鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K] Juyo Token No.64 室町時代に若狭国で活躍した刀工、冬広の重要刀剣指定作品。冬広は相州広次三代目の子で康正頃(1455年〜)に若州小浜に移住したと伝え、以後その名跡を新々刀期まで伝えた名家である。古刀期の冬広作には末相州風の物と末備前風の作域を示した物との二様が残されている。本作は長寸で幅の広い豪壮な大配に、地鉄、板目に杢肌交え、地沸厚くついて地景細かに入り、刃文、焼幅の広いのたれに互の目、丁子乱れを交え、金筋・砂流しがかるなど同作の典型的な作風を示しながらも特に状態が健全で、ほとんど研ぎ減りを感じさせない同作を代表する優品である。
冬広は相州広次三代目の子で室町時代の康正頃に若州小浜に移住したと伝え、その名跡は新々刀時代にまで続いている。古刀期の冬広の作 風には末相州風が見られるが、中には末備前に近い出来もある。 この刀は、地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸厚くつき、地景が頻りに入り、刃文は焼幅広く、のたれに小互の目・ 小丁子が交じり、足・葉盛んに入り、匂口明るくやや締まりごころに沸つき、部分的に地へ沸崩れ、砂流し細かにかかるなど、地刃に冬広の典 型かつ出色の出来映えが示されている。 長寸で幅広大鋒の豪壮な造り込みを示しており、冬広としても鉄色の明るい鍛えが強く、刃文も刃幅広 く盛んに乱れ、作刀地を明記した刀工銘や天正八年紀も好資料である。









冬広は相州広次三代目の子で室町時代の康正頃に若州小浜に移住したと伝え、その名跡は新々刀時代にまで続いている。古刀期の冬広の作 風には末相州風が見られるが、中には末備前に近い出来もある。 この刀は、地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸厚くつき、地景が頻りに入り、刃文は焼幅広く、のたれに小互の目・ 小丁子が交じり、足・葉盛んに入り、匂口明るくやや締まりごころに沸つき、部分的に地へ沸崩れ、砂流し細かにかかるなど、地刃に冬広の典 型かつ出色の出来映えが示されている。 長寸で幅広大鋒の豪壮な造り込みを示しており、冬広としても鉄色の明るい鍛えが強く、刃文も刃幅広 く盛んに乱れ、作刀地を明記した刀工銘や天正八年紀も好資料である。
相州伝 · 若狭 · 1444-1449頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
相州伝 · 若狭
現在5点販売中
若狭冬広は、相州広次三代目の子と伝え、室町時代の康正頃に若州小浜へ移住したとされる一系である。説示によれば、その名跡は新々刀時代にまで続き、五代を数えたとも言われる。年紀のうえでは永正十二年紀に「冬広伍七三才」と銘した作が知られ、ほかに永正・天文・元亀・天正の年紀があって、室町後期から戦国期を通じての制作が確かめられる。源流は相州にあり、後には相州綱広の門に学んだと伝えるものの、相州住と銘した作は見ないとも記される。同じ頃に若州・伯州・雲州・備前・備中などと住所を切り替えた作があり、これらが同人によるものか否かは検討の余地が残るとして、説示はいずれも断を避けている。 作風として説示が繰り返し挙げるのは末相州風と末備前風の二様であり、同一の系のうちにこの両者が併存する点が判別の鍵となる。地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなって地沸がつき、地景が頻りに入る。刃文は焼幅広く、のたれに小互の目・小丁子や尖り刃を交え、足・葉が盛んに入り、荒めの沸を交えて砂流し・金筋がかかり、匂口の明るいものが多い。中には中直刃を基調に互の目・尖り刃を交え、飛焼が頻りに加わって棟焼も総体にかかり、皆焼となる作がある。一方で太直刃調に小互の目を交える穏やかな直刃出来もみられ、直刃と乱れの両様を焼き分ける。帽子は乱れ込んで尖りごころとなり、あるいは小丸に掃きかけて返る。彫物を得意とし、草の倶利迦羅・梵字・棒樋・添樋などを施した作が伝わる。造込みは庵棟の鎬造を主とし、先反りつき大鋒に延びた豪壮なものから、反り浅い中鋒の尋常な姿まで幅がある。代の判別にあたっては、二字銘を初代の作とみるなど、銘のかたちと地刃の冴えとを併せて見るのが説示の示すところである。 鑑定の要点は、肌立つ板目鍛えに地沸・地景の加わる地鉄と、のたれ・互の目に沸を伴って砂流しのかかる刃取り、さらに皆焼を交える作のあることに置かれる。住所銘や年紀を切った作が多く、作刀地を明記した刀工銘や天正八年紀のごとく、資料としての価値の高い在銘作が伝わる点も本系の特色である。代表作には、若州小浜での所伝を裏づける在銘の刀のほか、備後国西条や備中松山など他国で鍛えた作があり、宮興盛のもとで天正五年に作刀した一口など、他国における活動を示す好資料も含まれる。彫物に長じた一面は、相州風よりむしろ平安城長吉などに近いと評され、両者の関係が問われることもある。末相州の流れを受けつつ末備前風をも併せ、若狭の地にあって戦国期から江戸期へと長く続いた一系として位置づけられる。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K] Juyo Token No.64 室町時代に若狭国で活躍した刀工、冬広の重要刀剣指定作品。冬広は相州広次三代目の子で康正頃(1455年〜)に若州小浜に移住したと伝え、以後その名跡を新々刀期まで伝えた名家である。古刀期の冬広作には末相州風の物と末備前風の作域を示した物との二様が残されている。本作は長寸で幅の広い豪壮な大配に、地鉄、板目に杢肌交え、地沸厚くついて地景細かに入り、刃文、焼幅の広いのたれに互の目、丁子乱れを交え、金筋・砂流しがかるなど同作の典型的な作風を示しながらも特に状態が健全で、ほとんど研ぎ減りを感じさせない同作を代表する優品である。
