1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
備前一文字伝の名手加賀介(注1)祐永が、岡山の豪商綿屋虎兵衛(注2)の特別の需に応えて鎚を振るった、出来の優れた脇差。身幅広く腰反り高く中鋒の、鎌倉時代の太刀を縮小したような優美な姿で、無類に詰んだ小板目鍛えの地鉄は初霜のような地沸が微塵について澄み冴える。刃文は得意の互の目丁子乱刃に桜の花びらのような刃を交え、純白の小沸で匂口明るく、匂で霞立つ刃中には足が柔らかく射して葉が浮かぶ。帽子は祐永らしい端正な小丸。腰元の焼出しは山裾の長い富士山刃とされ、冬晴れの空に白い冠雪の映えた富岳が見事に再現されている。茎の保存状態は良好で未だ底白く輝き、入念に刻された銘字に鑚枕が立つ。帝がかぐや姫に贈られた不老不死の薬を焼いて「不死山」と呼ばれるようになったという、その富岳を象った刃文に長寿の祈りが込められているのであろう。 拵は鮮やかな金唐革塗鞘の脇差拵で、梅と桜に松透図の鐔と、梅に鶯図縁頭は「年月を松にひかれて経る人に今日鶯の初音聞かせよ」(『源氏物語』第二十三帖 初音)を想起させる雅な意匠。周の西伯(文王)の呼びかけに、釣竿を手に振り返る太公望呂尚を描いた目貫は周の興国譚(注3)で、これも縁起が良い。内外とも得難い逸品である。 注1...前年十二月十七日に受領(『長舩町史刀剣編史料』)。 注2...綿屋家は江戸前期、岡山藩領の建部の開拓で財をなした。虎兵衛は天保頃の綿屋一族であろう。 注3...周王西伯は渭水で釣りをしている賢人呂尚(軍師・太公望)と出会い師に迎えた。呂尚は西伯を援け、暴君紂を討ち天下を統一した。
長船派Osafune School
取扱店 銀座長州屋


















備前伝 · 備前
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備前国邑久郡長船の地に興り、鎌倉時代中期から室町時代末期に至るまで連綿と鍛刀を続けた、刀剣史上最大の流派である。事実上の祖は光忠で、近忠の子と伝えるが近忠の作刀が知られないため、長船本流の起点はこの工に置かれる。古伝はその源を古備前正恒の一類が長船に移り住んだことに求め、光忠はその流れを承けて一門を興したと説く。すなわち本流派は、古備前の地盤の上に、丁子を主調とする華麗な作風をもって自立した備前鍛冶の本系である。光忠の下に長光、真長、景光らが輩出し、以後、相伝備前の兼光・長義・元重、室町初期の応永備前を経て末備前に至るまで、備前伝の中核を担い続けた。 作風は備前伝を基盤とし、よく錬れて杢を交えた板目に地沸が微塵につき、地景が細かに入り、地に乱れ映りが鮮明に立つ鍛えを共通の地とする。この乱れ映りこそ、在銘無銘を問わず一門の作を備前へ繋ぎ止める最も確かな標である。刃文には世代ごとの軸がある。草創の古長船にあって光忠は蛙子丁子を看どころとし、子の長光は頭の丸いふくらみのある丁子を加え、孫の景光は片落ち互の目を完成して逆がかりの足を看どころとした。この光忠、長光、景光の三代が長船嫡流の背骨をなし、近景がその影として景光をほぼ完璧に映し、真長は同じ地に締まる匂口の直刃を得意とした。南北朝期に入ると兼光が嫡流を承けつつのたれ主調の大模様を加え、相州伝を摂取した相伝備前の作風が現れる。長義は耳形の刃を看どころに兼光以上に相州伝を強調し、長重と兼長がこれに連なり、義景は匂口の沈むところに、元重は焼頭の揃った角ばる刃と青江気質に、それぞれ別系の個性を示した。体配もまた時代を映し、鎌倉の腰反り高い太刀から、南北朝の身幅広く大鋒の延文貞治型へ、さらに応永備前では古作への復古を志して優美な太刀姿と丁子刃が甦る。康光と盛光を双璧とする応永備前は、腰の広く開いた互の目とローソクの芯と称する尖り返る帽子を看どころとし、その腰開き互の目と棒映りは末備前へと受け継がれた。長光景光以来の梵字、三鈷剣、倶利迦羅、八幡大菩薩などの刀身彫もまた、末備前まで絶えず継承された一門の標である。 鑑定にあっては、まず鮮明な乱れ映りで一門を備前と読み、次に世代と系統の看どころで工を分かつ。蛙子丁子は光忠、丸い頭の丁子は長光、逆がかる片落ち互の目は景光、のたれと角互の目は兼光、耳形の刃は長義、角ばり逆がかる刃と蝉の羽根の肌は元重、ローソクの芯の帽子は応永備前という具合に、看どころが系統と時代を指し示す。嫡流の光忠、長光、景光、兼光は藤代の最上作に列し、なかでも長光は重要文化財の指定数が全刀工中最多で、嫡流の作には名物大般若長光や小龍景光をはじめ、織田信長、徳川家康、上杉謙信ら天下を握った者の手を経た作が多い。相伝備前の長義や兼長、応永備前の康光や盛光もそれぞれ重きをなし、別系の元重もまた南北朝備前の大きな名を保つ。嫡流の在銘作が市に現れることは稀で、大半は大磨上無銘の極めとして伝わるが、長光のごとく銘を惜しまなかった工の作はなお蒐集家の手の届く範囲にある。後世への影響は計り知れず、本流派の作風と刀身彫の伝統は末備前を通じて室町備前の主流をなし、備前伝そのものの規範となった。 詳しく見る →
新々刀 復古の運動
1800年前後、水心子正秀は著述をもって、鍛刀は古作の法に立ち返るべしと説いた。復古刀の運動である。最大の後継者直胤は、数百年絶えていた備前伝と相州伝を確信をもって再現した。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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