには銘をつぶして全く無銘のようにしたものも多いが、改竄したものも多い。村正の「正」のみを残したもの、「正」の字を「忠」になおし「村忠」としたもの、「正」を「宗」になおして「村宗」としたもの、「正」字のみを残して「宗」字を足して「正宗」としたり、「広」字を足して「正広」としたり種々の例があって、当時の苦心のさまがうかがうことが出来るとともに、これ等によって封建時代の時代相の一端をも知ることが出来る貴重な資料である。 形状は、平造、三ツ棟、身幅尋常、重ねやや厚く、寸が伸びて、反り浅くつく。地鉄は、板目、少しく杢交じり、総じてやや肌立ちごころに、処々柾がかりながれごころに、地沸厚くつき、地景入り、鎺元より立ちあがった白気映り鮮明となっている。刃文は、のたれに互の目・小互の目交じり、部分的に三本杉風となり、足入り、匂本位に小沸つき、金筋入り、ささやかな砂流しかかる。茎は、生ぶ、刃方が下方向に行くに従って極端に幅が狭くなる独特な所謂タナゴ腹の形状に、先入山、鑢目切、目釘孔二となり、第一目釘孔が生ぶ孔と推察される。地刃共に健体にして地鉄にも緩みは少なく、映りが同工の作中でも比較的に鮮明であることが好ましく、刃文はゆったりとした湾れのなかに互の目・小互の目を交え、部分的には三本杉風となるなど変化に富んだ二代村正の優品である。 附帯する青貝縦篠塗鞘小サ刀拵は、金具を村正と同時代の室町後期~桃山期のもので揃えて、現代になってから数寄者が制作したものとなる。鐔・小柄・鐺は古金工、頭は美濃となり、作は各々が個性あるものであるが製作時代が同一であると不思議と拵えにしてみるとよく纏まるものである。刀身の村正ともよく調和して格調高い一品となっている。

作者について

村正

Sengo (Ise) · 伊勢 · 1521-1528頃

藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位17%

現在1点販売中

›

村正は室町時代後期の伊勢国を代表する刀工で、桑名の地に在住した。現存する上限の年紀は文亀元年(一五〇一)で、それには「右衛門尉村正」と銘しており、説明書は「通説では文亀を初代、天文を二代、天正を三代としており、その中、二代とされているものが最も技術が優れ、作刀も多く現存し、且つ茎の銘字も流暢で巧みである」[[c:16]]と記す。本項はその二代、天文頃の村正であり、指定を受けた作は四十一口を数える。ある刀については「最も上手で世に知られている村正はこれである」[[c:3]]とまで評される。俗に正宗の弟子と伝えられた説を、説明書は「俗に正宗の弟子と伝えられたが不当」[[c:17]]と退け、実際の同時代の美濃・島田・京の刀工の間に位置づける。なお代別については確固とした説がないと添えるものがあり、古い説明書は永正・天文の年紀を二代に充てる。

その見どころとして説明書が筆頭に挙げるのは表裏の揃いである。すなわち「表裏の刃文が目立って揃うところが村正の特色であり」[[c:4]]、「箱がかった刃文や、乱れの谷が刃先に近くなる点も同工の見どころである」[[c:5]]という。本作風の刃文は互の目・のたれに箱がかった刃・複式互の目・尖り刃・山形の乱れを交え、乱れの頭が割れ、谷が刃先にせまる。匂口は締りごころに小沸が叢につき、時に沈みごころとなり、砂流しがしきりにかかる。帽子は乱れ込み、または直ぐに小丸、掃きかけて尖りごころとなり、返りは深く、棟焼に続くものもある。

これを載せる姿は、何よりも平造・三ツ棟の短刀と寸延びの小脇指で、身幅広く、反り浅く先反りがつき、フクラの枯れる室町後期の典型であり、内反りの小振りの一群も交じる。刀は寸の詰った先反りの強い打刀で、菖蒲造の作もある。鍛えは板目に流れ肌・柾ごころを交えてやや肌立ち、地沸がつき、白けごころのものが多い。茎は生ぶで下半が目立って細るたなご腹となり、「たなご腹も二代から殊に著しくなる」[[c:6]]と記され、太鏨大振りの二字銘を切る。その流暢で力強い銘字そのものが二代の見どころとされ、まれに「勢州桑名住村正作」[[c:7]]の長銘がある。指定作四十一口中四十口が在銘である。唯一の無銘は号「揚羽」の脇指で、生ぶ無銘ながら古く銘をすりつぶしたものと読まれて二代と極められ、本阿弥光徳指料と伝える。底銘でかすかに二字銘の残る脇指があり、その裏の金象嵌は大久保忠寛の題字であって極め銘ではない。短刀の一口には後嵌の金短冊銘「夢告」がある。