冬広は相州広次三代目の子で室町時代の康正頃に若州小浜に移住したと伝え、その名跡は新々刀時代にまで続いている。古刀期の冬広の作 風には末相州風が見られるが、中には末備前に近い出来もある。 この刀は、地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸厚くつき、地景が頻りに入り、刃文は焼幅広く、のたれに小互の目・ 小丁子が交じり、足・葉盛んに入り、匂口明るくやや締まりごころに沸つき、部分的に地へ沸崩れ、砂流し細かにかかるなど、地刃に冬広の典 型かつ出色の出来映えが示されている。 長寸で幅広大鋒の豪壮な造り込みを示しており、冬広としても鉄色の明るい鍛えが強く、刃文も刃幅広 く盛んに乱れ、作刀地を明記した刀工銘や天正八年紀も好資料である。









冬広は相州広次三代目の子で室町時代の康正頃に若州小浜に移住したと伝え、その名跡は新々刀時代にまで続いている。古刀期の冬広の作 風には末相州風が見られるが、中には末備前に近い出来もある。 この刀は、地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなり、地沸厚くつき、地景が頻りに入り、刃文は焼幅広く、のたれに小互の目・ 小丁子が交じり、足・葉盛んに入り、匂口明るくやや締まりごころに沸つき、部分的に地へ沸崩れ、砂流し細かにかかるなど、地刃に冬広の典 型かつ出色の出来映えが示されている。 長寸で幅広大鋒の豪壮な造り込みを示しており、冬広としても鉄色の明るい鍛えが強く、刃文も刃幅広 く盛んに乱れ、作刀地を明記した刀工銘や天正八年紀も好資料である。
相州伝 · 若狭 · 1444-1449頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
相州伝 · 若狭
現在5点販売中
若狭冬広は、相州広次三代目の子と伝え、室町時代の康正頃に若州小浜へ移住したとされる一系である。説示によれば、その名跡は新々刀時代にまで続き、五代を数えたとも言われる。年紀のうえでは永正十二年紀に「冬広伍七三才」と銘した作が知られ、ほかに永正・天文・元亀・天正の年紀があって、室町後期から戦国期を通じての制作が確かめられる。源流は相州にあり、後には相州綱広の門に学んだと伝えるものの、相州住と銘した作は見ないとも記される。同じ頃に若州・伯州・雲州・備前・備中などと住所を切り替えた作があり、これらが同人によるものか否かは検討の余地が残るとして、説示はいずれも断を避けている。 作風として説示が繰り返し挙げるのは末相州風と末備前風の二様であり、同一の系のうちにこの両者が併存する点が判別の鍵となる。地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなって地沸がつき、地景が頻りに入る。刃文は焼幅広く、のたれに小互の目・小丁子や尖り刃を交え、足・葉が盛んに入り、荒めの沸を交えて砂流し・金筋がかかり、匂口の明るいものが多い。中には中直刃を基調に互の目・尖り刃を交え、飛焼が頻りに加わって棟焼も総体にかかり、皆焼となる作がある。一方で太直刃調に小互の目を交える穏やかな直刃出来もみられ、直刃と乱れの両様を焼き分ける。帽子は乱れ込んで尖りごころとなり、あるいは小丸に掃きかけて返る。彫物を得意とし、草の倶利迦羅・梵字・棒樋・添樋などを施した作が伝わる。造込みは庵棟の鎬造を主とし、先反りつき大鋒に延びた豪壮なものから、反り浅い中鋒の尋常な姿まで幅がある。代の判別にあたっては、二字銘を初代の作とみるなど、銘のかたちと地刃の冴えとを併せて見るのが説示の示すところである。 鑑定の要点は、肌立つ板目鍛えに地沸・地景の加わる地鉄と、のたれ・互の目に沸を伴って砂流しのかかる刃取り、さらに皆焼を交える作のあることに置かれる。住所銘や年紀を切った作が多く、作刀地を明記した刀工銘や天正八年紀のごとく、資料としての価値の高い在銘作が伝わる点も本系の特色である。代表作には、若州小浜での所伝を裏づける在銘の刀のほか、備後国西条や備中松山など他国で鍛えた作があり、宮興盛のもとで天正五年に作刀した一口など、他国における活動を示す好資料も含まれる。彫物に長じた一面は、相州風よりむしろ平安城長吉などに近いと評され、両者の関係が問われることもある。末相州の流れを受けつつ末備前風をも併せ、若狭の地にあって戦国期から江戸期へと長く続いた一系として位置づけられる。
特別保存刀剣の中から、特に出来が優れ、国認定の重要美術品に準ずると判断された名品です。年に一度の重要刀剣審査で選ばれます。
極めて選別的で、日本に登録された約250万口の刀剣のうち、重要刀剣に達したものは12,307口(約203口に1口)にすぎません。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様都合による返品は作品到着後二日以内にお申し出ください。※お品物に手を加えた物等は対応できません※返品送料はお客様のご負担となります※お品代以外の費用(振込手数料、代引手数料等)は返金できません。※お届け先が海外の場合は返品や返金は出来ません