戦国の世、一派は第二の主家に仕えた。小田原の後北条氏である。その庇護のもと綱広系は打刀の時代の皆焼を鍛え続け、1590年の落城とともに新刀の時代へ散った。
ホーム 刀剣の一覧 短刀の一覧 【希少な室町時代の剣】「冬廣」23.7cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! 【希少な室町時代の剣】「冬廣」23.7cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! ■種別: 剣 ■長さ:23.7cm 反り: 0.3cm 穴:1個 ■銘: 表 芸州住藤原冬廣 裏 今田秀盛 ■元幅:2.60cm 元重ね:0.57cm 先幅:3.12cm 先重ね:0.52cm ■柄長:13.5cm ■重量: 鞘を払って335g 刀身のみで 248g ■時代:室町時代中期、寛正(1460年〜1466年)頃 ■刀工: 冬廣 初代冬廣は相州広次の子で、寛正頃(1460年頃)若州小浜に移住して作刀、後に相州綱広の門に学んでいます。以下同銘数代が同地に続き、現存する作品には天文・永禄などの年紀のあるものがあり、殆ど時を同じくして伯州・雲州・備中などの地銘を切ったものもあります。新刀期になると冬廣の系譜は山陰から山陽にかけての城下町にて末葉らが活躍してその名跡を代々受け継ぎ、新々刀期には若狭国冬廣十七代孫と称する高橋長信がでて松江藩工としてその名を挙げています。 ■刀身のコンディション 姿は剣になり、先端からのくびれが残った形の良い姿に、地鉄は板目肌に鍛えられ、刃文は細直刃が焼かれ区もしっかり残り茎の保存状態の良い研ぎ減りの少ない刀身です。 現存数も多くなく、研ぎに掛けて楽しんで頂きたい刀身です。 ■拵 出し鮫の合口拵に成ります。 ■送料 ゆうパックでの送付となります。 全国一律 2,200円 ■登録番号 山梨県 3859号 【希少な室町時代の剣】「冬廣」23.7cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! 販売価格 132,000円(本体120,000円、税12,000円) » 特定商取引法に基づく表記 (返品など) 買い物を続ける この商品について問い合わせる この商品を友達に教える レビューを見る(0件) レビューを投稿 SOLD OUT















































相州伝 · 若狭 · 1444-1449頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在3点販売中
冬廣の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
相州伝 · 若狭
現在10点販売中
若狭冬広は、相州広次三代目の子と伝え、室町時代の康正頃に若州小浜へ移住したとされる一系である。説示によれば、その名跡は新々刀時代にまで続き、五代を数えたとも言われる。年紀のうえでは永正十二年紀に「冬広伍七三才」と銘した作が知られ、ほかに永正・天文・元亀・天正の年紀があって、室町後期から戦国期を通じての制作が確かめられる。源流は相州にあり、後には相州綱広の門に学んだと伝えるものの、相州住と銘した作は見ないとも記される。同じ頃に若州・伯州・雲州・備前・備中などと住所を切り替えた作があり、これらが同人によるものか否かは検討の余地が残るとして、説示はいずれも断を避けている。 作風として説示が繰り返し挙げるのは末相州風と末備前風の二様であり、同一の系のうちにこの両者が併存する点が判別の鍵となる。地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなって地沸がつき、地景が頻りに入る。刃文は焼幅広く、のたれに小互の目・小丁子や尖り刃を交え、足・葉が盛んに入り、荒めの沸を交えて砂流し・金筋がかかり、匂口の明るいものが多い。中には中直刃を基調に互の目・尖り刃を交え、飛焼が頻りに加わって棟焼も総体にかかり、皆焼となる作がある。一方で太直刃調に小互の目を交える穏やかな直刃出来もみられ、直刃と乱れの両様を焼き分ける。帽子は乱れ込んで尖りごころとなり、あるいは小丸に掃きかけて返る。彫物を得意とし、草の倶利迦羅・梵字・棒樋・添樋などを施した作が伝わる。造込みは庵棟の鎬造を主とし、先反りつき大鋒に延びた豪壮なものから、反り浅い中鋒の尋常な姿まで幅がある。代の判別にあたっては、二字銘を初代の作とみるなど、銘のかたちと地刃の冴えとを併せて見るのが説示の示すところである。 鑑定の要点は、肌立つ板目鍛えに地沸・地景の加わる地鉄と、のたれ・互の目に沸を伴って砂流しのかかる刃取り、さらに皆焼を交える作のあることに置かれる。住所銘や年紀を切った作が多く、作刀地を明記した刀工銘や天正八年紀のごとく、資料としての価値の高い在銘作が伝わる点も本系の特色である。代表作には、若州小浜での所伝を裏づける在銘の刀のほか、備後国西条や備中松山など他国で鍛えた作があり、宮興盛のもとで天正五年に作刀した一口など、他国における活動を示す好資料も含まれる。彫物に長じた一面は、相州風よりむしろ平安城長吉などに近いと評され、両者の関係が問われることもある。末相州の流れを受けつつ末備前風をも併せ、若狭の地にあって戦国期から江戸期へと長く続いた一系として位置づけられる。 詳しく見る →
室町時代の相州
戦国の世、一派は第二の主家に仕えた。小田原の後北条氏である。その庇護のもと綱広系は打刀の時代の皆焼を鍛え続け、1590年の落城とともに新刀の時代へ散った。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
