室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
本作は、太刀を思わせる深い反りが美しい、非常に格調高い無銘の刀です。 刀身は全体に研ぎの状態も良く、古刀特有の肌立つ鍛え肌がよく現れています。地鉄は板目に木目が交じり、特に物打付近には活発な地景が見て取れます。また、湯走りなどの働きも鮮明です。刃文は匂口の締まった細直刃で、鋭さの中にも気品を感じさせる仕上がりとなっております。 茎は無銘ですが、日本美術刀剣保存協会により室町時代中期の薩摩国波平の作と鑑定され、昭和五十二年十月に「特別貴重刀剣」に指定された正真の一振りです。波平派は、平安時代中期に大和国から移住した正国を始祖とする薩摩の刀工集団です。その子・行安以降、江戸時代末期まで連綿と続く名門として知られています。 外装は新旧の金具が組み合わされており、鍔は時代物ですが、縁頭と目貫は現代のものと思われます。柄巻は近年新調されており、居合や抜刀術ですぐにお使いいただける状態です。特別貴重刀剣認定書を伴う、優美で威厳に満ちたこの太刀を、ぜひ貴殿のコレクションにお加えください。 長さ:71.3 cm 反り:2.7 cm 目釘穴:1個 先幅:18.7 mm 先重ね:4.5 mm 元幅:27.9 mm 元重ね:6.9 mm 銘:無銘 時代:古刀 造込み:鎬造、庵棟 地鉄:板目に木目交じる 刃文:細直刃 帽子:真っ直ぐ入り大丸に返る 重量:刀身のみ 740 g / 鞘を払って 970 g 茎:磨上げ 拵:薄黄色絹糸摘み巻柄、黒呂色塗鞘





































脇物 · 薩摩
現在15点販売中
波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
As a general rule, returns/exchanges are not accepted on Japanese sword orders unless damaged upon delivery. Other items: returns/exchanges accepted within 7 days of delivery. Cancellation for personal reasons incurs a 30% restocking fee (70% refunded). Return shipping must be prepaid and insured by the buyer; shipping/handling fees are non-refundable. Contact katana@tozando.co.jp to initiate a return.
本作は、太刀を思わせる深い反りが美しい、非常に格調高い無銘の刀です。 刀身は全体に研ぎの状態も良く、古刀特有の肌立つ鍛え肌がよく現れています。地鉄は板目に木目が交じり、特に物打付近には活発な地景が見て取れます。また、湯走りなどの働きも鮮明です。刃文は匂口の締まった細直刃で、鋭さの中にも気品を感じさせる仕上がりとなっております。 茎は無銘ですが、日本美術刀剣保存協会により室町時代中期の薩摩国波平の作と鑑定され、昭和五十二年十月に「特別貴重刀剣」に指定された正真の一振りです。波平派は、平安時代中期に大和国から移住した正国を始祖とする薩摩の刀工集団です。その子・行安以降、江戸時代末期まで連綿と続く名門として知られています。 外装は新旧の金具が組み合わされており、鍔は時代物ですが、縁頭と目貫は現代のものと思われます。柄巻は近年新調されており、居合や抜刀術ですぐにお使いいただける状態です。特別貴重刀剣認定書を伴う、優美で威厳に満ちたこの太刀を、ぜひ貴殿のコレクションにお加えください。 長さ:71.3 cm 反り:2.7 cm 目釘穴:1個 先幅:18.7 mm 先重ね:4.5 mm 元幅:27.9 mm 元重ね:6.9 mm 銘:無銘 時代:古刀 造込み:鎬造、庵棟 地鉄:板目に木目交じる 刃文:細直刃 帽子:真っ直ぐ入り大丸に返る 重量:刀身のみ 740 g / 鞘を払って 970 g 茎:磨上げ 拵:薄黄色絹糸摘み巻柄、黒呂色塗鞘





































脇物 · 薩摩
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波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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