三所物 小柄・笄:銘 菊岡光利(花押) 目貫:短冊銘 菊岡/光利(花押) 菊岡光利は菊岡光政の子で、通称を左平次と称しました。若年期には別字の「光利」を名乗り、晩年には南仙斎、仙遊といった号も用いています。また、和歌の才にも秀で、江戸神田に居住し文久三年(1863年)に没しました。 本作は、金無垢(または高彫)で力強く表現された獅子の図が実に見事であり、横谷、柳川、そして菊岡へと受け継がれた町彫の卓越した技量を遺憾なく発揮した傑作です。 三所物 小柄・笄:銘 菊岡光利(花押) 目貫:短冊銘 菊岡/光利(花押) 図案:獅子図














光利
Mid Edo (1664-1721)
在銘
特別保存 (NBTHK)
町彫 · 1670頃
現在1点販売中
光利の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在10点販売中
菊岡派は、横谷派柳川直光の門人である菊岡光行(活剣子)が江戸に樹立した町彫の一流派である。光行は寛延三年(一七五〇)神田鍛冶町に生まれ、柳川家の薫陶を得て大成した後、独立して菊岡派の祖となった。実弟の菊岡光政(宝暦九年生、文政七年歿)もまた柳川直光の門に学び、独立後は神田於玉ヶ池に住して探良斎・一箕菴・珉涼と号した。光行・光政の兄弟は江戸の有力金工であるとともに、俳諧師としても著名な文化人であり、共に父祖からの譲り名「沾涼」を号とした。光行はさらに「活剣子」の号を愛用し、寛政十二年(一八〇〇)五十一歳で没している。二代目は光行の子・光朝が継ぎ、三代目の光重は元来柳川直光の門人であったが光行の養子となり、光朝歿後に菊岡家を継承した。光政の子・菊岡光利は通称左平次、南仙斎また晩年は沾遊と号し、文久三年(一八六三)に歿した。さらに光利の門人に雲水軒利信(島根清次郎)がおり、また高松藩の抱え工・乗雲斎茂義は光重に学んで江戸で光重の娘と結婚するなど、横谷―柳川―菊岡と連なる町彫主軸の系譜は幕末まで途絶えることなく受け継がれた。 菊岡派の作風は、赤銅魚子地に金紋を施し、裏哺金とする構法を基本とし、目貫には金無垢地の容彫工法を用いる点に一貫した特徴がある。彫法は横谷風の高彫色絵・据文を主体とし、審査において繰り返し「精巧堅実な彫技」と評される周到かつ力強い鏨使いを旨とする。題材は獅子を最も得意とし、その姿態は「横谷獅子」「柳川獅子」に近いとされるほど本流の風格を備える。獅子のほか動物・鳥類・人物・麒麟等の霊獣、さらには式三番の能道具に戯れる鼠、仁王と朝比奈の力競、舞鶴、親子鶏、虎、初春の吉祥図など、町彫らしい垢抜けた画題を幅広く手がけた。三所物・二所物といった揃金具を得意の形式とし、小柄・笄には赤銅魚子地金紋裏哺金、目貫には金無垢容彫という構法で統一する例が多い。兄弟の合作も知られ、光行が金無垢容彫の目貫を製作し光政が赤銅魚子地の小柄・笄を彫り足した獅子図三所物は、「菊岡流の精悍な獅子の見所を遺憾なく発揮」[[c:3]]したものと称えられている。 菊岡派は横谷―柳川と連なる町彫主軸の正統な継承者として、その技量と格調において高い評価を受けている。光行の作風は「宗珉、柳川派によく似ており、技術も宗珉に迫るほどのものもある」[[c:4]]と評され、とりわけ総金無垢造の獅子図二所物は「斬新で力強さに光行の本領がうかがえる」[[c:5]]とされた。猛禽図鐔は「菊岡光行の最高作の一枚」[[c:6]]として、高彫色絵の象嵌と巧みな表裏構図が称賛されている。光利の虎三所物を用いた腰刀拵は「後藤家に範をとった町彫の上手」[[c:7]]の力作と位置づけられ、光利の獅子図三所物は「横谷―柳川―菊岡と続く町彫主軸の力量を感じさせる見事な出来映え」と評された。利信の麒麟図大小揃金具のように現存作が少ない工人の遺例も、「菊岡流」の彫口の緻密さとその技術の高さを伝える貴重な作として重んじられている。審査の説示が一貫して強調するのは、菊岡派が横谷・柳川の系統に位置する流派として、その「精巧堅実な彫技」を「遺憾なく発揮」している点であり、江戸町彫の本流たる格調と技術的練達がこの一門の本質的な価値として認められている。 詳しく見る →
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品到着後7日以内にご連絡ください。その際の送料はお客様ご負担とさせていただきます。ご返金は、商品到着後お送りしたときと同じ状態であることを確認の上、翌日ご指定の口座にお振込みさせていただきます。
