骨董 刀剣 短刀:三条宗近(明治期) NTHK鑑定書付 【解説】 本作は、明治時代に打たれた「三条宗近」と極められた一振りです。三条宗近は平安時代(約千年前)まで遡る高名な刀工の名跡ですが、本作はその末流にあたる明治期の宗近による作と推測されます。 彫物 本刀の見どころの一つは、表裏に施された彫物です。 表には「素剣(すけん)」が彫られています。これは不動明王が携える「三鈷柄剣(さんこづかけん)」を簡略化した意匠です。密教において祈祷や瞑想、浄化、魔除けに用いられる法具であり、邪気を祓う力が宿ると信じられています。 裏には二本の直線が彫り込まれており、これは「二筋樋(ふたすじひ)」と呼ばれる樋の一種です。樋の役割については諸説ありますが、主に「強さを保ちつつの軽量化」「意匠の美観向上」、そして「振った際の風切り音を出すため」という三つの理由が一般的です。 ※棟(むね)の一部に黒錆が見られます。詳細な状態を確認されたい場合は、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(中心尻より):21.8 cm 反り:0.2 cm 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(肌):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様 茎(なかご): 刀身の柄に収まる部分です。茎に意図的に残された黒錆は、柄内部での赤錆の発生を防ぐ役割があります。また、経年による茎の変色は、専門家が製作年代を特定する際の重要な指標となります。 【外装:拵】 拵(こしらえ)は、鞘、柄、鍔などの装身具一式を指します。 縁頭(ふちかしら): 柄の上下を保護する一対の金具です。 本作の縁頭には「魚子地(ななこじ)」技法が施されています。これは魚子地鏨(たがね)を用い、金属表面に微細な粒を均一に打ち出す伝統技法です。頭(かしら)の縁や穴の周囲には金の色揚げが施されており、作品に気品を添えています。 柄・目貫(めぬき): 目貫の意匠は、扇を手にして舞い踊る人物図です。経年による擦れのため細部は判然としませんが、それがかえって時代を経た骨董ならではの風合いを醸し出しています。本短刀の柄には柄巻(糸巻き)が施されていないため、長年握り込まれたことで表面の凹凸が滑らかになったものと推察されます。 鎺(はばき): 刀身が鞘の内部に直接触れるのを防ぎ、錆や欠けから守るための重要な金具です。 小柄(こづか): 鞘の小柄櫃(こづかびつ)に納められる小刀です。 縁頭と同様に魚子地の技法が用いられています。意匠は、数個の球体が付いた道具を手にする人物(僧侶、あるいは神職)が描かれています。これは神楽(神道儀式)で用いられる「神楽鈴(かぐらすず)」であると推測されます。神職や巫女が神を招くために振る、神聖な法具をモチーフとした意匠です。


























山城伝 · 山城
現在1点販売中
三条派は、平安後期、京の三条の地に興った京鍛冶の最古層であり、鎬造の湾刀という所謂日本刀の様式が確立した最も早い時期に名を遺す一門である。その祖を宗近といい、永延頃に三条に住したと伝えて俗に三条小鍛冶と呼ばれ、山城伝の全きが出る古い京の流れの源に立つ。王城の地に営まれた鍛冶の集まりであって、その作には宮廷文化を負う品位がある。一門には祖宗近のほか、宗近の流れに連なると伝える吉家・近村があり、さらに宗近の子とも孫とも門人とも伝える兼永が京の五条に住して五条派を分かち、第二の家を成した。もっとも有銘確実の作は古来きわめて少なく、銘鑑の伝える系図をそのまま受けることはできない。吉家については有銘の作刀から見て宗近と直結することに無理があるとされ、やや時代の下る同派の工と読まれるなど、各工の年代と続柄には説明書がたびたび留保を付している。 作風を貫くのは、後の粟田口や来が完成へ向けて洗練していく古京物の祖型である。鎬造庵棟の細身で、生ぶの作には腰反り高く深く、元先の幅差が著しく狭まって踏張りがつき、小鋒ないし中鋒にうつむきごころに結ぶ古調な太刀姿を本領とする。