説明

相州貞宗の重要刀剣、十五代本阿弥光純の金象嵌極め、師正宗に比肩する刃中の凄まじい沸の働きと輝き、同作中屈指の名作です。 相州貞宗は、彦四郎と称し、岡崎五郎入道正宗門人で、後に養子になったと伝えています。鎌倉末期から南北朝前期の刀工で、『亀甲貞宗』、『伏見貞宗』など国宝一口、『切刃貞宗』、『二筋樋貞宗』、『幅広貞宗』など重要文化財十二口、重要美術品三口を数える名工ながら、在銘正真作は現存しておらず、現存品は、無銘若しくは金象嵌銘、朱銘などによる極めになります。 作風は、光り輝く美しい刃沸、地景を頻りに織り成す地鉄など、師風を最も良く受け継いでいます。師との相違点は、師に比してやや大柄な姿形、刃調が湾れ主体で穏やかである点になります。 本作は、平成二十一年(二〇〇九)、第五十五回重要刀剣指定品、茎には『貞宗 本阿(花押)』と十五代本阿弥光純の金象嵌極めが刻まれた名品です。 光純は、本阿弥本家十五代当主、十四代光勇の子で、三郎兵衛、忠宣と称しました。折紙は、宝暦十一年(一七六一)~明和八年(一七七一)まで。同年七月没。 光純の金象嵌極めに関して、本作の貞宗以外にも、相州系鍛冶では、行光、正宗、郷義弘等々、最上工の名品が多いことが分かります。 寸法二尺三寸二分強、元先身幅の差が少ない勇壮な造り込みで、姿も美しく、地刃健全です。 板目に杢目を交えて上品に肌立つ地鉄は、地景繁く入り、直湾れ調で小互の目交じりの刃は、刃縁強く沸付いて明るく冴え、ほつれ、二重刃風の湯走り頻りに掛かり、刃中金筋、砂流し烈しく掛かる出来で、帽子も乱れ込んで尖り、盛んに掃き掛けて火炎状となっています。 穏やかな刃調ながら、刃縁、刃中の凄まじい金筋、砂流しの変化、火炎状に烈しく尖る帽子などは、師正宗の代表作、享保名物帳所載、名物『大垣正宗』を彷彿とさせるものがあります。 図譜には、『この刀は、板目鍛えに地景が良く入り、刃文は穏やかな湾れ調を焼くなど、地刃に貞宗の典型的作風を示しており、本阿弥光純の極め通り首肯されるものである。焼刃には、相州伝上位特有の光美しい刃沸が厚く付き、刃縁、刃中共に頻りに働き、出来が優れている。』とあります。 兎にも角にも、沸の輝きが違います。また金象嵌銘貞宗で、これだけ寸法もしっかりある作は、暫くお目に掛かることはないでしょう。 付属の外装も傷みのない綺麗な天正拵え、笄、目貫の二所は布袋図、無銘後藤で鑑定が付いています。 近年稀に見る貞宗、相州最上工として面目躍如たる出来映えを示した魅力満載の名刀です。