本則の傍らに作域が分かれる。中直刃・細直刃の穏やかな短刀があり、「来派の作などをねらったもので成功しており、間々同作にはこれがある」[[c:8]]と評される。刀では腰元に大互の目や箱がかった刃を焼き、上半を直刃調として下半と上半の焼刃を異にする。また飛焼・棟焼が盛んとなって皆焼風に至る一群があり、同工には珍しいとするものと、まま見られる出来とするものとが併存する。さらに槍が多く、素槍・大身槍・珍しい片鎌十文字槍を合わせて指定作中七口を占め、「槍の製作にも長じていた」[[c:9]]ことが知られるとされ、ある大身槍は「蓋し名槍と称すべきである」[[c:10]]と賞された。相州小田原鍛冶俊次・俊広との三人合作刀も現存し、資料的価値も高いと評される。

鑑定上の紛れについて説明書は率直である。「一見すると末関の兼定等に紛れる」[[c:11]]といい、兼芝の名も挙げ、島田物に似るとし、京の平安城長吉については「平安城長吉と酷似する」[[c:12]]とまでいい、何らかの関係があったと思われると添える。これらと分けるのが前述の見どころ、すなわち表裏の揃い、箱がかった刃、刃先にせまる乱れの谷、締りごころの匂口と叢沸、そしてたなご腹の茎と太鏨の銘字である。一門の正重・正眞は同様の作風を示すが、ここでも茎が決め手となり、村正の茎棟が角に切られるのに対して正重は丸く肉がつくとされる。皆焼は同工にあっては時折の作域に止まり、本領はあくまで表裏の揃う乱れ刃にある。

藤代の極めで上々作。二代の指定作は四十一口で、すべて重要刀剣であり、国宝・重要文化財に封ぜられたものはない。しかし銘を減らしたのは歴史そのものである。説明書は「徳川家に祟るとか、持主に祟るなど云う伝説があって、その為に無銘となったものが多い」[[c:13]]と記し、現存有銘の刀は比較的に稀であるという。名跡の行方についても説明書は分かれ、「徳川将軍家の忌避にふれてか名跡が絶えている」[[c:14]]とするものと、「同銘が相継ぎ新刀に及んでいる」[[c:15]]とするものが併存する。指定刀に博物館・神社の所蔵は録されておらず、伝来の列記もなく、記録の上では私蔵の間を伝わってきた。生ぶ茎にたなご腹、太鏨の二字銘を備えた二代村正が市に現れることは稀であり、多くの銘を消したその伝説こそが、遺された有銘作への求めを一層強くしている。

歴史的重要度

村正の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

各項目を選ぶと評価方法が表示されます。

指定の実績
指定41口
重要刀剣
41
村正の作 1点が現在販売中→
村正 — 詳細Sengo (Ise)派
流派について

村正

相州伝 · 伊勢

現在4点販売中

›

村正派は伊勢国桑名を本拠とし、室町時代後期から戦国の世にかけて栄えた一門である。現存する上限の年紀は文亀元年(一五〇一)で、「勢州桑名住右衛門尉藤原村正作」[[c:1]]と居住地・俗名・刀工銘を完備した長銘がこれを伝え、この定点から通説は文亀を初代、天文を二代、天正を三代とする。一門の祖たる初代村正がその名を負う作風を定め、技量最も優れ作刀も多く現存する天文頃の二代がこれを大成し、門には正重・正眞を出した。世に正宗の弟子と伝える俗説は早くより行われたが、年紀の記録を前に当を得ぬものとして退けられ、本派はあくまで室町末期近くにはじまる刀工と位置づけられる。その作風は美濃・島田・末相州と共通するところを持ち、なかでも京の平安城長吉と特に近く、長吉とは何らかの関係があったとも、師弟関係にあったとも説かれる。日蓮宗への帰依は鉄の上に直に読め、刃に妙法蓮華経の題目を切り、梵字・蓮台・八幡大菩薩を彫る作があることから、当時伊勢地方に同宗の信仰の少なくなかったことがうかがわれる。 本派を貫く第一の特色は、刃文の表裏が目立って揃うことである。互の目・のたれを基調に箱がかった刃を交え、乱れの谷が刃先にせまり、その乱れが表裏で鏡のように対応する。匂口は締りごころに小沸が叢につき、時に沈みごころとなって砂流しがしきりにかかる。帽子は直ぐに小丸、または乱れ込んで掃きかけ、覇気ある作では返りを深く棟焼に続ける。これを載せる姿は、平造・三ツ棟で身幅広く寸延びた短刀・小脇指、および寸の詰った先反りの強い打刀で、フクラの枯れる室町後期の典型を示す。鍛えは板目に流れ肌・柾ごころを交えてやや肌立ち、地沸つき、鉄色心持ち黒みがかって白けごころを帯びるものが多い。茎は生ぶで下半が著しく細るたなご腹となり、太鏨大振りの二字銘を切るのを常とする。一門のうちにも度合の差があり、初代村正の手が二様の銘と信仰の作に分かれるのに対し、二代はたなご腹と流暢な銘字が殊に著しい。正重は同じ千子の手をより肌立たせ、より強く沸づかせて放胆に開き、正眞はこれを引き締めて地肌が少しつむ傾向にあり、上半を穏やかな直刃に納める。皆焼はいずれの工にあっても時折の作域に止まり、本領はあくまで表裏の揃う乱れ刃にある。 鑑定の勘所は、まずこの表裏の揃いと、刃先にせまる乱れの谷、締りごころの匂口と叢沸、そしてたなご腹の茎と太鏨の銘字にある。一見すると末関の兼定・兼芝に紛れ、島田物に似、平安城長吉とは酷似するため、これらと分けるにはこの見どころに立ち返らねばならない。一門内では茎が決め手となり、村正の茎棟が角に切られるのに対し、正重はいかにも丸く肉がつくとされる。切れ味の評は古来高く、後の世にその作が忌まれた一因ともなった。すなわち徳川家に祟る、持主に祟るとの妖刀伝説が行われ、その忌避にふれて銘を消されたものが多く、現存有銘の刀は比較的に稀である。名跡の行方についても、忌避にふれて絶えたとする説と、同銘相継いで新刀に及んだとする説が併存する。伝来には大名家のものが残り、妙法蓮華経の刀は茎棟に銀象嵌「鍋信」とあって鍋島信濃守勝茂の所持と伝え、初代の脇指の一口は織田信長の指料と伝えて織田木瓜紋の合口を附し、正眞の一刀は将軍より拝領して水野家に下る。この水野家の刀は伊勢を憚って「山城国正真」と国名を改めて切られ、その隠された出自そのものが妖刀の評の重さを物語る。後の世がその名を消そうとした工の作であればこそ、年紀確かで表裏の揃う村正一門の作が世に現れることは、一箇の画期として今に求められている。