鍛えは板目・小板目がよくつみ、つんだ作でもやや肌立ちごころに処々流れて大肌を交え、地沸が微塵に厚くつき、地景が入り、淡い沸映りが地に柔らかく立つ。この立って開いた地鉄と地に立つ沸映りこそが、つんで完成された粟田口・来の小板目より一段古調であることを語り、これを大和ではなく京の物と鑑せしめる。刃文は直刃調を基調に小丁子・小互の目・小乱れを交え、小足・葉が頻りに入り、匂深く小沸つき、砂流し・金筋かかって匂口明るい。同じ手の中にも振幅があり、宗近は細直刃調に小乱れを交えた幅の狭い刃に打のけ・湯走りを断続させ物打辺で二重刃・三重刃を重ね、吉家もまた小乱れが飛焼を伴って二重刃となり帽子までも二重ごころを帯びるなど、二重刃の働きを一派の見どころとする。兼永の五条はこれよりやや整い、静かな直刃調に交わる小丁子を一派の徴とする。 鑑定の勘所は、その古さと品位にある。すなわち地に立つ沸映り、直刃調の小乱れに宿る古香、二重刃や掃きかける帽子の古雅な働きが揃えば、成熟した諸派の明るい丁子ではなく、源にある古京の手と鑑せられる。各工は祖と隣人から分かたれて読まれる。五条兼永は宗近よりは整った刃文によって祖から分かたれ、その整った小丁子によって直刃に純化する後続の粟田口・来から分かたれる。吉家は沸の強さと明るく冴える匂口によって、同じ小乱れを焼く綾小路定利や、華やかな丁子乱れを主とする備前一文字の同名の工から分かたれる。一門の格の頂に立つのは祖宗近であり、その遺産には天下五剣の一として名高い名物三日月宗近があって、本阿弥光徳が石田三成に送った刀絵図に載るなど来歴の確かな作が伝わる。吉家の太刀は加治木島津家に長く伝来し、兼永の作は尾張徳川家に家康の所蔵と伝えて伝わるなど、その伝来は古京物にふさわしく大名家と幕府を経る。京鍛冶の最古層に連なる三条の作が世に現れることはまれであり、日本刀がいかに始まり山城伝がいかに源を発したかを語る証として重んじられている。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
骨董 刀剣 短刀:三条宗近(明治期) NTHK鑑定書付 【解説】 本作は、明治時代に打たれた「三条宗近」と極められた一振りです。三条宗近は平安時代(約千年前)まで遡る高名な刀工の名跡ですが、本作はその末流にあたる明治期の宗近による作と推測されます。 彫物 本刀の見どころの一つは、表裏に施された彫物です。 表には「素剣(すけん)」が彫られています。これは不動明王が携える「三鈷柄剣(さんこづかけん)」を簡略化した意匠です。密教において祈祷や瞑想、浄化、魔除けに用いられる法具であり、邪気を祓う力が宿ると信じられています。 裏には二本の直線が彫り込まれており、これは「二筋樋(ふたすじひ)」と呼ばれる樋の一種です。樋の役割については諸説ありますが、主に「強さを保ちつつの軽量化」「意匠の美観向上」、そして「振った際の風切り音を出すため」という三つの理由が一般的です。 ※棟(むね)の一部に黒錆が見られます。詳細な状態を確認されたい場合は、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(中心尻より):21.8 cm 反り:0.2 cm 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地鉄(肌):鍛錬の過程で現れる鋼の表面模様 茎(なかご): 刀身の柄に収まる部分です。茎に意図的に残された黒錆は、柄内部での赤錆の発生を防ぐ役割があります。また、経年による茎の変色は、専門家が製作年代を特定する際の重要な指標となります。 【外装:拵】 拵(こしらえ)は、鞘、柄、鍔などの装身具一式を指します。 縁頭(ふちかしら): 柄の上下を保護する一対の金具です。 本作の縁頭には「魚子地(ななこじ)」技法が施されています。これは魚子地鏨(たがね)を用い、金属表面に微細な粒を均一に打ち出す伝統技法です。頭(かしら)の縁や穴の周囲には金の色揚げが施されており、作品に気品を添えています。 柄・目貫(めぬき): 目貫の意匠は、扇を手にして舞い踊る人物図です。経年による擦れのため細部は判然としませんが、それがかえって時代を経た骨董ならではの風合いを醸し出しています。