刀 (金象嵌銘)貞宗 Katana:Sadamune
売切れ
Jūyō売切れ

刀 (金象嵌銘)貞宗 Katana:Sadamune

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仕様

長さ

70.4 cm

反り

1.8 cm

元幅

2.94 cm

先幅

2.03 cm

作者について

Soshu Sadamune貞宗

4 国宝12 重要文化財2 重要美術品23 特別重要刀剣46 重要刀剣

第二十七回特別重要刀剣に指定された名物御堀出貞宗は、徳川家康が伏見で見出したことに名号が由来し、元和二年(一六一六)に家康から前田利常に贈られた享保名物の刀である。その作者貞宗は通称彦四郎、正宗の門人で後に養子になったと伝え(子とする伝もある)、相州正系の二代を継ぎ、鎌倉時代最末期から南北朝時代前期にかけて作刀した。指定書は「確実な在銘の作は皆無」と繰り返し、現存作は悉く無銘で、本阿弥の金象嵌・朱銘・折紙によって極められる。その位置は「正宗と信国の間をつなぐものが貞宗」と、師と弟子の双方から挟んで定められる。 師との分かれ目は質にあり一貫する。「正宗に比較すると総じて穏やかでおっとりした湾れ調の乱れ刃に持味があり」という定型句がほぼ半数の説明に明記され、ある説明は、正宗に比して鍛はややおだやかで、肌がそれほどに立たず、地沸も少なく、金筋・稲妻などの働きがやや乏しく穏やかになると細かく対比する。積極的な見どころは彫物にある。相州随一の彫物の名手で、梵字・素剣・護摩箸・三鈷剣・倶利迦羅が正宗・行光・則重に見られない頻度で施され、「二筋樋は貞宗の得意としたところ」とされて名物二筋樋貞宗の号の刀がある。彫物こそ正宗に見られなかったものであり、「大進坊の流れを汲んで、重ね彫を得意とし、これを弟子の信国に伝えて」と記される。 鍛えは板目に杢を交え、優品では地沸が微塵に厚くつき、地景が細かく頻りに入り、時に肌立ちごころとなる。刃文は浅いのたれに互の目・小互の目・小丁子を交え、足・葉入り、匂口深く、沸厚く明るく冴え、金筋・砂流しがかかり、刃縁にほつれ・湯走りを見せる。帽子は乱れ込みまたは直ぐに小丸、掃きかけて尖りごころとなるものが多い。「相州伝上位作特有の光美しい沸」がその出来の標識として挙げられる。この主流の両極に二つの部類が立つ。「直刃は稀」であり、少数の直刃調の作は浅くのたれごころを帯びて小互の目が間遠に交じり、特別重要の短刀は国宝の名物伏見貞宗を思わせると評される。賑やかな極では互の目が目立ち、処々荒沸を交え、飛焼・湯走りが散って帽子は火焔状に掃きかけ、皆焼ごころに及ぶ作もあるが、「広光・秋広までには至らない」と測られる。 姿は太刀・短刀ともに二様あり、いずれの体配かによって製作年代が読まれる。早い方は鎌倉末の「古調」で、身幅尋常・中鋒の刀と反りのほとんどない小振りの短刀があり、最も小振りの一口は名物太鼓鐘貞宗に共通すると評される。遅い方は現存の主流たる南北朝の大柄な姿で、身幅広く元先の幅差の開かない大磨上無銘の刀と、幅広で寸延び重ね薄い平造の短刀・小脇指があり、後者は多く生ぶ茎である。生ぶの作では茎自体が見どころとなり、舟形で先剣形、鑢目勝手下りの茎は「貞宗の掟通り」と評される。片切刃造も得意とした造込みで、紀州徳川家に伝来し南龍公頼宣の指料と伝える切刃貞宗が著名である。 正宗門中で最もよく師風を継承し、技倆もこれに次ぐとされ、上限では師との境が問われる。池田仲博旧蔵の重要美術品の刀について本間順治は、常の作より刃文に変化があり、火焔帽子と輝く沸を見せるとして「むしろ、正宗と見たいものである」と談じた。下流では穏やかなのたれと彫物がそのまま信国に再現され、相州の彫技は貞宗を経て信国へ渡る。 藤代の格付けは最上作。指定を受けた作は八七口を数え、国宝四口、重要文化財一二口、戦前の重要美術品二口、特別重要刀剣二三口・重要刀剣四六口、上位二指定で六九口に上る。極めには名物が連なる。御堀出のほか、切刃、秀忠から前田利長に贈られた善得院、享保名物牒の氏家、太鼓鐘、二筋樋、そして豊太閤所蔵の大坂御物で大坂夏の陣に焼け、初代康継が再刃して家康遺品として頼宣に与えられた獅子貞宗があり、物吉・石田・国宝伏見貞宗に擬えられる作も記される。伝来は四一口に記録され、将軍家宣から家継に伝わった指料、元禄十年(一六九七)に綱吉から柳沢吉里へ下賜された刀のほか、尾張・紀州徳川家、前田・伊達・毛利・池田・佐竹・蜂須賀・成瀬・小笠原・鷹司の諸家に及ぶ。蒐集家にとってその大半は手の届かぬところにある。国宝・重要文化財は市場の外の文化財であり、所在の知られるものは東京国立博物館・徳川美術館・三井記念美術館・佐野美術館などに収まる。現実に出会いうるのは特別重要・重要の六九口で、その殆どが本阿弥の極めを拠り所とする大磨上無銘の刀か寸延びの脇指である。かかる一口が市場に現れることは稀で、得意の二筋樋や重ね彫を伴う一口であれば、出色の機会となる。

刀剣商

コレクション情報

samurai-nippon.net

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