【波平派について】 波平派は、日本刀の歴史において極めて古い起源を持つ流派です。これほど古くに遡る流派の常として、詳細な資料は乏しく検証が困難な面もありますが、その祖は一条天皇の御代(永延・寛弘年間:980〜1011年頃)に活躍した正国と伝えられています。正国は大和国から薩摩国波平の地に移住したとされていますが、現存する確かな遺作は確認されていません。 現存する最古の年紀作は、平安時代末期の平治元年(1159年)銘の行安です。現存品の多くは南北朝時代から室町時代にかけてのものですが、一般に時代が上がるものほど出来が良いとされています。 初期の作風は大和伝の伝統を汲み、柔らかな柾目肌に細直刃を焼くのを特徴とします。これらは正倉院宝庫に伝わる8世紀前半の古刀にも通じる、日本刀の黎明期から続く古態な特色と言えます。後年の波平派の作品には、山城伝や備前伝の影響も見受けられるようになります。 【注釈】 1. マルクス・セスコ著『Swordsmiths of Japan』533頁 2. 本間順治著『日本古刀史』(マルクス・セスコ英訳版) 3. 中山幸雄著『The Connoisseurs Book of Japanese Swords』163頁 【本作の見どころ】 本作は、波平派としては希少な生ぶ茎の太刀です。深くついた反りの姿が美しく、樋先を高く残した掻き流しの樋が印象的な一振りです。日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の保存刀剣鑑定書が付属します。 【刀剣の状態】 茎:生ぶ、無銘。 目釘孔二(内一つは枡形)。 勝手下がり鑢目。 栗尻。 姿:鎬造、庵棟。踏ん張りあり。 深い鳥居反り。














Wakimono · 薩摩
現在15点販売中
波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
Returns accepted on items ordered from the site when an item does not appear to be as depicted and described; buyer must notify via email within 7 days of receipt. Refund covers purchase price minus shipping, bank fees, and currency conversion. Sales on items paid in terms are final, as are sales of items personally inspected.
【波平派について】 波平派は、日本刀の歴史において極めて古い起源を持つ流派です。これほど古くに遡る流派の常として、詳細な資料は乏しく検証が困難な面もありますが、その祖は一条天皇の御代(永延・寛弘年間:980〜1011年頃)に活躍した正国と伝えられています。正国は大和国から薩摩国波平の地に移住したとされていますが、現存する確かな遺作は確認されていません。 現存する最古の年紀作は、平安時代末期の平治元年(1159年)銘の行安です。現存品の多くは南北朝時代から室町時代にかけてのものですが、一般に時代が上がるものほど出来が良いとされています。 初期の作風は大和伝の伝統を汲み、柔らかな柾目肌に細直刃を焼くのを特徴とします。これらは正倉院宝庫に伝わる8世紀前半の古刀にも通じる、日本刀の黎明期から続く古態な特色と言えます。後年の波平派の作品には、山城伝や備前伝の影響も見受けられるようになります。 【注釈】 1. マルクス・セスコ著『Swordsmiths of Japan』533頁 2. 本間順治著『日本古刀史』(マルクス・セスコ英訳版) 3. 中山幸雄著『The Connoisseurs Book of Japanese Swords』163頁 【本作の見どころ】 本作は、波平派としては希少な生ぶ茎の太刀です。深くついた反りの姿が美しく、樋先を高く残した掻き流しの樋が印象的な一振りです。日本美術刀剣保存協会(NBTHK)の保存刀剣鑑定書が付属します。 【刀剣の状態】 茎:生ぶ、無銘。 目釘孔二(内一つは枡形)。 勝手下がり鑢目。 栗尻。 姿:鎬造、庵棟。踏ん張りあり。 深い鳥居反り。














Wakimono · 薩摩
現在15点販売中
波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
Returns accepted on items ordered from the site when an item does not appear to be as depicted and described; buyer must notify via email within 7 days of receipt. Refund covers purchase price minus shipping, bank fees, and currency conversion. Sales on items paid in terms are final, as are sales of items personally inspected.