日本刀 短刀 銘 三條小鍛冶宗近(弘化二年) 日本美術刀剣保存協会 保存刀剣鑑定書付 【解説】 本作は、弘化二年(1845年:江戸時代後期)に打たれた「三條小鍛冶宗近」銘の短刀です。三條小鍛冶宗近は平安時代まで遡る日本刀史上極めて著名な名跡であり、本作はその末流にあたる宗近の手によるものと推察されます。 平安時代の山城国(現在の京都府)に住した初代宗近は、もともと貴族の身分であり、余暇に刀を打ったのが始まりと伝えられています。しかし、その技術は並外れて優れており、後に「三條小鍛冶宗近」の名を賜るほどの至芸を見せました。一条天皇(980-1011年)の勅命により名刀「小狐丸」を鍛えた伝説はあまりにも有名です。 また、宗近は「山城伝」の開祖としても知られています。 山城伝について 山城伝は、平安遷都(794年)以降、京都を中心に栄えた五箇伝の一つです。当初は公家や皇族のための御用を担い、武家社会の到来後は諸大名のためにも多くの名刀を世に送り出しました。山城伝には三条、来、信国、粟田口といった名門が連なり、その特徴は気品ある姿と、精美な地鉄(じがね)の美しさにあります。本作もまた、その山城伝の伝統を色濃く反映した一振りです。 末流とはいえ、開祖宗近の名を継承することを許されたその作域からは、当時の工の技量の高さが伺えます。 本作は日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「保存刀剣」に認定されています。これは、美術品として価値が高く、保存状態が極めて良好な真作の日本刀にのみ与えられる公的な鑑定書です。 【刀身】 長さ(銘文):25.0 cm 反り:0.3 cm 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造。 地肌(地鉄):鍛錬によって現れる鋼の表面模様。 切先:刀身の先端部分。 茎(なかご):柄に収まる中心部。日本刀の茎には、赤錆を防ぐために意図的に「黒錆」が残されています。この錆色は時の経過とともに変化し、製作年代を特定する重要な指標となります。 拵(こしらえ):刀の外装一式。 本拵の表面は主に「石目地」で装飾されています。これは鏨(たがね)で叩くことで石の表面のような質感を出す技法です。 縁頭(ふちかしら):柄の両端を保護する一対の金具。 柄(つか):刀の握り部分。 鎺(はばき):刀身が鞘の中で直接触れるのを防ぎ、錆や欠けを防止する金具。 鞘(さや):刀身を収める外装。 鑑定書: 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀剣鑑定書(第3003996号) 日本美術刀剣保存協会は、現代日本において最も権威ある刀剣鑑定機関の一つです。本作は平成25年(2013年)8月15日に鑑定を受け、日本の文化財として保存に値する「保存刀剣」として認められました。



















山城伝 · 山城
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三条派は、平安後期、京の三条の地に興った京鍛冶の最古層であり、鎬造の湾刀という所謂日本刀の様式が確立した最も早い時期に名を遺す一門である。その祖を宗近といい、永延頃に三条に住したと伝えて俗に三条小鍛冶と呼ばれ、山城伝の全きが出る古い京の流れの源に立つ。王城の地に営まれた鍛冶の集まりであって、その作には宮廷文化を負う品位がある。一門には祖宗近のほか、宗近の流れに連なると伝える吉家・近村があり、さらに宗近の子とも孫とも門人とも伝える兼永が京の五条に住して五条派を分かち、第二の家を成した。もっとも有銘確実の作は古来きわめて少なく、銘鑑の伝える系図をそのまま受けることはできない。吉家については有銘の作刀から見て宗近と直結することに無理があるとされ、やや時代の下る同派の工と読まれるなど、各工の年代と続柄には説明書がたびたび留保を付している。 作風を貫くのは、後の粟田口や来が完成へ向けて洗練していく古京物の祖型である。鎬造庵棟の細身で、生ぶの作には腰反り高く深く、元先の幅差が著しく狭まって踏張りがつき、小鋒ないし中鋒にうつむきごころに結ぶ古調な太刀姿を本領とする。