説明

遂に出ました妖刀村正の典型作短刀、銘も鮮明で、この度鑑定が付いたばかりの激生ぶ品です。 近年、兎にも角にも人気が高く、引く手数多の千子村正、徳川家に多くの禍をもたらしたことから、『抜けば血を見ずには治まらぬ妖刀村正』と恐れられ、江戸時代には大名、旗本も所持することを禁じられたと伝わっています。 そして何と言っても万人を魅了して止まないのが、その凄まじい斬れ味、過去の業物位列に於いては、徳川家に忖度したためか入っていません。ただ一説によると、長曽祢虎徹以上と評されており、本来であれば間違いなく最上大業物です。 同銘が数代に渡りますが、特に初二代が有名で、初代を文亀、二代を天文頃としています。初二代の代別は、その銘振り、作風、茎仕立て等によって明確に区別することが出来ます。 本作は、二代村正、寸法九寸八分強の三つ棟短刀、茎の形が典型的なタナゴ腹、 銘も鮮明です。村正は意外と銘が荒れていたりすることもありますので、これは大きなポイントです。 小板目に板目交じりの地鉄は、所々流れて肌立ち、地色やや黒み勝ち、ほのかに白け心があり、互の目、箱掛かった刃、小互の目、湾れを交えた刃は、焼きに高低があり、表裏の刃文比較的良く揃い、刃縁匂い勝ちに小沸付き、やや沈み勝ちに締まっています。 湾れと互の目を織り交ぜた刃文が表裏良く揃い、互の目の谷部分がやや欠け出し気味となるなど、姿、出来からして、銘を見なくても村正と分かります。 鍛え肌、研ぎ減りも少しありますが、そこは村正の短刀というブランド力でカバー、加えて茎が良いです。正に『茎千両』。 正直申しまして、村正株はまだまだ上がります。買うなら今です。 商品番号:Q-274 短刀 村正 保存刀剣鑑定書及び特別貴重刀剣認定書付き 価格: ¥6,500,000 (税込) 販売期間: 数量: 振 在庫: ○ 在庫 ○ 返品についての詳細はこちら お買いものガイド 月刊コレクション情報 2026年6月号 (5/22発送) 会員の方のみご覧いただけます 月刊コレクション情報最新号の裏表紙に記載されているユーザー名とパスワードを入力して下さい。 見本誌請求(無料)はこちらから 最新情報をいち早くお届けいたします! 無題ドキュメント 刀剣・槍 販売品一覧 太刀 刀 脇差 短刀 薙刀・槍 刀装具 販売品一覧 鐔 小柄 目貫 縁頭 拵え 火縄銃 特別重要・重要刀剣一覧 特別保存刀剣一覧 保存刀剣一覧 売却済み商品 <ごあいさつ> コレクション情報のホームページをご覧いただきありがとうございます!営業本部長の小牧です。お目当ての刀のお探しや、加工・製作のご相談など、なんでもお気軽にご連絡下さい! (株)コレクション情報 〒500-8258岐阜県岐阜市西川手7丁目89TEL.058-274-1960FAX.058-273-7369 カレンダー ■今日 ■定休日 ■展示会 営業時間 9:00~18:00 FAX/メールは24時間受け付けております。 会社へお越しの際はご一報ください。 リンク 伊豆 伊東 浮山温泉 高級旅館

薙刀直し脇差し 無銘(伝岩戸一文字) Tanto:Muramasa
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Hozon売切れ

