説明

刃長20.5センチ 反りなしセンチ 元幅21.6ミリ 元重ね7.8ミリ 物打幅17.5ミリ 物打重ね5.6ミリ 横手位置幅17.5ミリ 松葉先重ね5.6ミリ 裸身重量143グラム 室町中期~後期 The middle ~ latter period of Muromachi era 平成27年1月20日 埼玉県登録 附属 保存刀剣鑑定書、素銅地金着岩石はばき、白鞘 平安時代後期、正國なる刀工が大和から薩摩国谷山郡波平の地に来往して波平派の祖となると伝え、その子を行安と言い、以後、その流れは幕末新々刀期に迄及んでいます。 同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀を総称して古波平と言い、その作風は大和気質が強く窺えるものであるが、鍛えがねっとりとして軟らか味を帯び、刃文は匂口が潤みごころで、はばき元を焼き落とすなどの諸点に特色があります。 猪股近平六則綱や畠山重忠の佩刀が波平の作であったことが『源平盛衰記』に記されているように、波平の刀は古くから戦場で高い評価を得ていました。 また、荒れた海を鎮めるために波平の太刀を海中に投じたところ、風雨が収まったという伝説があり、舟戦を専らとする武士の波平信仰は近代まで受け継がれており、因島の村上水軍の重宝も鎌倉後期に鍛えられた波平行安でした。 本短刀は、日本美術刀剣保存協会に於いて波平派の常清であろうと極められた一刀です。銘鑑を繙くに、同派には室町中期・応仁頃と室町後期・天文頃の二名の常清が確認されております。 姿は、元先の幅差が頃好く開き、表裏には腰樋と添樋を丈比べにして掻き通すなど、技巧的かつ意欲的な構成を見せます。総体として鋭さを強く意識した造り込みで、短刀ながら緊張感に富んだ体配が印象的です。 地鉄は小板目がよく練れて肌立ち、刃文は匂口明るく冴えた互ノ目乱れを焼き上げ、刃中には砂流・金筋・葉といった働きが豊かに現れ、鍛錬と焼刃の確かさが如実にうかがえ、鋩子は複雑に乱れ込んで返り、変化に富んだ締まりある仕上がりを見せています。 水難回避の縁起物としても重宝される波平派のこの一刀は、資料的価値と鑑賞性を併せ持つ短刀として、蒐集・研究の双方において注目すべき一振と申せましょう。

常清(伝 波平) - Tsunekiyo(Den Namihira) - 4-334

常清(伝 波平) - Tsunekiyo(Den Namihira) - 4-334

短刀

¥495,000

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仕様

長さ

20.5 cm

元幅

2.16 cm

先幅

1.75 cm

流派について

Naminohira School波平派

16 重要刀剣

波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。

刀剣商

刀心

shop.nihontou.jp

¥495,000

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