5名の刀工指定75口
主要刀工
刀工時代指定
村正1521-152841
村正1501-152117
正重1521-152812
正眞1501-15044
村正1573-15920
村正流派を見る →
NBTHK鑑定書
Tokubetsu Hozon Tōken特別保存刀剣
Sword Especially Worthy of Preservation
›

保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。

NBTHKについて›

日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。

NBTHK公式サイト→
販売店
つ
つるぎの屋
🇯🇵日本から発送
›
✓認証販売店tsuruginoya.com
✓海外発送可✓英語対応銀行振込PayPalクレジットカード
返品ポリシー

クーリングオフは商品到着後8日以内にお願い致します。②返品送料はお客様でご負担ください。⑥お届け先が海外の場合は、ご返品・ご返金は致しかねます。

つるぎの屋の出品一覧を見る→販売店サイトでこの商品を見る→

村正の他の作

すべて見る →
明倫産業
特別貴重
Tanto - Tokubetsu Kichō - by Muramasa - 村正(妖刀村正) MuramasaTanto - Tokubetsu Kichō - by Muramasa - 村正(妖刀村正) Muramasa

短刀

作村正
27cm·室町
¥2,600,000

村正の売約済み

コレクション情報
保存
Tanto - Hozon - by Muramasa - 薙刀直し脇差し 無銘(伝岩戸一文字) Tanto:MuramasaTanto - Hozon - by Muramasa - 薙刀直し脇差し 無銘(伝岩戸一文字) Tanto:Muramasa
売切れ

短刀

作村正
29.7cm·Taiei (1521-1528)
売却済
成蹊堂
特別保存
Tanto - Tokuho - by Muramasa - 村正Tanto - Tokuho - by Muramasa - 村正
売切れ

短刀

作村正
31.5cm·Bunki (1501-1504)
売却済
つるぎの屋
保存
Tanto - Hozon - by Muramasa - 短刀 千子村正Tanto - Hozon - by Muramasa - 短刀 千子村正
売切れ

短刀

作村正
28cm·室町
売却済
永楽堂
特別保存
Tanto - Tokuho - by Muramasa - 村正 短刀 特別保存刀剣Tanto - Tokuho - by Muramasa - 村正 短刀 特別保存刀剣
売切れ

短刀

作村正
22.5cm·室町
売却済
銀座盛光堂
特別保存
Yari - Tokuho - by Muramasa - 大身槍 銘 村正Yari - Tokuho - by Muramasa - 大身槍 銘 村正
売切れ

槍

作村正
57.8cm·室町
売却済
Nihonto Art
保存
Tanto - Hozon - by Muramasa - 村正 仕込み杖 - 日本刀美術Tanto - Hozon - by Muramasa - 村正 仕込み杖 - 日本刀美術
売切れ

短刀

作村正
28.15cm·Taiei (1521-1528)
売却済
永楽堂
保存
Katana - Hozon - by Muramasa - 村正 刀 保存刀剣Katana - Hozon - by Muramasa - 村正 刀 保存刀剣
売切れ

刀

作村正
64cm·室町
売却済

相州の伝統

すべて見る →
Katana Yamadaiya
特別保存
Katana - Tokuho - by Sa Kunihiro - 特別保存刀剣 無銘(伝 左国弘)Katana - Tokuho - by Sa Kunihiro - 特別保存刀剣 無銘(伝 左国弘)