三所物 小柄・笄:銘 菊岡光利(花押) 目貫:短冊銘 菊岡/光利(花押) 菊岡光利は菊岡光政の子で、通称を左平次と称しました。若年期には別字の「光利」を名乗り、晩年には南仙斎、仙遊といった号も用いています。また、和歌の才にも秀で、江戸神田に居住し文久三年(1863年)に没しました。 本作は、金無垢(または高彫)で力強く表現された獅子の図が実に見事であり、横谷、柳川、そして菊岡へと受け継がれた町彫の卓越した技量を遺憾なく発揮した傑作です。 三所物 小柄・笄:銘 菊岡光利(花押) 目貫:短冊銘 菊岡/光利(花押) 図案:獅子図














光利
Mid Edo (1664-1721)
在銘
特別保存 (NBTHK)
町彫 · 1670頃
現在1点販売中
光利の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在10点販売中
菊岡派は、横谷派柳川直光の門人である菊岡光行(活剣子)が江戸に樹立した町彫の一流派である。光行は寛延三年(一七五〇)神田鍛冶町に生まれ、柳川家の薫陶を得て大成した後、独立して菊岡派の祖となった。実弟の菊岡光政(宝暦九年生、文政七年歿)もまた柳川直光の門に学び、独立後は神田於玉ヶ池に住して探良斎・一箕菴・珉涼と号した。光行・光政の兄弟は江戸の有力金工であるとともに、俳諧師としても著名な文化人であり、共に父祖からの譲り名「沾涼」を号とした。光行はさらに「活剣子」の号を愛用し、寛政十二年(一八〇〇)五十一歳で没している。二代目は光行の子・光朝が継ぎ、三代目の光重は元来柳川直光の門人であったが光行の養子となり、光朝歿後に菊岡家を継承した。光政の子・菊岡光利は通称左平次、南仙斎また晩年は沾遊と号し、文久三年(一八六三)に歿した。さらに光利の門人に雲水軒利信(島根清次郎)がおり、また高松藩の抱え工・乗雲斎茂義は光重に学んで江戸で光重の娘と結婚するなど、横谷―柳川―菊岡と連なる町彫主軸の系譜は幕末まで途絶えることなく受け継がれた。 菊岡派の作風は、赤銅魚子地に金紋を施し、裏哺金とする構法を基本とし、目貫には金無垢地の容彫工法を用いる点に一貫した特徴がある。彫法は横谷風の高彫色絵・据文を主体とし、審査において繰り返し「精巧堅実な彫技」と評される周到かつ力強い鏨使いを旨とする。題材は獅子を最も得意とし、その姿態は「横谷獅子」「柳川獅子」に近いとされるほど本流の風格を備える。獅子のほか動物・鳥類・人物・麒麟等の霊獣、さらには式三番の能道具に戯れる鼠、仁王と朝比奈の力競、舞鶴、親子鶏、虎、初春の吉祥図など、町彫らしい垢抜けた画題を幅広く手がけた。三所物・二所物といった揃金具を得意の形式とし、小柄・笄には赤銅魚子地金紋裏哺金、目貫には金無垢容彫という構法で統一する例が多い。兄弟の合作も知られ、光行が金無垢容彫の目貫を製作し光政が赤銅魚子地の小柄・笄を彫り足した獅子図三所物は、「菊岡流の精悍な獅子の見所を遺憾なく発揮」[[c:3]]したものと称えられている。 菊岡派は横谷―柳川と連なる町彫主軸の正統な継承者として、その技量と格調において高い評価を受けている。光行の作風は「宗珉、柳川派によく似ており、技術も宗珉に迫るほどのものもある」[[c:4]]と評され、とりわけ総金無垢造の獅子図二所物は「斬新で力強さに光行の本領がうかがえる」[[c:5]]とされた。猛禽図鐔は「菊岡光行の最高作の一枚」[[c:6]]として、高彫色絵の象嵌と巧みな表裏構図が称賛されている。光利の虎三所物を用いた腰刀拵は「後藤家に範をとった町彫の上手」[[c:7]]の力作と位置づけられ、光利の獅子図三所物は「横谷―柳川―菊岡と続く町彫主軸の力量を感じさせる見事な出来映え」と評された。利信の麒麟図大小揃金具のように現存作が少ない工人の遺例も、「菊岡流」の彫口の緻密さとその技術の高さを伝える貴重な作として重んじられている。審査の説示が一貫して強調するのは、菊岡派が横谷・柳川の系統に位置する流派として、その「精巧堅実な彫技」を「遺憾なく発揮」している点であり、江戸町彫の本流たる格調と技術的練達がこの一門の本質的な価値として認められている。 詳しく見る →
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品到着後7日以内にご連絡ください。その際の送料はお客様ご負担とさせていただきます。ご返金は、商品到着後お送りしたときと同じ状態であることを確認の上、翌日ご指定の口座にお振込みさせていただきます。