福岡一文字 小太刀 指定:重要刀剣 鑑定書:田野辺先生鞘書 「生茎無銘、小太刀而鎌倉時代中期、福岡一文字也。地刃同派、特色明示、出来傑候。珍重」 生茎(うぶなかご)無銘。本作は鎌倉時代中期の福岡一文字と鑑せられる小太刀である。地刃ともに同派の特色を顕著に示しており、出来映え極めて優れた一振りである。正に珍重すべき名品といえよう。 第48回重要刀剣等審査(1993年10月) 【法量】 長さ:58.05 cm 反り:1.3 cm 元幅:2.55 cm 先幅:1.6 cm 切先長:2.9 cm 茎長:14.3 cm 茎反り:0.2 cm 【形状】 鎬造、庵棟、やや細身、元先に幅差がつき、踏ん張りあり。反り浅く腰反りつき、中切先。 【鍛え】 板目肌よく詰み、処々大肌交じる。地沸厚くつき、細かな地景入り、乱れ映り立つ。 【刃文】 丁子乱れに互乃目交じり、物打辺は直調となる。足・葉入り、小沸つき、金筋・砂流しかかり、匂口明るく冴える。 【帽子】 直ぐに小丸ごころ、先掃き掛けて返る。 【茎】 生茎、栗尻、鑢目不明、目釘孔三、無銘。 【説明】 鎌倉時代の備前鍛冶における二大潮流は、一文字派と長船派である。一文字派は福岡、吉岡、岩戸などの地で南北朝時代にかけて隆盛を極め、多くの名工を輩出した。現存する銘に「一」の字のみを切るもの、あるいは「一」の下に個人の銘を切るもの、稀に個人銘のみのものがあることから一文字派と称される。 一文字派の作風は丁子乱れの刃文を特色とし、特に鎌倉中期の福岡一文字においては、華麗な重花丁子を焼くことで知られている。 本作は生茎無銘の小太刀で、身幅はやや細身、中切先となり、腰反りのついた小太刀特有の体配を呈している。鍛えは板目肌が詰んで乱れ映りが立ち、刃文は丁子乱れに互乃目が交じり、足・葉がよく入る。鎌倉時代中期の福岡一文字の典型的な特色を遺憾なく発揮しており、明るく冴えた匂口や鮮明な映りなど、その出来映えは誠に傑出している。生茎の小太刀として現存している点も、極めて好ましく貴重である。
















備前伝 · 備前
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福岡一文字派は、備前国福岡の地に興った刀工の一群で、茎に「一」の一字を切ることをその標とする。一派の祖は則宗であり、鎌倉時代初頭、後鳥羽院の御番鍛冶に列せられた一人として、院に月番で仕えた。延房もまた同じ番鍛冶に数えられ、両工はこの一派の最初期の世代をなす。則宗・延房・眞利・爲清・助吉らが鍛えた最初期の手は、後年の華やかさに先立つ古一文字と呼ばれ、その姿恰好および地刃には先行する古備前物の趣が色濃く遺存し、両者を分かちがたいほどである。一派はこの古調の根から起こり、鎌倉中期にかけて福岡の地で大いに開花し、やがて吉岡・片山・岩戸の諸派へと分かれて南北朝期にまで繁栄を続けた。爲遠の「備前国唐河住」、長則の「備前国福岡住」のごとく、銘文に住地を明記する作は、この一派の地理を裏づける資料的な要をなす。 一派を貫く地鉄は、よくつんだ小板目または杢を交えた板目に地沸つき地景の入る鍛えで、その上に明るい乱れ映りが鮮明に立つことを常とする。この乱れ映りこそ、映りの淡い古一文字や、より素朴な古備前の工から本派を分かつ最も確かな標であり、ほとんど全ての在銘・極めの作に繰り返し現れる。刃文はこの地の上に二様に展開する。盛期を代表する吉房・助真・吉平・則包・吉宗らの手は、焼幅広く高低のある華やかな大丁子乱れで、大房の大丁子・重花丁子に蛙頭の蛙子丁子、竪長の袋丁子を交え、足・葉さかんに入り、匂深く小沸つき、金筋・砂流しがかかる。