鍛えは板目・小板目がよくつみ、つんだ作でもやや肌立ちごころに処々流れて大肌を交え、地沸が微塵に厚くつき、地景が入り、淡い沸映りが地に柔らかく立つ。この立って開いた地鉄と地に立つ沸映りこそが、つんで完成された粟田口・来の小板目より一段古調であることを語り、これを大和ではなく京の物と鑑せしめる。刃文は直刃調を基調に小丁子・小互の目・小乱れを交え、小足・葉が頻りに入り、匂深く小沸つき、砂流し・金筋かかって匂口明るい。同じ手の中にも振幅があり、宗近は細直刃調に小乱れを交えた幅の狭い刃に打のけ・湯走りを断続させ物打辺で二重刃・三重刃を重ね、吉家もまた小乱れが飛焼を伴って二重刃となり帽子までも二重ごころを帯びるなど、二重刃の働きを一派の見どころとする。兼永の五条はこれよりやや整い、静かな直刃調に交わる小丁子を一派の徴とする。 鑑定の勘所は、その古さと品位にある。すなわち地に立つ沸映り、直刃調の小乱れに宿る古香、二重刃や掃きかける帽子の古雅な働きが揃えば、成熟した諸派の明るい丁子ではなく、源にある古京の手と鑑せられる。各工は祖と隣人から分かたれて読まれる。五条兼永は宗近よりは整った刃文によって祖から分かたれ、その整った小丁子によって直刃に純化する後続の粟田口・来から分かたれる。吉家は沸の強さと明るく冴える匂口によって、同じ小乱れを焼く綾小路定利や、華やかな丁子乱れを主とする備前一文字の同名の工から分かたれる。一門の格の頂に立つのは祖宗近であり、その遺産には天下五剣の一として名高い名物三日月宗近があって、本阿弥光徳が石田三成に送った刀絵図に載るなど来歴の確かな作が伝わる。吉家の太刀は加治木島津家に長く伝来し、兼永の作は尾張徳川家に家康の所蔵と伝えて伝わるなど、その伝来は古京物にふさわしく大名家と幕府を経る。京鍛冶の最古層に連なる三条の作が世に現れることはまれであり、日本刀がいかに始まり山城伝がいかに源を発したかを語る証として重んじられている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトReturns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
日本刀 短刀 銘 三條小鍛冶宗近(弘化二年) 日本美術刀剣保存協会 保存刀剣鑑定書付 【解説】 本作は、弘化二年(1845年:江戸時代後期)に打たれた「三條小鍛冶宗近」銘の短刀です。三條小鍛冶宗近は平安時代まで遡る日本刀史上極めて著名な名跡であり、本作はその末流にあたる宗近の手によるものと推察されます。 平安時代の山城国(現在の京都府)に住した初代宗近は、もともと貴族の身分であり、余暇に刀を打ったのが始まりと伝えられています。しかし、その技術は並外れて優れており、後に「三條小鍛冶宗近」の名を賜るほどの至芸を見せました。一条天皇(980-1011年)の勅命により名刀「小狐丸」を鍛えた伝説はあまりにも有名です。 また、宗近は「山城伝」の開祖としても知られています。 山城伝について 山城伝は、平安遷都(794年)以降、京都を中心に栄えた五箇伝の一つです。当初は公家や皇族のための御用を担い、武家社会の到来後は諸大名のためにも多くの名刀を世に送り出しました。山城伝には三条、来、信国、粟田口といった名門が連なり、その特徴は気品ある姿と、精美な地鉄(じがね)の美しさにあります。本作もまた、その山城伝の伝統を色濃く反映した一振りです。 末流とはいえ、開祖宗近の名を継承することを許されたその作域からは、当時の工の技量の高さが伺えます。 本作は日本美術刀剣保存協会(NBTHK)により「保存刀剣」に認定されています。これは、美術品として価値が高く、保存状態が極めて良好な真作の日本刀にのみ与えられる公的な鑑定書です。 【刀身】 長さ(銘文):25.0 cm 反り:0.3 cm 刃文:焼入れによって刃先に現れる結晶構造。 地肌(地鉄):鍛錬によって現れる鋼の表面模様。 切先:刀身の先端部分。 茎(なかご):柄に収まる中心部。日本刀の茎には、赤錆を防ぐために意図的に「黒錆」が残されています。この錆色は時の経過とともに変化し、製作年代を特定する重要な指標となります。 拵(こしらえ):刀の外装一式。 本拵の表面は主に「石目地」で装飾されています。