商品到着後速やかにご連絡ください。商品に欠陥がある場合を除き、返品には応じかねますのでご了承ください。お客様都合による返品につきましてはお客様のご負担とさせていただきます。不良品に該当する場合は当方で負担いたします。
ホーム 刀剣の一覧 短刀の一覧 【希少な室町時代の剣】「冬廣」23.7cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! 【希少な室町時代の剣】「冬廣」23.7cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! ■種別: 剣 ■長さ:23.7cm 反り: 0.3cm 穴:1個 ■銘: 表 芸州住藤原冬廣 裏 今田秀盛 ■元幅:2.60cm 元重ね:0.57cm 先幅:3.12cm 先重ね:0.52cm ■柄長:13.5cm ■重量: 鞘を払って335g 刀身のみで 248g ■時代:室町時代中期、寛正(1460年〜1466年)頃 ■刀工: 冬廣 初代冬廣は相州広次の子で、寛正頃(1460年頃)若州小浜に移住して作刀、後に相州綱広の門に学んでいます。以下同銘数代が同地に続き、現存する作品には天文・永禄などの年紀のあるものがあり、殆ど時を同じくして伯州・雲州・備中などの地銘を切ったものもあります。新刀期になると冬廣の系譜は山陰から山陽にかけての城下町にて末葉らが活躍してその名跡を代々受け継ぎ、新々刀期には若狭国冬廣十七代孫と称する高橋長信がでて松江藩工としてその名を挙げています。 ■刀身のコンディション 姿は剣になり、先端からのくびれが残った形の良い姿に、地鉄は板目肌に鍛えられ、刃文は細直刃が焼かれ区もしっかり残り茎の保存状態の良い研ぎ減りの少ない刀身です。 現存数も多くなく、研ぎに掛けて楽しんで頂きたい刀身です。 ■拵 出し鮫の合口拵に成ります。 ■送料 ゆうパックでの送付となります。 全国一律 2,200円 ■登録番号 山梨県 3859号 【希少な室町時代の剣】「冬廣」23.7cm 、鑑賞に・居合・試斬刀として!!! 販売価格 132,000円(本体120,000円、税12,000円) » 特定商取引法に基づく表記 (返品など) 買い物を続ける この商品について問い合わせる この商品を友達に教える レビューを見る(0件) レビューを投稿 SOLD OUT















































相州伝 · 若狭 · 1444-1449頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在3点販売中
冬廣の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
相州伝 · 若狭
現在10点販売中
若狭冬広は、相州広次三代目の子と伝え、室町時代の康正頃に若州小浜へ移住したとされる一系である。説示によれば、その名跡は新々刀時代にまで続き、五代を数えたとも言われる。年紀のうえでは永正十二年紀に「冬広伍七三才」と銘した作が知られ、ほかに永正・天文・元亀・天正の年紀があって、室町後期から戦国期を通じての制作が確かめられる。源流は相州にあり、後には相州綱広の門に学んだと伝えるものの、相州住と銘した作は見ないとも記される。同じ頃に若州・伯州・雲州・備前・備中などと住所を切り替えた作があり、これらが同人によるものか否かは検討の余地が残るとして、説示はいずれも断を避けている。 作風として説示が繰り返し挙げるのは末相州風と末備前風の二様であり、同一の系のうちにこの両者が併存する点が判別の鍵となる。地鉄は板目に杢目・流れ肌を交え、肌立ちごころとなって地沸がつき、地景が頻りに入る。刃文は焼幅広く、のたれに小互の目・小丁子や尖り刃を交え、足・葉が盛んに入り、荒めの沸を交えて砂流し・金筋がかかり、匂口の明るいものが多い。中には中直刃を基調に互の目・尖り刃を交え、飛焼が頻りに加わって棟焼も総体にかかり、皆焼となる作がある。一方で太直刃調に小互の目を交える穏やかな直刃出来もみられ、直刃と乱れの両様を焼き分ける。帽子は乱れ込んで尖りごころとなり、あるいは小丸に掃きかけて返る。彫物を得意とし、草の倶利迦羅・梵字・棒樋・添樋などを施した作が伝わる。造込みは庵棟の鎬造を主とし、先反りつき大鋒に延びた豪壮なものから、反り浅い中鋒の尋常な姿まで幅がある。代の判別にあたっては、二字銘を初代の作とみるなど、銘のかたちと地刃の冴えとを併せて見るのが説示の示すところである。 鑑定の要点は、肌立つ板目鍛えに地沸・地景の加わる地鉄と、のたれ・互の目に沸を伴って砂流しのかかる刃取り、さらに皆焼を交える作のあることに置かれる。住所銘や年紀を切った作が多く、作刀地を明記した刀工銘や天正八年紀のごとく、資料としての価値の高い在銘作が伝わる点も本系の特色である。代表作には、若州小浜での所伝を裏づける在銘の刀のほか、備後国西条や備中松山など他国で鍛えた作があり、宮興盛のもとで天正五年に作刀した一口など、他国における活動を示す好資料も含まれる。彫物に長じた一面は、相州風よりむしろ平安城長吉などに近いと評され、両者の関係が問われることもある。末相州の流れを受けつつ末備前風をも併せ、若狭の地にあって戦国期から江戸期へと長く続いた一系として位置づけられる。 詳しく見る →
室町時代の相州
戦国の世、一派は第二の主家に仕えた。小田原の後北条氏である。その庇護のもと綱広系は打刀の時代の皆焼を鍛え続け、1590年の落城とともに新刀の時代へ散った。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
商品到着後速やかにご連絡ください。商品に欠陥がある場合を除き、返品には応じかねますのでご了承ください。お客様都合による返品につきましてはお客様のご負担とさせていただきます。不良品に該当する場合は当方で負担いたします。