刀

作國弘
64.2cm·Shohei (1346-1370)
¥1,650,000
宝刀堂
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Sa Kunihiro - 無銘 伝左国弘Wakizashi - Tokuho - by Sa Kunihiro - 無銘 伝左国弘

脇差

作國弘
37.5cm·Shohei (1346-1370)
¥1,500,000
葵美術
重要
Tachi - Jūyō - by Soshu Tametsugu - 太刀:無銘(伝為継)(第50回重要刀剣)Tachi - Jūyō - by Soshu Tametsugu - 太刀:無銘(伝為継)(第50回重要刀剣)

太刀

作爲繼
70cm·南北朝
開始価格¥4,200,000
葵美術
特別保存
Katana - Tokuho - by Gō Yoshihiro - 刀:無銘 伝(郷)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Katana - Tokuho - by Gō Yoshihiro - 刀:無銘 伝(郷)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

刀

作義弘
73cm·鎌倉
¥35,000,000
つるぎの屋
特重
Katana - Tokuju - by Soshu Yukimitsu - 刀 相州行光Katana - Tokuju - by Soshu Yukimitsu - 刀 相州行光

刀

作行光
72.2cm·鎌倉
お問い合わせ
永楽堂
特別保存
Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 新藤五国光 刀 特別保存刀剣Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 新藤五国光 刀 特別保存刀剣

刀

作國光
63.1cm·鎌倉
¥7,500,000
Nihon Art
重要
Katana - Jūyō - by Soshu Norishige - 重要刀剣 越中則重 刀 本阿弥光忠金象嵌銘Katana - Jūyō - by Soshu Norishige - 重要刀剣 越中則重 刀 本阿弥光忠金象嵌銘

刀

作則重
鎌倉
お問い合わせ
銀座長州屋
重要
Tanto - Jūyō - by Soshu Norishige - 短刀 生ぶ茎無銘 則重Tanto - Jūyō - by Soshu Norishige - 短刀 生ぶ茎無銘 則重

短刀

作則重
18cm·鎌倉
¥6,500,000

刀剣

  • 刀
  • 脇差
  • 短刀
  • 太刀
  • 薙刀
  • 槍

刀装具

  • 鍔
  • 縁頭
  • 小柄
  • 目貫

鑑定別

  • 特重
  • 重要
  • 特別保存
  • 保存

リソース

  • 刀剣商一覧
  • 刀工一覧
  • すべて見る
Nihontowatch© 2026
利用規約プライバシーCookie運営者情報

説明

千子村正は、室町時代後期の伊勢国を代表する刀工で、同国桑名の地に在住した。現存する上限の年紀は文亀元年であり、以降も同名の継承が見られるが、通説では文亀を初代、天文を二代、天正を三代としており、その中、二代とされれているものが、最も技倆が優れ、作刀も多く現存し、且つ茎の銘字も流暢で巧みである。 村正の作刀は徳川家の忌避するところとなり、自然譜代の大名や幕臣の間には、帯用することを遠慮するようになったが、捨てきることは出来ず、なかには銘をつぶして全く無銘のようにしたものも多いが、改竄したものも多い。村正の「正」のみを残したもの、「正」の字を「忠」になおし「村忠」としたもの、「正」を「宗」になおして「村宗」としたもの、「正」字のみを残して「宗」字を足して「正宗」としたり、「広」字を足して「正広」としたり種々の例があって、当時の苦心のさまがうかがうことが出来るとともに、これ等によって封建時代の時代相の一端をも知ることが出来る貴重な資料である。 形状は、平造、三ツ棟、身幅尋常、重ねやや厚く、寸が伸びて、反り浅くつく。地鉄は、板目、少しく杢交じり、総じてやや肌立ちごころに、処々柾がかりながれごころに、地沸厚くつき、地景入り、鎺元より立ちあがった白気映り鮮明となっている。刃文は、のたれに互の目・小互の目交じり、部分的に三本杉風となり、足入り、匂本位に小沸つき、金筋入り、ささやかな砂流しかかる。茎は、生ぶ、刃方が下方向に行くに従って極端に幅が狭くなる独特な所謂タナゴ腹の形状に、先入山、鑢目切、目釘孔二となり、第一目釘孔が生ぶ孔と推察される。地刃共に健体にして地鉄にも緩みは少なく、映りが同工の作中でも比較的に鮮明であることが好ましく、刃文はゆったりとした湾れのなかに互の目・小互の目を交え、部分的には三本杉風となるなど変化に富んだ二代村正の優品である。 附帯する青貝縦篠塗鞘小サ刀拵は、金具を村正と同時代の室町後期~桃山期のもので揃えて、現代になってから数寄者が制作したものとなる。鐔・小柄・鐺は古金工、頭は美濃となり、作は各々が個性あるものであるが製作時代が同一であると不思議と拵えにしてみるとよく纏まるものである。刀身の村正ともよく調和して格調高い一品となっている。