これは鏨(たがね)で叩くことで石の表面のような質感を出す技法です。 縁頭(ふちかしら):柄の両端を保護する一対の金具。 柄(つか):刀の握り部分。 鎺(はばき):刀身が鞘の中で直接触れるのを防ぎ、錆や欠けを防止する金具。 鞘(さや):刀身を収める外装。 鑑定書: 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀剣鑑定書(第3003996号) 日本美術刀剣保存協会は、現代日本において最も権威ある刀剣鑑定機関の一つです。本作は平成25年(2013年)8月15日に鑑定を受け、日本の文化財として保存に値する「保存刀剣」として認められました。



















山城伝 · 山城
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三条派は、平安後期、京の三条の地に興った京鍛冶の最古層であり、鎬造の湾刀という所謂日本刀の様式が確立した最も早い時期に名を遺す一門である。その祖を宗近といい、永延頃に三条に住したと伝えて俗に三条小鍛冶と呼ばれ、山城伝の全きが出る古い京の流れの源に立つ。王城の地に営まれた鍛冶の集まりであって、その作には宮廷文化を負う品位がある。一門には祖宗近のほか、宗近の流れに連なると伝える吉家・近村があり、さらに宗近の子とも孫とも門人とも伝える兼永が京の五条に住して五条派を分かち、第二の家を成した。もっとも有銘確実の作は古来きわめて少なく、銘鑑の伝える系図をそのまま受けることはできない。吉家については有銘の作刀から見て宗近と直結することに無理があるとされ、やや時代の下る同派の工と読まれるなど、各工の年代と続柄には説明書がたびたび留保を付している。 作風を貫くのは、後の粟田口や来が完成へ向けて洗練していく古京物の祖型である。鎬造庵棟の細身で、生ぶの作には腰反り高く深く、元先の幅差が著しく狭まって踏張りがつき、小鋒ないし中鋒にうつむきごころに結ぶ古調な太刀姿を本領とする。鍛えは板目・小板目がよくつみ、つんだ作でもやや肌立ちごころに処々流れて大肌を交え、地沸が微塵に厚くつき、地景が入り、淡い沸映りが地に柔らかく立つ。この立って開いた地鉄と地に立つ沸映りこそが、つんで完成された粟田口・来の小板目より一段古調であることを語り、これを大和ではなく京の物と鑑せしめる。刃文は直刃調を基調に小丁子・小互の目・小乱れを交え、小足・葉が頻りに入り、匂深く小沸つき、砂流し・金筋かかって匂口明るい。同じ手の中にも振幅があり、宗近は細直刃調に小乱れを交えた幅の狭い刃に打のけ・湯走りを断続させ物打辺で二重刃・三重刃を重ね、吉家もまた小乱れが飛焼を伴って二重刃となり帽子までも二重ごころを帯びるなど、二重刃の働きを一派の見どころとする。兼永の五条はこれよりやや整い、静かな直刃調に交わる小丁子を一派の徴とする。 鑑定の勘所は、その古さと品位にある。すなわち地に立つ沸映り、直刃調の小乱れに宿る古香、二重刃や掃きかける帽子の古雅な働きが揃えば、成熟した諸派の明るい丁子ではなく、源にある古京の手と鑑せられる。各工は祖と隣人から分かたれて読まれる。五条兼永は宗近よりは整った刃文によって祖から分かたれ、その整った小丁子によって直刃に純化する後続の粟田口・来から分かたれる。吉家は沸の強さと明るく冴える匂口によって、同じ小乱れを焼く綾小路定利や、華やかな丁子乱れを主とする備前一文字の同名の工から分かたれる。一門の格の頂に立つのは祖宗近であり、その遺産には天下五剣の一として名高い名物三日月宗近があって、本阿弥光徳が石田三成に送った刀絵図に載るなど来歴の確かな作が伝わる。吉家の太刀は加治木島津家に長く伝来し、兼永の作は尾張徳川家に家康の所蔵と伝えて伝わるなど、その伝来は古京物にふさわしく大名家と幕府を経る。京鍛冶の最古層に連なる三条の作が世に現れることはまれであり、日本刀がいかに始まり山城伝がいかに源を発したかを語る証として重んじられている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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