二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 行周(ゆきちか)は薩摩波平六十一代目。波平伝に相州伝を採り入れた五十七代大和守安行に倣った沸出来直刃の作を精鍛している。拵は登城用の��大小一腰の小刀で漆黒の鞘色が美しく、極上質の赤銅魚子地仕立てになる島津家定紋入の金具が用いられている。


脇物 · 薩摩
現在14点販売中
波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。 詳しく見る →
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 行周(ゆきちか)は薩摩波平六十一代目。波平伝に相州伝を採り入れた五十七代大和守安行に倣った沸出来直刃の作を精鍛している。拵は登城用の��大小一腰の小刀で漆黒の鞘色が美しく、極上質の赤銅魚子地仕立てになる島津家定紋入の金具が用いられている。


脇物 · 薩摩
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波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。 詳しく見る →
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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