NihontoWatch MonNihontoWatchBETA
MarketAuctionsEncyclopedia
刀剣›相州伝›村正›No.A00650 脇指 千子村正
脇差特別保存
村正

No.A00650 脇指 千子村正

在銘 · 室町 · 長さ 31.6cm · 反り 0.5cm

売却済
村正 — 1 of 14
村正 — 2 of 14
村正 — 3 of 14
村正 — 4 of 14
村正 — 5 of 14
村正 — 6 of 14
村正 — 7 of 14
村正 — 8 of 14
村正 — 9 of 14
村正 — 10 of 14
村正 — 11 of 14
村正 — 12 of 14
村正 — 13 of 14
村正 — 14 of 14
1 / 14
1 / 14
村正 — 1 of 14村正 — 2 of 14村正 — 3 of 14村正 — 4 of 14村正 — 5 of 14村正 — 6 of 14村正 — 7 of 14村正 — 8 of 14村正 — 9 of 14村正 — 10 of 14村正 — 11 of 14村正 — 12 of 14村正 — 13 of 14村正 — 14 of 14
法量・詳細
刀工
村正
種別
脇差
流派
Muramasa
活動期
1521–1528年頃(Taiei)
国
伊勢
銘
在銘(在銘率 98%)
法量
長さ 31.6cm反り 0.5cm元幅 2.75cm重ね 0.6cm
説明

千子村正は、室町時代後期の伊勢国を代表する刀工で、同国桑名の地に在住した。現存する上限の年紀は文亀元年であり、以降も同名の継承が見られるが、通説では文亀を初代、天文を二代、天正を三代としており、その中、二代とされれているものが、最も技倆が優れ、作刀も多く現存し、且つ茎の銘字も流暢で巧みである。 村正の作刀は徳川家の忌避するところとなり、自然譜代の大名や幕臣の間には、帯用することを遠慮するようになったが、捨てきることは出来ず、なかには銘をつぶして全く無銘のようにしたものも多いが、改竄したものも多い。村正の「正」のみを残したもの、「正」の字を「忠」になおし「村忠」としたもの、「正」を「宗」になおして「村宗」としたもの、「正」字のみを残して「宗」字を足して「正宗」としたり、「広」字を足して「正広」としたり種々の例があって、当時の苦心のさまがうかがうことが出来るとともに、これ等によって封建時代の時代相の一端をも知ることが出来る貴重な資料である。 形状は、平造、三ツ棟、身幅尋常、重ねやや厚く、寸が伸びて、反り浅くつく。地鉄は、板目、少しく杢交じり、総じてやや肌立ちごころに、処々柾がかりながれごころに、地沸厚くつき、地景入り、鎺元より立ちあがった白気映り鮮明となっている。刃文は、のたれに互の目・小互の目交じり、部分的に三本杉風となり、足入り、匂本位に小沸つき、金筋入り、ささやかな砂流しかかる。茎は、生ぶ、刃方が下方向に行くに従って極端に幅が狭くなる独特な所謂タナゴ腹の形状に、先入山、鑢目切、目釘孔二となり、第一目釘孔が生ぶ孔と推察される。地刃共に健体にして地鉄にも緩みは少なく、映りが同工の作中でも比較的に鮮明であることが好ましく、刃文はゆったりとした湾れのなかに互の目・小互の目を交え、部分的には三本杉風となるなど変化に富んだ二代村正の優品である。 附帯する青貝縦篠塗鞘小サ刀拵は、金具を村正と同時代の室町後期~桃山期のもので揃えて、現代になってから数寄者が制作したものとなる。鐔・小柄・鐺は古金工、頭は美濃となり、作は各々が個性あるものであるが製作時代が同一であると不思議と拵えにしてみるとよく纏まるものである。刀身の村正ともよく調和して格調高い一品となっている。

作者について

村正

Sengo (Ise) · 伊勢 · 1521-1528頃

藤代 Jo-jo saku · 刀剣大鑑 上位17%

現在1点販売中

›

村正は室町時代後期の伊勢国を代表する刀工で、桑名の地に在住した。現存する上限の年紀は文亀元年(一五〇一)で、それには「右衛門尉村正」と銘しており、説明書は「通説では文亀を初代、天文を二代、天正を三代としており、その中、二代とされているものが最も技術が優れ、作刀も多く現存し、且つ茎の銘字も流暢で巧みである」[[c:16]]と記す。本項はその二代、天文頃の村正であり、指定を受けた作は四十一口を数える。ある刀については「最も上手で世に知られている村正はこれである」[[c:3]]とまで評される。俗に正宗の弟子と伝えられた説を、説明書は「俗に正宗の弟子と伝えられたが不当」[[c:17]]と退け、実際の同時代の美濃・島田・京の刀工の間に位置づける。なお代別については確固とした説がないと添えるものがあり、古い説明書は永正・天文の年紀を二代に充てる。