薙刀直し脇差し 無銘(伝岩戸一文字) Tanto:Muramasa

短刀

売却済

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仕様

長さ

29.7 cm

反り

0.3 cm

元幅

2.77 cm

作者について

Muramasa村正

41 重要刀剣

村正は室町時代後期の伊勢国を代表する刀工で、桑名の地に在住した。現存する上限の年紀は文亀元年(一五〇一)で、それには「右衛門尉村正」と銘しており、説明書は「通説では文亀を初代、天文を二代、天正を三代としており、その中、二代とされているものが最も技術が優れ、作刀も多く現存し、且つ茎の銘字も流暢で巧みである」と記す。本項はその二代、天文頃の村正であり、指定を受けた作は四十一口を数える。ある刀については「最も上手で世に知られている村正はこれである」とまで評される。俗に正宗の弟子と伝えられた説を、説明書は「俗に正宗の弟子と伝えられたが不当」と退け、実際の同時代の美濃・島田・京の刀工の間に位置づける。なお代別については確固とした説がないと添えるものがあり、古い説明書は永正・天文の年紀を二代に充てる。 その見どころとして説明書が筆頭に挙げるのは表裏の揃いである。すなわち「表裏の刃文が目立って揃うところが村正の特色であり」、「箱がかった刃文や、乱れの谷が刃先に近くなる点も同工の見どころである」という。本作風の刃文は互の目・のたれに箱がかった刃・複式互の目・尖り刃・山形の乱れを交え、乱れの頭が割れ、谷が刃先にせまる。匂口は締りごころに小沸が叢につき、時に沈みごころとなり、砂流しがしきりにかかる。帽子は乱れ込み、または直ぐに小丸、掃きかけて尖りごころとなり、返りは深く、棟焼に続くものもある。 これを載せる姿は、何よりも平造・三ツ棟の短刀と寸延びの小脇指で、身幅広く、反り浅く先反りがつき、フクラの枯れる室町後期の典型であり、内反りの小振りの一群も交じる。刀は寸の詰った先反りの強い打刀で、菖蒲造の作もある。鍛えは板目に流れ肌・柾ごころを交えてやや肌立ち、地沸がつき、白けごころのものが多い。茎は生ぶで下半が目立って細るたなご腹となり、「たなご腹も二代から殊に著しくなる」と記され、太鏨大振りの二字銘を切る。その流暢で力強い銘字そのものが二代の見どころとされ、まれに「勢州桑名住村正作」の長銘がある。指定作四十一口中四十口が在銘である。唯一の無銘は号「揚羽」の脇指で、生ぶ無銘ながら古く銘をすりつぶしたものと読まれて二代と極められ、本阿弥光徳指料と伝える。底銘でかすかに二字銘の残る脇指があり、その裏の金象嵌は大久保忠寛の題字であって極め銘ではない。短刀の一口には後嵌の金短冊銘「夢告」がある。 本則の傍らに作域が分かれる。中直刃・細直刃の穏やかな短刀があり、「来派の作などをねらったもので成功しており、間々同作にはこれがある」と評される。刀では腰元に大互の目や箱がかった刃を焼き、上半を直刃調として下半と上半の焼刃を異にする。また飛焼・棟焼が盛んとなって皆焼風に至る一群があり、同工には珍しいとするものと、まま見られる出来とするものとが併存する。さらに槍が多く、素槍・大身槍・珍しい片鎌十文字槍を合わせて指定作中七口を占め、「槍の製作にも長じていた」ことが知られるとされ、ある大身槍は「蓋し名槍と称すべきである」と賞された。相州小田原鍛冶俊次・俊広との三人合作刀も現存し、資料的価値も高いと評される。 鑑定上の紛れについて説明書は率直である。「一見すると末関の兼定等に紛れる」といい、兼芝の名も挙げ、島田物に似るとし、京の平安城長吉については「平安城長吉と酷似する」とまでいい、何らかの関係があったと思われると添える。これらと分けるのが前述の見どころ、すなわち表裏の揃い、箱がかった刃、刃先にせまる乱れの谷、締りごころの匂口と叢沸、そしてたなご腹の茎と太鏨の銘字である。一門の正重・正眞は同様の作風を示すが、ここでも茎が決め手となり、村正の茎棟が角に切られるのに対して正重は丸く肉がつくとされる。皆焼は同工にあっては時折の作域に止まり、本領はあくまで表裏の揃う乱れ刃にある。 藤代の極めで上々作。二代の指定作は四十一口で、すべて重要刀剣であり、国宝・重要文化財に封ぜられたものはない。しかし銘を減らしたのは歴史そのものである。説明書は「徳川家に祟るとか、持主に祟るなど云う伝説があって、その為に無銘となったものが多い」と記し、現存有銘の刀は比較的に稀であるという。名跡の行方についても説明書は分かれ、「徳川将軍家の忌避にふれてか名跡が絶えている」とするものと、「同銘が相継ぎ新刀に及んでいる」とするものが併存する。指定刀に博物館・神社の所蔵は録されておらず、伝来の列記もなく、記録の上では私蔵の間を伝わってきた。生ぶ茎にたなご腹、太鏨の二字銘を備えた二代村正が市に現れることは稀であり、多くの銘を消したその伝説こそが、遺された有銘作への求めを一層強くしている。

刀剣商

コレクション情報

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