吉房の袋丁子、助真の刃中に強くつく沸と尖りて掃きかける帽子は、それぞれの工を本流の中で分かつ標である。助包は焼の高い丁子主調の華やかさを保ち、彫物に梵字・三鈷柄剣を伴う。これに対し、吉用・長則・爲遠・吉用らは静かな手を担い、直刃調に小丁子・小互の目を交えて焼を低く保ち、抑制をもって明るい映りの地を生かす。長則は同派唯一の「福岡住」を切り「小竜長則」と俗称され、その細直刃調の作は長船景光・近景に通じる。鎌倉後期には逆ごころに傾く好尚も加わる。茎に「一」の一字のみを切る作は工を特定しがたく、極めは時代と一派と銘振りに拠る。 これらの工の作が収集家に希求されるのは、その地刃そのものに鑑識の勘所が宿るためである。鑑定は、明るい乱れ映りと匂深の丁子を細身腰高の初期の姿の上に読むことで、静かな古備前や後年の素朴な備前と分かつ。在銘の作が無銘を測る尺度となり、本阿弥らの極めもこの作風の連続を拠りどころとした。一派の格は高く、則宗を源流とし、吉房は全刀工中屈指の国宝数を負い、助真は徳川家康の愛刀「日光助真」を遺して相州伝の先駆ともされる。その代表作は東照宮日光助真、矢の目吉房、岡田切などに及び、伝来は織田・豊臣・徳川の天下人をはじめ、上杉・島津・毛利・前田・池田ら諸大名家を貫いて、皇室・社寺の宝として今に伝わる。則宗・助包の在銘作のごとく、最も著名なものは取引の財ではなく文化財として守られ、世に現れることは稀である。盛期の華やかな大丁子乱れは、後の一文字諸派および長船の工が己を測る規範となり、備前伝の一つの頂点として後世に長く影響を及ぼした。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
福岡一文字 小太刀 指定:重要刀剣 鑑定書:田野辺先生鞘書 「生茎無銘、小太刀而鎌倉時代中期、福岡一文字也。地刃同派、特色明示、出来傑候。珍重」 生茎(うぶなかご)無銘。本作は鎌倉時代中期の福岡一文字と鑑せられる小太刀である。地刃ともに同派の特色を顕著に示しており、出来映え極めて優れた一振りである。正に珍重すべき名品といえよう。 第48回重要刀剣等審査(1993年10月) 【法量】 長さ:58.05 cm 反り:1.3 cm 元幅:2.55 cm 先幅:1.6 cm 切先長:2.9 cm 茎長:14.3 cm 茎反り:0.2 cm 【形状】 鎬造、庵棟、やや細身、元先に幅差がつき、踏ん張りあり。反り浅く腰反りつき、中切先。 【鍛え】 板目肌よく詰み、処々大肌交じる。地沸厚くつき、細かな地景入り、乱れ映り立つ。 【刃文】 丁子乱れに互乃目交じり、物打辺は直調となる。足・葉入り、小沸つき、金筋・砂流しかかり、匂口明るく冴える。 【帽子】 直ぐに小丸ごころ、先掃き掛けて返る。 【茎】 生茎、栗尻、鑢目不明、目釘孔三、無銘。 【説明】 鎌倉時代の備前鍛冶における二大潮流は、一文字派と長船派である。一文字派は福岡、吉岡、岩戸などの地で南北朝時代にかけて隆盛を極め、多くの名工を輩出した。現存する銘に「一」の字のみを切るもの、あるいは「一」の下に個人の銘を切るもの、稀に個人銘のみのものがあることから一文字派と称される。 一文字派の作風は丁子乱れの刃文を特色とし、特に鎌倉中期の福岡一文字においては、華麗な重花丁子を焼くことで知られている。 本作は生茎無銘の小太刀で、身幅はやや細身、中切先となり、腰反りのついた小太刀特有の体配を呈している。鍛えは板目肌が詰んで乱れ映りが立ち、刃文は丁子乱れに互乃目が交じり、足・葉がよく入る。鎌倉時代中期の福岡一文字の典型的な特色を遺憾なく発揮しており、明るく冴えた匂口や鮮明な映りなど、その出来映えは誠に傑出している。生茎の小太刀として現存している点も、極めて好ましく貴重である。
