その見どころとして説明書が筆頭に挙げるのは表裏の揃いである。すなわち「表裏の刃文が目立って揃うところが村正の特色であり」[[c:4]]、「箱がかった刃文や、乱れの谷が刃先に近くなる点も同工の見どころである」[[c:5]]という。本作風の刃文は互の目・のたれに箱がかった刃・複式互の目・尖り刃・山形の乱れを交え、乱れの頭が割れ、谷が刃先にせまる。匂口は締りごころに小沸が叢につき、時に沈みごころとなり、砂流しがしきりにかかる。帽子は乱れ込み、または直ぐに小丸、掃きかけて尖りごころとなり、返りは深く、棟焼に続くものもある。

これを載せる姿は、何よりも平造・三ツ棟の短刀と寸延びの小脇指で、身幅広く、反り浅く先反りがつき、フクラの枯れる室町後期の典型であり、内反りの小振りの一群も交じる。刀は寸の詰った先反りの強い打刀で、菖蒲造の作もある。鍛えは板目に流れ肌・柾ごころを交えてやや肌立ち、地沸がつき、白けごころのものが多い。茎は生ぶで下半が目立って細るたなご腹となり、「たなご腹も二代から殊に著しくなる」[[c:6]]と記され、太鏨大振りの二字銘を切る。その流暢で力強い銘字そのものが二代の見どころとされ、まれに「勢州桑名住村正作」[[c:7]]の長銘がある。指定作四十一口中四十口が在銘である。唯一の無銘は号「揚羽」の脇指で、生ぶ無銘ながら古く銘をすりつぶしたものと読まれて二代と極められ、本阿弥光徳指料と伝える。底銘でかすかに二字銘の残る脇指があり、その裏の金象嵌は大久保忠寛の題字であって極め銘ではない。短刀の一口には後嵌の金短冊銘「夢告」がある。

本則の傍らに作域が分かれる。中直刃・細直刃の穏やかな短刀があり、「来派の作などをねらったもので成功しており、間々同作にはこれがある」[[c:8]]と評される。刀では腰元に大互の目や箱がかった刃を焼き、上半を直刃調として下半と上半の焼刃を異にする。また飛焼・棟焼が盛んとなって皆焼風に至る一群があり、同工には珍しいとするものと、まま見られる出来とするものとが併存する。さらに槍が多く、素槍・大身槍・珍しい片鎌十文字槍を合わせて指定作中七口を占め、「槍の製作にも長じていた」[[c:9]]ことが知られるとされ、ある大身槍は「蓋し名槍と称すべきである」[[c:10]]と賞された。相州小田原鍛冶俊次・俊広との三人合作刀も現存し、資料的価値も高いと評される。

鑑定上の紛れについて説明書は率直である。「一見すると末関の兼定等に紛れる」[[c:11]]といい、兼芝の名も挙げ、島田物に似るとし、京の平安城長吉については「平安城長吉と酷似する」[[c:12]]とまでいい、何らかの関係があったと思われると添える。これらと分けるのが前述の見どころ、すなわち表裏の揃い、箱がかった刃、刃先にせまる乱れの谷、締りごころの匂口と叢沸、そしてたなご腹の茎と太鏨の銘字である。一門の正重・正眞は同様の作風を示すが、ここでも茎が決め手となり、村正の茎棟が角に切られるのに対して正重は丸く肉がつくとされる。皆焼は同工にあっては時折の作域に止まり、本領はあくまで表裏の揃う乱れ刃にある。

藤代の極めで上々作。二代の指定作は四十一口で、すべて重要刀剣であり、国宝・重要文化財に封ぜられたものはない。しかし銘を減らしたのは歴史そのものである。説明書は「徳川家に祟るとか、持主に祟るなど云う伝説があって、その為に無銘となったものが多い」[[c:13]]と記し、現存有銘の刀は比較的に稀であるという。名跡の行方についても説明書は分かれ、「徳川将軍家の忌避にふれてか名跡が絶えている」[[c:14]]とするものと、「同銘が相継ぎ新刀に及んでいる」[[c:15]]とするものが併存する。指定刀に博物館・神社の所蔵は録されておらず、伝来の列記もなく、記録の上では私蔵の間を伝わってきた。生ぶ茎にたなご腹、太鏨の二字銘を備えた二代村正が市に現れることは稀であり、多くの銘を消したその伝説こそが、遺された有銘作への求めを一層強くしている。