本短刀の柄には柄巻(糸巻き)が施されていないため、長年握り込まれたことで表面の凹凸が滑らかになったものと推察されます。 鎺(はばき): 刀身が鞘の内部に直接触れるのを防ぎ、錆や欠けから守るための重要な金具です。 小柄(こづか): 鞘の小柄櫃(こづかびつ)に納められる小刀です。 縁頭と同様に魚子地の技法が用いられています。意匠は、数個の球体が付いた道具を手にする人物(僧侶、あるいは神職)が描かれています。これは神楽(神道儀式)で用いられる「神楽鈴(かぐらすず)」であると推測されます。神職や巫女が神を招くために振る、神聖な法具をモチーフとした意匠です。


























山城伝 · 山城
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三条派は、平安後期、京の三条の地に興った京鍛冶の最古層であり、鎬造の湾刀という所謂日本刀の様式が確立した最も早い時期に名を遺す一門である。その祖を宗近といい、永延頃に三条に住したと伝えて俗に三条小鍛冶と呼ばれ、山城伝の全きが出る古い京の流れの源に立つ。王城の地に営まれた鍛冶の集まりであって、その作には宮廷文化を負う品位がある。一門には祖宗近のほか、宗近の流れに連なると伝える吉家・近村があり、さらに宗近の子とも孫とも門人とも伝える兼永が京の五条に住して五条派を分かち、第二の家を成した。もっとも有銘確実の作は古来きわめて少なく、銘鑑の伝える系図をそのまま受けることはできない。吉家については有銘の作刀から見て宗近と直結することに無理があるとされ、やや時代の下る同派の工と読まれるなど、各工の年代と続柄には説明書がたびたび留保を付している。 作風を貫くのは、後の粟田口や来が完成へ向けて洗練していく古京物の祖型である。鎬造庵棟の細身で、生ぶの作には腰反り高く深く、元先の幅差が著しく狭まって踏張りがつき、小鋒ないし中鋒にうつむきごころに結ぶ古調な太刀姿を本領とする。鍛えは板目・小板目がよくつみ、つんだ作でもやや肌立ちごころに処々流れて大肌を交え、地沸が微塵に厚くつき、地景が入り、淡い沸映りが地に柔らかく立つ。この立って開いた地鉄と地に立つ沸映りこそが、つんで完成された粟田口・来の小板目より一段古調であることを語り、これを大和ではなく京の物と鑑せしめる。刃文は直刃調を基調に小丁子・小互の目・小乱れを交え、小足・葉が頻りに入り、匂深く小沸つき、砂流し・金筋かかって匂口明るい。同じ手の中にも振幅があり、宗近は細直刃調に小乱れを交えた幅の狭い刃に打のけ・湯走りを断続させ物打辺で二重刃・三重刃を重ね、吉家もまた小乱れが飛焼を伴って二重刃となり帽子までも二重ごころを帯びるなど、二重刃の働きを一派の見どころとする。兼永の五条はこれよりやや整い、静かな直刃調に交わる小丁子を一派の徴とする。 鑑定の勘所は、その古さと品位にある。すなわち地に立つ沸映り、直刃調の小乱れに宿る古香、二重刃や掃きかける帽子の古雅な働きが揃えば、成熟した諸派の明るい丁子ではなく、源にある古京の手と鑑せられる。各工は祖と隣人から分かたれて読まれる。五条兼永は宗近よりは整った刃文によって祖から分かたれ、その整った小丁子によって直刃に純化する後続の粟田口・来から分かたれる。吉家は沸の強さと明るく冴える匂口によって、同じ小乱れを焼く綾小路定利や、華やかな丁子乱れを主とする備前一文字の同名の工から分かたれる。一門の格の頂に立つのは祖宗近であり、その遺産には天下五剣の一として名高い名物三日月宗近があって、本阿弥光徳が石田三成に送った刀絵図に載るなど来歴の確かな作が伝わる。吉家の太刀は加治木島津家に長く伝来し、兼永の作は尾張徳川家に家康の所蔵と伝えて伝わるなど、その伝来は古京物にふさわしく大名家と幕府を経る。京鍛冶の最古層に連なる三条の作が世に現れることはまれであり、日本刀がいかに始まり山城伝がいかに源を発したかを語る証として重んじられている。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
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