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福岡一文字派は、備前国福岡の地に興った刀工の一群で、茎に「一」の一字を切ることをその標とする。一派の祖は則宗であり、鎌倉時代初頭、後鳥羽院の御番鍛冶に列せられた一人として、院に月番で仕えた。延房もまた同じ番鍛冶に数えられ、両工はこの一派の最初期の世代をなす。則宗・延房・眞利・爲清・助吉らが鍛えた最初期の手は、後年の華やかさに先立つ古一文字と呼ばれ、その姿恰好および地刃には先行する古備前物の趣が色濃く遺存し、両者を分かちがたいほどである。一派はこの古調の根から起こり、鎌倉中期にかけて福岡の地で大いに開花し、やがて吉岡・片山・岩戸の諸派へと分かれて南北朝期にまで繁栄を続けた。爲遠の「備前国唐河住」、長則の「備前国福岡住」のごとく、銘文に住地を明記する作は、この一派の地理を裏づける資料的な要をなす。 一派を貫く地鉄は、よくつんだ小板目または杢を交えた板目に地沸つき地景の入る鍛えで、その上に明るい乱れ映りが鮮明に立つことを常とする。この乱れ映りこそ、映りの淡い古一文字や、より素朴な古備前の工から本派を分かつ最も確かな標であり、ほとんど全ての在銘・極めの作に繰り返し現れる。刃文はこの地の上に二様に展開する。盛期を代表する吉房・助真・吉平・則包・吉宗らの手は、焼幅広く高低のある華やかな大丁子乱れで、大房の大丁子・重花丁子に蛙頭の蛙子丁子、竪長の袋丁子を交え、足・葉さかんに入り、匂深く小沸つき、金筋・砂流しがかかる。吉房の袋丁子、助真の刃中に強くつく沸と尖りて掃きかける帽子は、それぞれの工を本流の中で分かつ標である。助包は焼の高い丁子主調の華やかさを保ち、彫物に梵字・三鈷柄剣を伴う。これに対し、吉用・長則・爲遠・吉用らは静かな手を担い、直刃調に小丁子・小互の目を交えて焼を低く保ち、抑制をもって明るい映りの地を生かす。長則は同派唯一の「福岡住」を切り「小竜長則」と俗称され、その細直刃調の作は長船景光・近景に通じる。鎌倉後期には逆ごころに傾く好尚も加わる。茎に「一」の一字のみを切る作は工を特定しがたく、極めは時代と一派と銘振りに拠る。 これらの工の作が収集家に希求されるのは、その地刃そのものに鑑識の勘所が宿るためである。鑑定は、明るい乱れ映りと匂深の丁子を細身腰高の初期の姿の上に読むことで、静かな古備前や後年の素朴な備前と分かつ。在銘の作が無銘を測る尺度となり、本阿弥らの極めもこの作風の連続を拠りどころとした。一派の格は高く、則宗を源流とし、吉房は全刀工中屈指の国宝数を負い、助真は徳川家康の愛刀「日光助真」を遺して相州伝の先駆ともされる。その代表作は東照宮日光助真、矢の目吉房、岡田切などに及び、伝来は織田・豊臣・徳川の天下人をはじめ、上杉・島津・毛利・前田・池田ら諸大名家を貫いて、皇室・社寺の宝として今に伝わる。則宗・助包の在銘作のごとく、最も著名なものは取引の財ではなく文化財として守られ、世に現れることは稀である。盛期の華やかな大丁子乱れは、後の一文字諸派および長船の工が己を測る規範となり、備前伝の一つの頂点として後世に長く影響を及ぼした。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。