歴史的重要度

村正の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。

随一
随一
屈指
屈指
有数
有数
著名
著名

各項目を選ぶと評価方法が表示されます。

指定の実績
指定41口
重要刀剣
41
村正の作 1点が現在販売中→
村正 — 詳細Sengo (Ise)派
流派について

村正

相州伝 · 伊勢

現在4点販売中

›

村正派は伊勢国桑名を本拠とし、室町時代後期から戦国の世にかけて栄えた一門である。現存する上限の年紀は文亀元年(一五〇一)で、「勢州桑名住右衛門尉藤原村正作」[[c:1]]と居住地・俗名・刀工銘を完備した長銘がこれを伝え、この定点から通説は文亀を初代、天文を二代、天正を三代とする。一門の祖たる初代村正がその名を負う作風を定め、技量最も優れ作刀も多く現存する天文頃の二代がこれを大成し、門には正重・正眞を出した。世に正宗の弟子と伝える俗説は早くより行われたが、年紀の記録を前に当を得ぬものとして退けられ、本派はあくまで室町末期近くにはじまる刀工と位置づけられる。その作風は美濃・島田・末相州と共通するところを持ち、なかでも京の平安城長吉と特に近く、長吉とは何らかの関係があったとも、師弟関係にあったとも説かれる。日蓮宗への帰依は鉄の上に直に読め、刃に妙法蓮華経の題目を切り、梵字・蓮台・八幡大菩薩を彫る作があることから、当時伊勢地方に同宗の信仰の少なくなかったことがうかがわれる。 本派を貫く第一の特色は、刃文の表裏が目立って揃うことである。互の目・のたれを基調に箱がかった刃を交え、乱れの谷が刃先にせまり、その乱れが表裏で鏡のように対応する。匂口は締りごころに小沸が叢につき、時に沈みごころとなって砂流しがしきりにかかる。帽子は直ぐに小丸、または乱れ込んで掃きかけ、覇気ある作では返りを深く棟焼に続ける。これを載せる姿は、平造・三ツ棟で身幅広く寸延びた短刀・小脇指、および寸の詰った先反りの強い打刀で、フクラの枯れる室町後期の典型を示す。鍛えは板目に流れ肌・柾ごころを交えてやや肌立ち、地沸つき、鉄色心持ち黒みがかって白けごころを帯びるものが多い。茎は生ぶで下半が著しく細るたなご腹となり、太鏨大振りの二字銘を切るのを常とする。一門のうちにも度合の差があり、初代村正の手が二様の銘と信仰の作に分かれるのに対し、二代はたなご腹と流暢な銘字が殊に著しい。正重は同じ千子の手をより肌立たせ、より強く沸づかせて放胆に開き、正眞はこれを引き締めて地肌が少しつむ傾向にあり、上半を穏やかな直刃に納める。皆焼はいずれの工にあっても時折の作域に止まり、本領はあくまで表裏の揃う乱れ刃にある。 鑑定の勘所は、まずこの表裏の揃いと、刃先にせまる乱れの谷、締りごころの匂口と叢沸、そしてたなご腹の茎と太鏨の銘字にある。一見すると末関の兼定・兼芝に紛れ、島田物に似、平安城長吉とは酷似するため、これらと分けるにはこの見どころに立ち返らねばならない。一門内では茎が決め手となり、村正の茎棟が角に切られるのに対し、正重はいかにも丸く肉がつくとされる。切れ味の評は古来高く、後の世にその作が忌まれた一因ともなった。すなわち徳川家に祟る、持主に祟るとの妖刀伝説が行われ、その忌避にふれて銘を消されたものが多く、現存有銘の刀は比較的に稀である。名跡の行方についても、忌避にふれて絶えたとする説と、同銘相継いで新刀に及んだとする説が併存する。伝来には大名家のものが残り、妙法蓮華経の刀は茎棟に銀象嵌「鍋信」とあって鍋島信濃守勝茂の所持と伝え、初代の脇指の一口は織田信長の指料と伝えて織田木瓜紋の合口を附し、正眞の一刀は将軍より拝領して水野家に下る。この水野家の刀は伊勢を憚って「山城国正真」と国名を改めて切られ、その隠された出自そのものが妖刀の評の重さを物語る。後の世がその名を消そうとした工の作であればこそ、年紀確かで表裏の揃う村正一門の作が世に現れることは、一箇の画期として今に求められている。

5名の刀工指定75口
主要刀工
刀工時代指定
村正1521-152841
村正1501-152117
正重1521-152812
正眞1501-15044
村正1573-15920
村正流派を見る →
NBTHK鑑定書
Tokubetsu Hozon Tōken特別保存刀剣
Sword Especially Worthy of Preservation
›

保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。

NBTHKについて›

日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。

NBTHK公式サイト→
販売店
つ
つるぎの屋
🇯🇵日本から発送
›
✓認証販売店tsuruginoya.com
✓海外発送可✓英語対応銀行振込PayPalクレジットカード
返品ポリシー

クーリングオフは商品到着後8日以内にお願い致します。②返品送料はお客様でご負担ください。⑥お届け先が海外の場合は、ご返品・ご返金は致しかねます。

つるぎの屋の出品一覧を見る→販売店サイトでこの商品を見る→

村正の他の作

すべて見る →
明倫産業
特別貴重
Tanto - Tokubetsu Kichō - by Muramasa - 村正(妖刀村正) MuramasaTanto - Tokubetsu Kichō - by Muramasa - 村正(妖刀村正) Muramasa

短刀

作村正
27cm·室町
¥2,600,000

村正の売約済み

コレクション情報
保存
Tanto - Hozon - by Muramasa - 薙刀直し脇差し 無銘(伝岩戸一文字) Tanto:MuramasaTanto - Hozon - by Muramasa - 薙刀直し脇差し 無銘(伝岩戸一文字) Tanto:Muramasa
売切れ

短刀

作村正
29.7cm·Taiei (1521-1528)
売却済
成蹊堂
特別保存
Tanto - Tokuho - by Muramasa - 村正Tanto - Tokuho - by Muramasa - 村正
売切れ

短刀

作村正
31.5cm·Bunki (1501-1504)
売却済
つるぎの屋
保存
Tanto - Hozon - by Muramasa - 短刀 千子村正Tanto - Hozon - by Muramasa - 短刀 千子村正
売切れ

短刀

作村正
28cm·室町
売却済
永楽堂
特別保存
Tanto - Tokuho - by Muramasa - 村正 短刀 特別保存刀剣Tanto - Tokuho - by Muramasa - 村正 短刀 特別保存刀剣
売切れ

短刀

作村正
22.5cm·室町
売却済
銀座盛光堂
特別保存
Yari - Tokuho - by Muramasa - 大身槍 銘 村正Yari - Tokuho - by Muramasa - 大身槍 銘 村正
売切れ

槍

作村正
57.8cm·室町
売却済
Nihonto Art
保存
Tanto - Hozon - by Muramasa - 村正 仕込み杖 - 日本刀美術Tanto - Hozon - by Muramasa - 村正 仕込み杖 - 日本刀美術
売切れ

短刀

作村正
28.15cm·Taiei (1521-1528)
売却済
永楽堂
保存
Katana - Hozon - by Muramasa - 村正 刀 保存刀剣Katana - Hozon - by Muramasa - 村正 刀 保存刀剣
売切れ

刀

作村正
64cm·室町
売却済

相州の伝統

すべて見る →
Katana Yamadaiya
特別保存
Katana - Tokuho - by Sa Kunihiro - 特別保存刀剣 無銘(伝 左国弘)Katana - Tokuho - by Sa Kunihiro - 特別保存刀剣 無銘(伝 左国弘)

刀

作國弘
64.2cm·Shohei (1346-1370)
¥1,650,000
宝刀堂
特別保存
Wakizashi - Tokuho - by Sa Kunihiro - 無銘 伝左国弘Wakizashi - Tokuho - by Sa Kunihiro - 無銘 伝左国弘

脇差

作國弘
37.5cm·Shohei (1346-1370)
¥1,500,000
葵美術
重要
Tachi - Jūyō - by Soshu Tametsugu - 太刀:無銘(伝為継)(第50回重要刀剣)Tachi - Jūyō - by Soshu Tametsugu - 太刀:無銘(伝為継)(第50回重要刀剣)

太刀

作爲繼
70cm·南北朝
開始価格¥4,200,000
葵美術
特別保存
Katana - Tokuho - by Gō Yoshihiro - 刀:無銘 伝(郷)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)Katana - Tokuho - by Gō Yoshihiro - 刀:無銘 伝(郷)(日本美術刀剣保存協会 特別保存刀剣)

刀

作義弘
73cm·鎌倉
¥35,000,000
つるぎの屋
特重
Katana - Tokuju - by Soshu Yukimitsu - 刀 相州行光Katana - Tokuju - by Soshu Yukimitsu - 刀 相州行光

刀

作行光
72.2cm·鎌倉
お問い合わせ
永楽堂
特別保存
Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 新藤五国光 刀 特別保存刀剣Katana - Tokuho - by Shintogo Kunimitsu - 新藤五国光 刀 特別保存刀剣

刀

作國光
63.1cm·鎌倉
¥7,500,000
Nihon Art
重要
Katana - Jūyō - by Soshu Norishige - 重要刀剣 越中則重 刀 本阿弥光忠金象嵌銘Katana - Jūyō - by Soshu Norishige - 重要刀剣 越中則重 刀 本阿弥光忠金象嵌銘

刀

作則重
鎌倉
お問い合わせ
銀座長州屋
重要
Tanto - Jūyō - by Soshu Norishige - 短刀 生ぶ茎無銘 則重Tanto - Jūyō - by Soshu Norishige - 短刀 生ぶ茎無銘 則重

短刀

作則重
18cm·鎌倉
¥6,500,000

刀剣

  • 刀
  • 脇差
  • 短刀
  • 太刀
  • 薙刀
  • 槍

刀装具

  • 鍔
  • 縁頭
  • 小柄
  • 目貫

鑑定別

  • 特重
  • 重要
  • 特別保存
  • 保存

リソース

  • 刀剣商一覧
  • 刀工一覧
  • すべて見る
Nihontowatch© 2026
利用規約プライバシーCookie運営者情報
NihontoWatch Mon

NihontoWatchBETA

マーケットオークション
事典
NihontoWatch Mon

NihontoWatchBETA

マーケットオークション
事典